「実利優先」の姿勢をみせるインドをどのようにみるか

~魅力も多い一方で課題も山積のなか、冷静に「付き合い方」を考えていく必要性は高い~

西濵 徹

要旨
  • インドでは、来年に総選挙が予定されており、モディ首相は政権3期目入りを目指す姿勢を鮮明にする。内政・外交の両面で様々な動きを活発化させる一方、外交面では伝統的な「等距離外交」を背景に実利優先の動きもみせる。総選挙に向けては物価がカギを握るなか、物価安定を目的に米の輸出禁止に動くなど自国優先の姿勢もみせる。同国経済が世界における存在感を増すなか、今後はこうした「インド流」の実利優先型の政策運営に世界が左右される可能性は高まっていると判断することが出来る。
  • 足下の景気は着実に底入れするなか、米中摩擦や世界的なデリスキングの動きはモディ政権が掲げたスローガンを後押しする可能性も出るなど期待は高い。他方、モディ政権の下では与党BJPが掲げる「ヒンドゥー至上主義」の影響で様々な人権問題が表面化している。ただし、世界的に欧米などと中ロの分断が広がるなか、「中間派」を自任する同国に双方が機嫌を取る状況が続く。モディ政権の支持率は高い一方、総選挙に向けてナショナリズムの高揚に動く可能性もくすぶる。ルピー相場も安値圏で推移するなどインフレ圧力に繋がる動きもみられる。期待も大きい一方、課題も多い同国との付き合い方には要注意と言えよう。

インドでは、来年に次期総選挙(連邦議会下院選挙)の実施が予定されるなか、モディ首相は総選挙後の政権3期目入りを目指す動きを鮮明にしつつある。4月からの今年度(2023-24年度)予算においては、景気下支えを図るべく様々なインフラ投資の拡充を図る一方、選挙の行方のカギを握る中間層などを対象とする実質的な減税を盛り込むなど、総選挙を強く意識するものとなっている(注1)。さらに、今年は同国がG20(主要20ヶ国・地域)の議長国となるなか、1月に同国が主催してオンラインによるグローバルサウス(南半球を中心とする新興国・途上国)の声サミットを開催し、主要国と途上国の『橋渡し』を担うことでその盟主を狙う姿勢を鮮明にしている(注2)。他方、インドの外交政策を巡っては伝統的に『等距離外交』を国是とするなか、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに世界的に欧米などと中ロとの間の溝が広がる動きがみられる上、こうした動きが世界的な分断に繋がる懸念も広がりをみせている。こうした状況のなか、インドは米国が主導する対中けん制の枠組である日米豪印の4ヶ国のQuad、米印と中東諸国との枠組であるI2U2(インド、イスラエル、UAE、米国)のみならず、同国が加わる『新興国の雄』であるBRICS(注3)、中ロや中央アジア諸国などが加わる上海協力機構(SCO)にも参加するなど、欧米などと中ロの双方と等距離関係を維持している。こうした動きは、ロシアによるウクライナ侵攻を理由に欧米などはロシアへの経済制裁を強化する一方、インドはこれに同調せず、商品高の影響を緩和すべく割安なロシア産原油の輸入を拡大させていることに現れている。なお、これは同国が国内の原油消費量の7割を海外からの輸入に依存しており、商品市況の動向がインフレを通じて景気に影響を与えやすい特徴を有するなかで『国益』を優先した判断と捉えることも出来る。ただし、こうした実利を重視した外交政策の背後には、インフレを抑えることにより来年の総選挙を有利に進めたいとのモディ政権の思惑が影響していることに留意する必要がある。他方、昨年来の商品高や国際金融市場での米ドル高を受けた通貨ルピー安はインフレの加速を招き、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされる難しい対応を迫られた。昨年末以降は商品高が一巡するとともに、米ドル高も一服するなか、インフレ率は鈍化して中銀目標の域内に収束しており、中銀は4月に利上げ局面の休止に動いたほか、6月も金利を据え置くなど一段の引き締めに動く必要性は後退している。しかし、足下では食料品を中心にインフレ圧力がくすぶるとともに、異常気象による農業生産への悪影響が懸念されるなか、同国政府は先月に高級品種であるバスマティ米を除くすべての白米の輸出を禁じる決定を行うなど、インフレ対策を一段と強化する動きをみせている。他方、こうしたインドの自国優先主義的な動きを巡っては、インドが世界のコメ輸出の4割を占めるなど『世界の食糧庫』を担ってきたことに加え、上述のようにグローバルサウスの盟主を自任する動きをみせてきた流れとは対照的である。とはいえ、これが『インド流』の実利を重視した外交、内政を巡る動きであり、同国経済が世界における存在感を高めるなかで今後もこうした色合いを一段と強めていくことが予想される。

