トルコ政府が包括的な財政緊縮策公表、リラ相場はどうなる

~歳出削減効果は「誤差の範囲」も政策への意思を確認、今後も「エルドアン氏の発言」には要注意~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは昨年の大統領選と総選挙後の内閣改造を経て経済チームが一新され、高インフレにも拘らず中銀が利下げを迫られる展開から正統的な政策運営に転換が図られた。新たな経済チームによる政策運営を巡っては、主要格付機関が格上げを実施するなど評価する向きがみられる一方、国民は通貨リラへの信認を失うなかでリラ安に歯止めが掛からない状況が続いた。さらに、リラ安がインフレのさらなる加速を招くなど国民生活は一段と疲弊しており、3月末の統一地方選で与党AKPが惨敗を喫する事態を招いた。
  • 統一地方選での与党惨敗が政策運営に影響を与えることが懸念されたが、中銀はタカ派姿勢を維持した。また、最新のインフレ報告書でインフレ見通しを上方修正し、カラハン総裁も再利上げに含みを持たせるなどタカ派姿勢を強調している。さらに、経済チームも物価安定を図るべく包括的な財政緊縮策を公表に動く。歳出削減効果は誤差の範囲内に留まるとみられるが、正統的な政策運営への意思は示したと捉えられる。足下のリラ相場は底打ちの兆しが出ているが、パレスチナ問題を巡るエルドアン大統領の発言が新たな火種となる可能性はくすぶる。今後も「エルドアン氏の発言」がリラ相場を揺さぶることに要注意と言える。

トルコでは、昨年実施された大統領選と総選挙後の内閣改造において、経済政策を率いる副大統領と財務相にかつて経済担当の副首相を担うとともに国際金融市場からの信認が厚いユルマズ氏とシムシェキ氏を、中銀総裁に海外での経験が長いエルカン氏を据えるなど、市場からのレピュテーション(評判)を強く意識した人材配置を行った。ここ数年の同国では、『金利の敵』を自任するエルドアン大統領の下で「高金利が高インフレを招く」という因果が倒錯した理論に基づいて高インフレにも拘らず中銀は利下げを迫られるなど無茶苦茶な政策運営がなされ、通貨リラは下落に歯止めが掛からず、インフレも高止まりする展開が続いてきた。しかし、リラ安とインフレが常態化するなかで国民生活は疲弊しており、昨年の大統領選ではエルドアン氏が勝利するも初めて決選投票に持ち込まれるなど辛勝であったため、経済政策の見直しが避けられなくなった。こうしたことが上述のような国際金融市場を強く意識した人材配置に繋がったとみられるなか、新たな経済チームの下ではそれまでの無茶苦茶な政策運営から『正統的』な方向に大きく舵が切られた。その後の中銀は物価と為替の安定を目的にこれまで累計4150bpもの大幅利上げに動くとともに、政府もリラ安阻止を目的に導入した保護預金制度(KKM:リラ建定期預金を対象にリラ相場が想定を上回る水準に減価した場合に当該損失分を政府が全額補償する制度)を解除するなどの動きをみせてきた。こうした政府や中銀による動きを受けて、主要格付機関であるフィッチ・レーティングスは3月に格上げを実施したほか(B→Bプラス)、今月にもS&Pグローバルが同様に格上げを実施するなど(B→Bプラス)、国際金融市場における評価が向上する様子が確認されている。ただし、政府や中銀による一連の対応にも拘らず、その後もリラ相場は調整の動きが続いている。この背景には、長期に亘るリラ安による価値保蔵機能の低下を受けて国民の間でリラに対する信認が失墜しており、外貨預金や金預金が拡大するなどリラ安に繋がる動きが活発化してきたことがある。よって、経済チームによる懸命の取り組みにも拘らずリラ相場は調整の動きが続いたほか、3月末の統一地方選にかけてはリラ安の動きが一段と加速するなど、輸入インフレを通じて物価の押し上げに繋がることが懸念された。さらに、インフレ長期化による国民生活の疲弊に配慮する形で今年も最低賃金は49%と大幅に引き上げられたことも重なり、足下のインフレは一段と加速する展開が続いている。なお、エルドアン大統領は昨年2回実施した最低賃金の引き上げを今年は1回のみとする方針を示しているほか、昨年は6月を底にインフレが加速したことを勘案すれば先行きは6月を境に頭打ちに転じることが予想される。ただし、3月末に実施された統一地方選挙においてエルドアン政権を支える与党AKP(公正発展党)が惨敗を喫するとともに、直後にエルドアン大統領が今後の政策運営の方向性を巡って如何様にも受け取ることができる発言を行ったため(注1)、その後のリラ相場は国際金融市場における米ドル高の再燃も相俟って調整の動きを強めるなど不透明な展開が続いた。

