インドがいよいよ隠さなくなりつつある「象の牙」

~アダニ問題、宗教・人権を巡る問題、メディアへの圧力など、様々な問題への認識が必要に~

西濵 徹

要旨
  • このところのインド金融市場では、「アダニ問題」が株価や通貨ルピー相場の重石となる動きがみられる。一義的には個社の問題ではあるが、同社がモディ政権と近しい上、インフラ投資を担ってきたことを勘案すれば、実体経済への悪影響や、国営銀行など金融セクターに影響が伝播する可能性に注意する必要がある。
  • 昨年、アダニグループは放送事業に参入したが、モディ政権がメディア統制の動きを強めていることが影響したとされる。また、ここ数年の同国ではイスラム教徒を中心に「迫害」の動きが強まるなか、関連する問題を扱ったBBCのドキュメンタリー番組を巡って政府が反発し、税務当局がBBCの事務所に税務調査を行うなど圧力を強めている。来年までに実施予定の次期総選挙を前に、モディ政権は前回総選挙で「内向き姿勢」を強めることで地滑り的な勝利を収めたことを教訓に、今後も国内外問わず強硬姿勢をみせると予想される。
  • 中銀は先週8日の定例会合で6会合連続の利上げの一方、利上げ幅を縮小する決定を行った。また、コアインフレの高止まりを警戒する一方、インフレの鈍化を期待して利上げ局面の終了が近付いていることを示唆する動きをみせた。しかし、足下のインフレ率は一転加速に転じており、ルピー安や中国のゼロコロナ終了に伴う商品市況の底入れなどインフレ懸念は山積するなど、利上げ局面の終了は先延ばしが避けられない。国内外でインド経済は期待を集めるが、期待を高め過ぎず、同国内の動きにも注意を払う必要があろう。

このところのインド金融市場においては、先月末に米投資調査会社が新興財閥企業であるアダニグループに対して、過去数年に亘ってタックスヘイブン(租税回避地)や子会社を介した資金送金を通じて株価操縦や不正会計に関わったとする報告書を公表したことをきっかけに、同グループ企業を中心に株価に下押し圧力が掛かるなど頭打ちする動きがみられる。さらに、昨年末以降の国際金融市場では米ドル高の一服を受けてルピー相場が底打ちする動きがみられたものの、足下のルピー相場は再び調整の動きを強めて昨年10月末に更新した最安値近傍で推移するなど、不透明感を反映する動きがみられる。このように金融市場の動揺が広がっている背景には、同社の創業者であるゴーダム・アダニ氏がモディ首相と同じ同国西部のグジャラート州の出身であるとともに、モディ氏が同州首相を務めた頃から関係が深く、モディ氏が政治キャリアを駆け上がるのと並行するように同社が事業拡大を実現するなど『政財界の癒着』の構図が疑われてきた経緯がある。さらに、同社は商品商社を祖業とするも、その後は港湾をはじめとする運輸関連やエネルギー関連などのインフラ事業を展開しており、ここ数年の同国はインフラ投資の拡充に取り組んできたこととも歩調を併せてきたほか、モディ政権が今月公表した来年度(2023-24年度)予算でもインフラ関連投資の拡充が盛り込まれており(注1)、同社にとっては業績面で追い風となることが期待された。しかし、株価の急落を受けて同社は公募増資の撤回に追い込まれるとともに、株式を担保にした借入の繰り上げ償還を迫られるなど難しい対応に直面しているほか、株価指数の算出会社である米MSCIは同社の傘下企業の株式について指数への比重を引き下げる事態に発展している。よって、仮に同社が資金繰りを巡る問題を理由に設備投資計画の縮小などを余儀なくされた場合、インフラ投資の進捗に遅延が生じるなど実体経済に悪影響が出るとともに、同社への融資を抱える国有銀行など金融セクターにも悪影響が伝播することは避けられない。現時点において同社の不正疑惑については不透明な状況ながら、一社の問題に収まるか否かについても注視する必要が高まっていると判断出来る。

