グローバルサウスが注目を集める背後で「膨張」しつつあるBRICS

~新興国・途上国を巡る綱引きが強まる一方、中印関係の行方にも注意を払う必要がある~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界ではG7やEUなど主要先進国の存在感が低下する一方、新興国・途上国の意見を反映する取り組みの模索が続く。G20は機能不全状態が続くなか、今年のG20議長国であるインドがグローバルサウスの声サミットを開催したことを機に、グローバルサウスの注目が高まっている。この枠組はインドの中国への対抗姿勢を反映した側面がある一方、ロシアのウクライナ侵攻を機に欧米などと中ロの分断が広がるなか、その多くが双方に与しない中間派の立場を採ることも影響して、双方による綱引きが強まっている。
  • グローバルサウスが注目を集める背後では、新興国の雄であるBRICSも求心力を高める動きをみせている。BRICSの開発金融機関である新開発銀行は加盟国を増やすなど支援対象を拡大させているほか、BRICSにも10ヶ国以上が正式、非正式に加盟申請を行う動きがみられる。新開発銀行はブラジルのルセフ元大統領が総裁に就任しており、反米姿勢の強い同国のルラ大統領の意向を反映した動きを活発化させるほか、デリスキングの手段として使用通貨の多様化を目指している模様である。今月のBRICS外相会議ではBRICS拡大に関する結論には至らなかったが、首脳会議に向けて議論が前進する可能性はある。
  • 新興国・途上国に関して様々な方向から綱引きがなされているが、中印両国関係は緊張が強まるなどBRICSの連携にすきま風が吹く動きもみられる。BRICS拡大には5ヶ国による全会一致の承認を要するなか、実は中印両国関係の行方が今後の動向を左右する可能性にも注意する必要があると考えられる。

足下の世界を巡っては、G7(主要7ヶ国)にEU(欧州連合)を加えた主要先進国のGDPの割合が5割を下回るなど経済面でみた存在感の低下が顕著になるなか、国際政治の場においてもその影響力の低下が避けられなくなっている。他方、世界金融危機後に大きくその存在感を高めているG20(主要20ヶ国・地域)については、主要先進国に加え、中国をはじめとする新興国が加わることで幅広い意見の集約を図ることが期待されたものの、現実には『呉越同舟』感が強くまとまらない展開が続いている。さらに、ここ数年は米中摩擦の激化に加え、昨年のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけとする欧米などと中ロとの『分断』の動きが強まるなか、ここ数年の世界はコロナ禍や気候変動問題など全世界的な連帯が必要とされる状況にも拘らず、双方が加わるG20は空中分解こそ免れるも事実上機能不全状態に陥りつつあると捉えられる。こうしたなか、今年のG20議長国であるインドが今年1月、南半球を中心とする新興国・途上国を『グローバルサウス』と称した上で、オンラインによるグローバルサウスの声サミットを開催したことを機に、にわかにグローバルサウスという言葉が注目を集めるようになっている。この背景には、上述のように世界経済における主要先進国の存在感の低下が顕著になる一方、気候変動問題など全世界的な課題への対応が迫られるなかで新興国・途上国を巻き込んだ動きが必要になるなか、この動きが新たな『舞台装置』になるとの期待も影響していると考えられる。なお、インドはグローバルサウスに新興国の『代表格』とされる中国を含めないとの認識を示しており、近年の中印間では様々な対立構図が鮮明になるなか、中国が個別に新興国・途上国への支援実施を通じて影響力拡大を図っていることへの『対抗策』として、グローバルサウスという新たなカテゴリーを設けることでインドが自らの存在感誇示を図るという戦略も透けてみえる。他方、世界的な分断の動きが全世界的な課題への対応を困難にすることが懸念されるなか、新興国・途上国と主要先進国の連帯感の醸成に繋がる動きが出ることは望ましいと捉えられる。ただし、このように多くの新興国・途上国をグローバルサウスとひとまとめにすることは些か乱暴であり、各国の利害や思惑が異なるなかで枠組そのものの呉越同舟感は極めて強く、世界的な連帯感醸成に向けた舞台装置となり得るかは極めて未知数である。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、グローバルサウスの連帯を呼び掛けたインド自身が、欧米などにも中ロにも与しない『中間派』の立場を採る姿勢をみせており、その多くの国々も同様に中間派の立場を採っている。その意味では、足下の世界は決定的に分裂する事態は避けられているものの、分裂の危機を孕みつつ、主要先進国と中ロがグローバルサウスを巡って『綱引き』する状況が続いていると捉えられる。

