タイ上院任期満了、民主派への圧力が強まるなかで政局の行方は

~民主派排除の動きが活発化するなか、政権に都合の良い選挙結果を招くことも懸念される~

西濵 徹

要旨
  • タイでは今月10日に議会上院が任期満了を迎え、来月選挙が実施される。現行憲法では改選後の議会上院は定数が削減されるほか、首班指名選挙に参加できなくなる。現状の議会上院は親軍派の意向が働くとともに、昨年の首班指名選挙でキャスティングボートを握ったなか、政権は昨年の総選挙で躍進した民主派への圧力を強める動きをみせる。他方、今回の選挙では20分野で候補者が互選により選出する複雑な仕組みが採られており、時間を要するほか、政権に都合の良い選挙結果となる懸念もくすぶる。同国ではセター政権が発足後初の内閣改造を行い、タクシン元首相の意向が強く反映されるなど復権が鮮明になったが、ミャンマー和平交渉の行方は見通せず、政局を巡る動きも混とんの様相を呈する可能性はくすぶる。

タイでは今月10日に議会上院(元老院)議員が任期満了を迎え、来月に議員を選出する選挙が実施される。議会上院を巡っては、2014年の軍事クーデターを経て解散された後、2017年に施行された現行憲法の下で軍事クーデター後に国軍と警察庁により設立された国家統制機関である国家平和秩序評議会(NCPO)が任命した議員により構成されてきた。なお、以前の上院議員選挙では定数の約半分を国民の直接投票を通じて選出する一方、残りの半数を選考委員会が指名した上で国王の任命により選出される方式が採られたため、王党派や保守派の意向が反映される傾向がみられた。さらに、NCPOによって任命された上院議員はその経緯も影響して国軍や親軍派政党の意向が反映されやすく、首班指名選挙を巡ってもそうした投票行動を取る傾向がみられた。結果、2019年の民政移管後も事実上の軍政であるプラユット前政権が継続したほか、昨年の総選挙後では民主派の前進党が第1党になったにも拘らず、親軍派や王党派といった保守派政党が支援するタクシン派のセター現政権誕生を後押しするなど『キャスティングボート』を握った。また、現行憲法では議会上院の定数を当初5年間は250とする一方、改選後は200に削減することが規定されているほか、首班指名選挙への参加権も廃止されるなど、その在り方が大きく変化することが予想される。議会下院(人民代表院)では保守派が少数派に留まり、セター政権の樹立に際してタクシン派(タイ貢献党)と手を結ぶなど『苦肉の策』を余儀なくされたため、親軍派や王党派など保守派の意向を反映しやすい上院議員が首班指名選挙に参加できなくなることから同国政界では政局争いが激化している。そうしたことも、同国政界においては昨年の総選挙で躍進した前進党を念頭に民主派に対する『圧力』が強まる動きの一因になっていると捉えられる(注1)。他方、上院議員選挙を巡っては今回から間接選挙に移行されており、今年2月に選挙管理委員会が公表した選挙規則では多様性を尊重する観点から20分野から選ばれた候補者同士が互選により各分野で10人ずつを選出する方式とすることが明らかにされている。20分野とは、①行政(国家公務員)、②司法・公安(裁判官・警察官など)、③教育(教師・研究者など)、④公衆衛生(医師・看護師など)、⑤農業従事者、⑥林業・漁業・畜産業従事者、⑦民間企業の従業員、⑧環境・都市計画の専門家、⑨中小企業の従事者、⑩中小企業以外の起業家、⑪観光関連の従業員、⑫実業家、⑬科学技術・ITの専門家、⑭女性、⑮高齢者・障害者・少数民族などの代表者、⑯芸術・文化・スポーツ分野、⑰市民団体・慈善団体、⑱マスコミ、⑲フリーランス、⑳その他の専門性を有する者、により構成される。来月からそれぞれの分野における互選を、郡、県、国のレベルで繰り返すことにより立候補者を絞り込むことで最終的に200人を選出するとしているものの、手続きが極めて複雑であることを勘案すれば結果の判明には相当の時間を要する可能性は避けられないと予想される。さらに、新たな議員が選出されるまでは現職が職務を代行する格好となるなど、時間稼ぎが続く可能性も考えられる。こうした複雑な選挙制度が採用された背景には、政権、とりわけ親軍派や王党派など保守派に都合の良い解釈の余地が生じることを目指したものとの見方もある。事実、候補者は特定の政党に属することを禁じられているが、仮に当選した立候補者が民主派に近いと見做された場合、前進党に対する解党請求同様に、憲法裁に対して当選無効を訴える動きが相次ぐ可能性も考えられる。こうしたなか、先月末以降にセター政権は昨年9月の発足後初となる内閣改造に動いたものの(注2)、今回の内閣改造により入閣を果たした面々はタクシン元首相の意向が強く働いたとされるなど、人材登用を巡る不透明感が懸念される動きもみられる。足下の世論調査においては、タクシン氏がかつてのように絶大な人気を得ているとは言いがたく、とりわけ昨年の総選挙で民主派を推した若年層の間では拒否感が示される動きもみられるなど、内閣改造が思惑通りの結果を招くかは不透明である。内閣改造で道筋をみせたいとの思惑がうかがえる隣国のミャンマー問題を巡っては、タクシン元首相がカンボジアのフン・セン上院議長と協調して仲介外交に乗り出す動きをみせているものの、ミャンマー政府の対応に加え、ミャンマー国内におけるこう着状態が長期化するなかで事態打開に繋がるかは懐疑的にならざるを得ない。その意味では、セター政権が目指す成果も見通せず、政局を巡る動きも混とんとした展開が続く可能性を念頭に置く必要があると捉えられる。

以 上


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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