インドは中国に代わる世界経済の「けん引役」となれるか

~来年度予算案は次期総選挙を強く意識、過度に期待を高め過ぎないことが肝要と捉えられる~

西濵 徹

要旨
  • インドは昨年、経済規模が英国を上回り世界第5位になったとみられる。さらに、中国は人口減少に転じたことでインドの人口は世界第1位になるとみられ、先行きは中国の潜在成長率低下が見込まれるなか、インドが中国に代わる世界経済のけん引役となると期待されている。しかし、インドは経済構造面で製造業の割合が低く、「世界の工場」として世界経済をけん引するには幾重のハードルを越える必要がある。モディ政権の下で直接投資は着実に拡大しているが、その流れを製造業の厚みに繋げられるか否かが課題になろう。
  • インド政府が先月末に発表した最新の「経済報告」では、世界経済の減速が足かせとなり来年度の経済成長率は+6.5%に鈍化するも、内需の堅調さが下支えするとの見方を示した。さらに、1日に発表した来年度予算案ではインフラ関連などの歳出拡充に加えて中間層などの実質減税など、来年の次期総選挙を強く意識した内容となった。歳出拡大を図る一方で財政規律にも一定程度配慮した格好だが、中期目標実現のハードルは依然高く、先行きも国際金融市場など外部環境に左右されやすい展開が続くことは不可避である。
  • インドに対する期待は高まっているが、中国と異なり民主主義が根付いており、開発独裁的な政策運営のハードルは極めて高い。他方、与党BJPがヒンドゥー至上主義を党是とするなか、宗教や人権を巡る問題が顕在化する動きもみられる。今年はG20議長国である上、グローバルサウスの盟主を狙うなど存在感向上を目指す動きが活発化しているが、ウクライナ問題への対応は矛盾を抱えるなどの課題も有する。インドが背負う期待は間違いなく大きいが、実態に合わせることで過度に期待を高め過ぎないことが肝要と言えよう。

インド経済を巡っては、昨年のGDP(国内総生産)が米ドルベースで旧宗主国である英国を追い越したとみられ、その経済規模は米国、中国、日本、ドイツに次いで世界第5位になっている可能性が高まっている(注1)。さらに、長年に亘る一人っ子政策に加えてコロナ禍の影響も重なり、昨年時点における中国の総人口は61年ぶりとなる減少に転じたものの(注2)、インドの総人口は引き続き拡大基調で推移しており、国連の推計に基づけば今年のうちにもインドの総人口が中国を抜いて世界第1位になるとみられる。中国においては先行きについても人口減少が続く一方、インドは人口増加が続く対照的な動きが見込まれるなか、中長期的にみて両国の総人口は乖離の度合いが高まるとの見方も出ている。2000年代以降の世界経済を巡っては、中国の高い経済成長が全体をけん引する展開が続いてきたものの、人口減少に伴い潜在成長率の低下が避けられなくなるなか、人口増加が続くインドに対する期待がいやが上にも高まる動きがみられる。人口増加の動きは経済成長の源泉のひとつであることは間違いないものの、昨年時点における中国とインドの経済規模は米ドルベースで中国がインドの5倍以上、GDPの増分も中国はインドの2倍近くと試算されるとともに、中国のGDPの増分はタイ1国のGDPを上回るなど世界経済に対するインパクトは依然として大きい。その意味では、短期的にみれば先行きの中国経済が頭打ちの動きを強めた場合、その影響をインドの経済成長によってカバーすることは極めて難しいのが実情であろう。他方、中長期的にはインドが中国に代わる形で世界経済をけん引する存在となり得るかが注目されるが、両国の経済構造を比較すると、近年の中国は製造業や建設業などをけん引役に高い経済成長を実現する一方、インドはGDPに占める製造業の割合が農林漁業を下回るとともに、家計消費が経済成長のけん引役となっていることを反映してサービス業の割合が高い特徴を有する。製造業の割合の低さは輸入代替産業のすそ野が小さく、結果的に内需が経済成長をけん引する背後で輸入が拡大して経常赤字に繋がるなど、構造的な資金過小状態を招く一因になっており、モディ政権が『メイク・イン・インディア』など一連の経済政策(モディノミクス)により製造業誘致に取り組んできたことは有意と捉えられる。しかし、現実にはモディ政権が発足して今年で9年目となるも、GDPに占める製造業の割合は低下するなど充分な効果を上げているとは言いがたい状況にある。ここ数年の急低下はコロナ禍が影響した可能性を勘案する必要はあるが、モディ政権が誕生した翌年度(2015-16年度)をピークに頭打ちしていることは、一連の経済政策が実を伴わないものであったと捉えられても仕方ない。よって、インドが中国同様に『世界の工場』として世界経済の成長をけん引する役割を担うには、幾重ものハードルを越える必要があることは間違いない。他方、モディ政権発足以降のインドは対内直接投資が拡大する動きがみられるなど、グローバル企業がインドの成長を取り込むべく活動を活発化させていることは間違いないものの、その流れを製造業に如何に振り向けることが出来るか否かが今後のインド経済の流れを形作る一因になると捉えられる。