図 1 外貨預金と金預金の残高(前月比)の推移
図 1 外貨預金と金預金の残高(前月比)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

中銀では、今年2月にエルカン前総裁が突然辞任を表明したものの、辞任の理由を巡っては過去のものと異なる理由(内部告発をきっかけにマスコミによるネガティブキャンペーンが激化したもの)である上(注2)、副総裁から後任総裁に昇格したカラハン氏もエルカン氏同様に海外での経験が豊富であり、先月の定例会合では物価下落が実現するまで金融引き締めを維持するなど『タカ派』姿勢を示した(注3)。さらに、今月発表した最新のインフレ報告書においては、年末時点のインフレ見通しの中央値を38%と従来見通し(36%)から上方修正する一方、来年末時点のインフレ見通しの中央値は従来からの14%に据え置き、引き締めスタンスの維持がインフレの長期的な悪化を防ぐとともに、インフレは6月にピークに達した後にディスインフレ基調が定着するとの見通しを示した。他方、カラハン総裁はインフレ報告書に関する説明会において、先行きの政策運営を巡ってインフレが持続的かつ大幅に悪化した場合はさらなる引き締めに動くとの考えを示すなどあらためて『タカ派』姿勢を示した。そして、ユルマズ副大統領とシムシェキ財務相が率いる経済チームも包括的な財政緊縮策を公表しており、歳出削減を進めるとともに予算配分の効率化を進めることで中銀のタカ派姿勢の側面支援を図ることにより、インフレ抑制を図りたいとの思惑がうかがえる。具体的には、政府機関による財およびサービスの購入予算を1割削減するとともに、インフラをはじめとする公共投資の投資規模も15%削減して投資対象を進捗率が75%以上と完工間近なものや地震対応案件などに限るとしている。さらに、政府部門による新車購入や土地の購入などを向こう3年間に亘って取り止めるほか、公務員の新規採用は退職者数と同数とすることにより総員数の増加を抑えるなど、公的部門が財政緊縮による『痛み』を分かち合う姿勢を明らかにしている。ただし、政府は今回の財政緊縮策における具体的な歳出削減規模やその時期を明らかにしていないものの、現地報道によれば1000~1500億リラ程度の削減に繋がる可能性が指摘される一方、政府は昨年来の金利上昇も影響して今年度の歳出規模を11.08兆リラ、財政赤字を▲2.65兆リラと見込んでいることを勘案すれば、歳出削減効果は『誤差の範囲』に留まる可能性は高い。シムシェキ財務相は財政緊縮策の公表に際して「最優先事項は生活費高騰を解決することにある」とした上で、「財政規律の確保を通じて経済の土台強化を目指す。一連の対策は効果的な分野に投資を振り向けることが重要であり、財政面でも構造改革を推進する」、「一連の対策によりディスインフレに貢献し、公的部門の効率性向上により節約を図る」、「物価安定と震災復興、環境対策やデジタル化推進の実現の観点でも財政規律が不可欠になる」と述べるなど、物価抑制に資する考えをあらためて強調している。とはいえ、上述したように一連の対策による歳出削減効果は微々たるものに留まることを勘案すれば、過度に期待を抱くことは難しい。他方、中銀や政府によるこうした姿勢は昨年来の正統的な政策運営に対する信認を後押しするものと期待され、足下のリラ相場には下げ止まりの兆しがうかがえるなか、底入れに転じるかはこうした姿勢を続けられるか否かに掛かっている。ただし、統一地方選での与党惨敗の一因にパレスチナ問題への政権の対応を挙げる向きがみられるなか、エルドアン氏はイスラエル軍と戦闘するイスラム組織ハマスの多数のメンバーがトルコの病院で治療中と発言する一方、政府高官はこの発言を修正するなど『新たな火種』となる可能性もくすぶる。その意味では、政策運営のみならず『エルドアン氏の言動』がリラ相場を左右する可能性には引き続き注意する必要があると捉えられる。

図 3 公的債務残高(グロス値)の推移
図 3 公的債務残高(グロス値)の推移

図 4 リラ相場(対ドル)の推移
図 4 リラ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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