図 1 インドのロシアからの輸入額(季節調整値)の推移
図 1 インドのロシアからの輸入額(季節調整値)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

他方、昨年末にかけては物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる形となり、景気実態はリセッション(景気後退局面)に陥るなど極めて厳しい状況に直面してきた(注4)。しかし、上述のように昨年末以降は様々なインフレ要因が後退してインフレ率も鈍化しており、中銀も利上げ局面の休止に舵を切るなど家計消費をはじめとする内需を取り巻く環境は改善している。こうした動きを反映して、足下の企業マインドはサービス業を中心に堅調な動きをみせているほか、製造業を中心に雇用拡大の動きが確認されるなど、足下の景気は着実に底入れの動きを強めている。さらに、ここ数年の米中摩擦に加え、コロナ禍やウクライナ情勢の悪化を受けた世界的なデリスキング(リスク低減)を意識したサプライチェーンの再構築の動きも追い風に、同国に生産拠点を移管させる流れもうかがえる。こうした動きは、モディ政権が発足直後から製造業の振興を通じた経済成長の実現を図るべく『メイク・イン・インディア』をはじめとするスローガンを掲げるも、現実にはコロナ禍の影響も重なりGDPに占める製造業の割合は低下するなど、事実上『掛け声倒れ』の状況が続いてきた流れを大きく変える可能性が出ている。とはいえ、インドの製造業が飛躍を遂げるためには、そのすそ野や厚みといった問題を克服するなど幾重の課題を乗り越える必要性がある状況は変わっていない。また、モディ政権が発足して以降の同国では、最大与党BJP(インド人民党)がヒンドゥー至上主義を党是とするなか、イスラム教徒を中心とする宗教上の少数派に対する『迫害』にも似た動きが顕在化しており、国内外においてこうした問題に注目が集まっている(注5)。さらに、モディ政権は野党への圧力を強めるなか、前回総選挙の際の演説でモディ首相に対する名誉を毀損したとして訴えられた国民会議派のラフル・ガンディー元総裁に対して同国西部グジャラート州(モディ首相の地元)の地方裁判所が禁錮2年の有罪判決を下し、これを理由に議会が同氏の議員資格をはく奪する事態に発展した。こうした状況ながら、足下の世界を巡っては、ウクライナ問題を機に欧米などと中ロとの分断の動きが広がるなか、いわゆる『中間派』の立場を採るインドなど新興国を相手方に付かせないよう、両陣営が『機嫌をうかがう』動きをみせている。事実、こうした動きは6月にモディ首相が国賓として訪米した上で議会演説を行うとともに、経済や防衛面で両国の協力関係を強化することで合意したことにも現れている。他方、今年5月に南部カルナタカ州で実施された州議会選では、事前予想を覆してBJPが大敗を喫し、中央政界において最大野党の国民会議派が単独で半数を上回る議席を獲得するなど、次期総選挙の前哨戦で躓く動きもみられる。さらに、上述の通り議員資格をはく奪されたガンディー氏を巡っては、最高裁判所が有罪判決の効力を一時停止する決定を行い、この決定に伴い議会も同氏の議員資格を回復させている。この動きを前に、国民会議派を中心とする26党は次期総選挙においてモディ政権と与党BJPに対抗すべく新連合(インド全国開発包括連合(INDIA))を結成するとともに、モディ政権に対する攻勢を強める姿勢をみせており、ガンディー氏の議員資格回復はこの動きの追い風となる可能性はある。ただし、モディ政権の支持率は依然として7割を上回るなど極めて高い一方、ガンディー氏は前回総選挙において『ネルー・ガンディー王朝の牙城』とされた選挙区で敗北するなど同家の威光に陰りがみられるなか、『反モディ』を旗印にした動きが大きなうねりをもたらすことが出来るかは不透明である。また、今後は前回総選挙の直前同様、隣国パキスタンに対する空爆を実施するなどナショナリズムの高揚を通じて政権、与党BJPへの支持拡大を図ったことを勘案すれば、同様の動きがみられる可能性もある。一方、昨年末以降は米ドル高の動きに一服感が出ているにも拘らず、ルピー相場はその後も昨年に付けた最安値の近傍で推移するなど、輸入インフレ圧力がくすぶる状況が続いている。中銀が景気下支えを意識して政策金利を据え置く姿勢を示すなど実質金利(政策金利-インフレ率)のプラス幅の拡大が期待しにくく、今後はインフレの上振れが意識されるなかでルピー相場の重石となる展開も予想されるなど、中銀にとっては難しい政策対応を迫られる場面が続くであろう。インドを巡っては、その期待も大きい反面、様々な課題を抱えるなかで『付き合い方』を冷静に見定める必要があることは間違いないと言える。

図 3 製造業・サービス業 PMI の推移
図 3 製造業・サービス業 PMI の推移

図 4 ルピー相場(対ドル)の推移
図 4 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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