図表1
図表1

図表2
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なお、インド政府が先月末に公表した最新の『経済報告』においては、今年度(2022-23年度)の経済成長率は+7.0%と前年度(+8.7%)から伸びが鈍化するとの見通しを示しており、年度前半の実質GDP成長率が前年にコロナ禍の影響が色濃く出た反動も影響して前年比+9.7%と大きく上振れしているなか、この見通しに従えば年度後半は同+4.5%に大きく鈍化することになる。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの実質GDP成長率は昨年7-9月に5四半期ぶりのマイナス成長になったとみられ、国境再開による外国人観光客数の底入れなどを追い風に外需は比較的堅調な推移をみせる一方、インフレが高止まりするなかで物価と為替の安定を目的に中銀は断続的な利上げ実施に追い込まれており、物価高と金利高の共存が経済成長のけん引役である家計消費など内需の足かせとなる動きがみられる。足下のインフレ率は頭打ちする動きが確認されているほか、国際金融市場においても米ドル高の動きが一服してルピー相場が底打ちするなど、輸入物価を通じたインフレ昂進の懸念も幾分後退しているものの、経済活動の正常化の動きを反映してコアインフレ率は中銀目標を上回る推移している。こうした状況が続いているものの、家計消費や投資活動の底堅く推移するとした上で、世界経済の減速に伴う外需鈍化の影響を相殺するとして、来年度の経済成長率は+6.5%(+6.0~6.8%)になるとの見通しを示している。さらに、今月1日に政府が公表した来年度予算案では、歳出規模を今年度当初予算比+14.1%の45.0兆ルピーと今年度予算(同+13.3%)を上回る伸びとするなど4年連続で大規模の財政出動が図られるほか、なかでもインフラ関連を中心とする資本支出を同+33.4%の10.0兆ルピーと今年度予算(同+35.4%)に続く高い伸びとしており、連邦政府が地方政府に供与する資本支出に使途を限定した補助金3.7兆ルピー(前年度予算比+16.5%)を併せると13.7兆ルピーに上る。歳出項目別では、エネルギー関連(今年度予算比+92.8%)や交通関連(同+47.0%)、IT・通信関連(同+17.0%)などインフラ関連支出が軒並み大幅に拡大しているほか、農村開発関連(同+15.5%)など生活関連インフラの拡充を図る姿勢が示されている。なお、今年のインドを巡っては、南部カルナタカ州や中部テランガナ州、西部ラジャスタン州など重要州で州議会選が行われるなど、来年の次期総選挙(連邦議会下院選挙)に向けた前哨戦が控えており、総選挙を経たモディ政権の3期目入りを確実にする意味でも重要な年となっている。よって、総選挙を意識する形で『票田』となる農村を強く意識しているとみられ、農村開発関連予算の拡充以外にも具体的な予算額は不明ながら、農業関連のスタートアップを支援する基金を創設する方針を明らかにしている。さらに、2019年の前回総選挙においてモディ政権率いる与党BJP(インド人民党)が地滑り的大勝利を収めた背景には、隣国パキスタンとの関係悪化を受けた強硬姿勢が追い風となったほか、足下では中国との間で係争地を巡る衝突が激化する動きもみられるなか、防衛関連予算は今年度予算比+12.3%と今年度予算(同+11.0%)を上回る伸びで拡大する動きもみられる。その一方、歳入面では個人所得税について控除対象の上限となる所得額を現行の年50万ルピーから同70万ルピーに引き上げるとともに、税区分も現状の7段階から5段階に減らすことにより中間所得層に対する実質減税が盛り込まれるなど、次期総選挙におけるモディ政権、及び与党BJPに対する支持拡大を目指す意図が透けてみえる。なお、来年度予算を巡っては、『アムリットカール(独立100周年までの残り25年)』の最初の予算になるとして、向こう25年の間の長期目標として①若年層を中心とする国民の機会拡大、②経済成長と雇用機会創出の実現、③強力で安定したマクロ経済環境の実現、という3つの目標を掲げるなか、①包括的な開発の実現、②『ラストワンマイル』の到達、③インフラ投資の拡充、④潜在力の解放、⑤グリーン成長、⑥若年層の力の発揮、⑦金融セクターの強化、という7つの優先事項を重点対象とするなど、中期目標的な色合いを強めている。他方、今年度予算まではコロナ禍対応を理由に財政健全化目標が事実上『棚上げ』される展開が続いたものの、来年度予算については財政赤字のGDP比を▲5.9%と今年度見通し(同▲6.4%)から縮小する見通しを示すなど、財政規律に対して一定の配慮を示した格好である。しかし、政府は2025-26年度に財政赤字のGDP比を▲4.5%に縮小させるとの中期目標を掲げているものの、来年度においても目標を大きく上回る推移が続くほか、その実現のハードルは極めて高いと判断出来る。なお、足下の国際金融市場においては米ドル高に一服感が出るなど、新興国を取り巻く環境は一時に比べて改善しているものの、インドルピー相場については経済成長への期待を集めているにも拘らず、財政運営に対する不透明感や足下では新興財閥を巡る問題が顕在化したことも重なり安値圏での推移が続いている。その意味では、引き続き外部環境に左右されやすい状況が続くことは避けられないと予想される。