図表1
図表1

なお、グローバルサウスに注目が集まる一方、その背後においては『新興国の雄』として存在感を示してきたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)5ヶ国もその求心力を高める動きが確認されている。BRICS5ヶ国は2014年に共同出資により開発金融機関である新開発銀行(いわゆるBRICS銀行)を設立した。一方、中国が主導する開発金融機関としてアジアインフラ投資銀行(AIIB)に注目が集まってきたほか、AIIBには現時点において106ヶ国・地域が加盟、及び加盟予定となっている。新開発銀行を巡っては、2021年にバングラデシュ、アラブ首長国連邦(UAE)、ウルグアイ、エジプトの4ヶ国が加盟するなど、BRICS5ヶ国以外にも支援の対象を広げる動きが着実に進んでいる。さらに、今年3月に同行総裁にブラジルの元大統領であるジルマ・ルセフ氏が就任しており、融資を被支援国通貨建で実施する方針を呼び掛けるなど米ドルやユーロなど主要通貨を介して取引される国際貿易の行方にも少なからず影響を与える可能性が出ている。こうした方針はブラジルのルラ大統領の意向を強く反映しているとみられ、同氏が『反米』姿勢を隠さず、貿易決済における米ドル依存の回避を目指していることが大きく影響していると考えられる。また、ここ数年の米中摩擦に加え、昨年のロシアによるウクライナ侵攻を受けた欧米などと中ロとの分断の動きが広がるなか、中国やロシアを中心にBRICSへの参加を呼び掛ける動きが積極化している。こうした動きを反映して、昨年には中国と接近するイランがBRICSへの加盟を申請しているほか、それ以外にもブラジルと関係が深いアルゼンチン、ロシアと関係が深いアルジェリアが加盟申請を行っているとされる。これらの国々以外にも、サウジアラビア、キューバ、コンゴ民主共和国、コモロ、ガボン、カザフスタン、エジプト、バングラデシュ、ギニアビサウ、インドネシア、ベネズエラがBRICSへの加盟を申請している模様であり、この他にも非公式に加盟を打診する動きが出ているとされる。事実、これらの国々は今月初めに南アフリカで開催されたBRICS外相会合に直接、ないしオンラインを通じて代表を参加させており、BRICS諸国を中心に多極化した世界でのグローバルリーダーシップの発揮を目指すとの主張への賛同が示されたとされる。さらに、新開発銀行を『デリスキング(リスク低減)』の手段として用いるべく、国際取引通貨を代替する通貨による取引拡大を目的に被支援国通貨による融資実施の可能性を探る姿勢も示された模様である。なお、外相会合においてはBRICSの拡大に関する結論には至らなかったものの、8月に開催予定の首脳会議に向けて何らかの方向性を示す可能性は高まっている。

とはいえ、上述のように新興国・途上国を巡って主要先進国が綱引きをする動きがみられる上、新興国・途上国のなかでも中国とインドが綱引きをする動きをみせるなど、中印両国の間で鍔迫り合いの動きも活発化している。中印両国は国境線を巡って度々衝突する動きがみられるほか、中国は一帯一路戦略を通じてパキスタンやスリランカへの影響力を拡大させるなど、地理的にインドを囲む形で影響力を行使する動きが確認されており、結果的に両国間の緊張関係が一段と強まる事態を招いている。こうしたなか、中印両国は互いに記者を事実上追放する動きをみせるなど、対話のチャネルが細る事態となっており、BRICSの連携を巡ってすきま風が吹く動きも表面化している。BRICSの拡大には現時点における加盟国である5ヶ国の全会一致による承認が必要となるなか、上述のように足下において加盟申請を行っている国々の多くが中ロの主導により展開していることを勘案すれば、中印両国の対立はその動向に影を落とす可能性はくすぶる。その意味では、新興国・途上国を巡る綱引きを巡っては、中印両国の動向にも注意を払う必要性が高まっていると判断出来る。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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