図表1
図表1

アダニグループを巡っては、昨年通信・放送事業への参入を実現したものの、同社が買収した独立系メディアは元々歴代政権に対して『物申す』メディアとして有名であった上、買収後には経営陣が編集権に介入するなど物議を醸す動きもみられた。こうした動きに対しては、上述のようにアダニ家とモディ首相、及び政権を支える与党BJP(インド人民党)との関係の深さも影響したとされるなど、政権や同党の意向が大きく働いたとの疑念が強まった。そうした見方が強まる背景には、ここ数年の同国では、とりわけモディ政権が発足した以降に様々な形で政府がメディア統制の動きを強めていることが挙げられる。モディ政権を支える与党BJPは「ヒンドゥー至上主義」を党是としている上、その支持組織である民族義勇団(RSS)は強硬姿勢を強めており、イスラム教徒を中心とする異教徒に対して『迫害』にも近い動きを強めてきた経緯がある。こうした姿勢を反映するように、モディ政権は2019年にイスラム教徒が多く居住するジャンム・カシミール州に対して特別な自治権を与えることを規定した憲法370条の廃止を決定した上で、ジャンム・カシミール連邦直轄領とラダック連邦直轄領に分割することで連邦政府による直接統治を強化することにより、事実上イスラム教徒に対する圧力を強める動きをみせた。さらに、2020年に施行された改正国籍法では、アフガニスタン、バングラデシュ、パキスタンの3ヶ国からの難民に対してインド国籍を付与する対象からイスラム教徒を除外するなど、国内のみならず海外のイスラム諸国からもこうした対応への批判が強まる動きもみられた。こうした事態を受けて、米調査会社のユーラシアグループは2020年に「世界10大リスク」のひとつに『モディ化されたインド(India gets Modi-fied)』を挙げるなど(注2)、同国において宗教や人権などを巡る問題提起をしたほか、海外メディアもこうした懸念を報じるとともに国際人権団体なども注意を払う動きをみせている。こうしたなか、先月に英公共放送(BBC)は2002年にグジャラート州で発生した大量のイスラム教徒が死亡した暴動事件を巡って、当時同州首相であったモディ氏の役割に焦点を充てる形でのドキュメンタリー番組を放送したが、政府はこの内容を巡ってプロパガンダであるとしてストリーミング配信とソーシャルメディアでの拡散を禁止する対応をみせた。さらに、14日には税務当局が同国にあるBBCの事務所に対して税務調査を実施したことが明らかになるなど、国内外問わず報道機関に対する『圧力』を強めている模様である。こうした動きを強めている背景には、同国では来年までに次期総選挙の実施が予定されており、前回総選挙では隣国パキスタンとの緊張関係の高まりをきっかけに安全保障面などで内向きの強い姿勢を示した結果、BJPが地滑り的な大勝利を収めることが出来たことも大きく影響していると考えられ、今後もこうした姿勢を強める可能性は高いと見込まれる。

他方、中銀(インド準備銀行)は先週8日に開催した定例会合において6会合連続での利上げ実施を決定する一方、利上げ幅を25bpと昨年12月の前回会合時点(35bp)から一段と縮小させており、金融引き締めを継続させつつ景気に配慮する姿勢をみせた(注3)。先行きの物価動向について、コアインフレ率が高止まりすることに警戒感を示す一方、足下のインフレ率が頭打ちの動きを強めていることを受けて実質金利がプラスに転じたことを好感する姿勢をみせている。加えて先行きのインフレ率が一段と鈍化するとの見通しを示すなど、利上げ局面の終了が近付いていることを示唆する動きがみられた。しかし、1月のインフレ率は前年同月比+6.52%と再び加速の動きを強めるとともに、3ヶ月ぶりに中銀の定めるインフレ目標(4±2%)の上限を上回る伸びとなり、実質金利は再びマイナス圏に突入する事態となっている。さらに、中銀が警戒感を示すコアインフレ率の高止まりが続いているほか、上述のように足下のルピー相場は再び調整の動きを強めるなど輸入インフレの懸念が再燃している上、中国によるゼロコロナ終了を受けた商品市況の底入れの動きもインフレ圧力を招く懸念が高まっている。よって、中銀による利上げ局面の終了時点は先延ばしとなる可能性が高いと見込まれる。インドは今年、人口規模で中国を上回るとともに、中長期的にも人口増加が見込まれ経済成長が期待されるなど、世界的にも注目を集めているが、上述したように国内には様々な問題を抱えているほか、当面は物価高と金利高の共存が経済成長のけん引役となってきた家計消費など内需に冷や水を浴びせることも懸念される。インドへの期待は高いことは間違いないが、その実像に併せて期待を高め過ぎず、且つ国内の動きに注意を払う必要性は高いと判断出来る。

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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