図表3
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図表4
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図表5
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先行きの世界経済を巡っては、上述のようにインドが中国に代わる形で『けん引役』になることが出来るかに注目が集まっているが、現時点においてはそのハードルは極めて高いのが実情であろう。中国においては共産党が主導する形で開発独裁的な政策運営を行うことが極めて容易であったものの、インドについては選挙制度を通じた民主主義が連邦政府レベルから地方政府レベルまで隅々まで根付いており、政策運営に当たって選挙を通じて幅広く国民からの支持を集める必要があることから、結果的に具体的な政策遂行に時間を要することは避けられない。その意味では、インドにおいては連邦政府と州政府の関係性などの複雑さも影響して、中国のように『右向け右』といった形で政策を主導することは難しいのが実情であり、過度に期待を高め過ぎないことが肝要と捉えられる。他方、モディ政権の下では州政府どうしを競わせる形で政策遂行を後押しする対応が採られ、その動きが一定の成果を上げる動きがみられるものの、その背後では与党BJPが党是とする『ヒンドゥー至上主義』の下でイスラム教徒に対して厳しい施策が行われるなど、国内外で宗教、及び人権の面で問題視されることが少なくないのも事実である。インドは今年、主要20ヶ国・地域(G20)の議長国となるなか、先月にはインドが主催する形で『グローバルサウス(南半球を中心とする途上国)』のオンラインサミットを開催するなど、途上国の声を集めて主要国に届ける役割を果たすことで盟主の役割を狙う姿勢をみせる。この動きは、途上国に対する支援拡大を通じて影響力拡大を図ってきた中国を強く意識したものと捉えられる一方、各国の思惑はバラバラであるなど『呉越同舟』感が強いグローバルサウスをまとめることが出来るかは極めて未知数である。また、ウクライナ問題を巡ってインドは歴史的にロシアと深い関係を有するものの、ロシアによるウクライナ侵攻を表面的には批判する動きをみせる一方、ロシア産原油を大量に購入して実質的に支援する格好となっており、インド国内ではウクライナ問題での仲裁役となることを期待する向きもみられるものの、その対応如何ではボタンを掛け間違えるリスクを孕んでいる。インドが背負う期待は間違いなく大きいと捉えられる一方、実態に合わせる必要性は高いと言えよう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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