世界経済は中国の景気減速を意識する必要がある、かもしれない

~中国経済にはデフレ懸念も含めた正しい現状認識に基づく対応策が必要になっている~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済では商品高に伴うインフレの動きは一巡する一方、欧米など主要国ではインフレが高止まりするなど、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念がくすぶる。中国では昨年末以降のゼロコロナ終了で景気は底入れするも、早くも息切れが示唆される動きがみられる。世界経済の減速に加え、米中摩擦やウクライナ情勢の悪化を受けた世界的な分断の動きも中国経済にとって外需の足かせとなりっている。さらに、中国の景気減速は翻って世界経済の重石となるなど不安の種となる懸念もくすぶる。
  • 5月の製造業PMIは48.8と2ヶ月連続で50を下回るとともに、前月比▲0.4pt低下するなど頭打ちしている。減産の動きを強めているほか、内・外需双方で受注も急速に低下しており、先行きの生産活動に悪影響が出る可能性がある。減産の動きは原材料需要の重石となり、資源国にとっては量・価格の両面で景気の足かせとなることも懸念される。雇用調整の動きが内需の回復を一段と遅らせる可能性にも要注意である。
  • 5月の非製造業PMIは54.5と引き続き50を上回る推移が続くも、前月比▲0.9pt低下するなど製造業同様に頭打ちしている。建設業で底入れの動きに一服感が出ているほか、金融や不動産関連を中心にサービス業も頭打ちの動きを強めている。マインドは底堅く推移するも雇用調整圧力はくすぶる上、ゼロコロナ終了に伴い大きく膨張した期待の修正の動きが確認されるなど、勢いに陰りが出る動きもうかがえる。
  • 今年の中国経済はゼロコロナ終了によりスタートダッシュを切ったが、足下では早くも息切れの様相を強めている。内需の弱さはディスインフレ懸念に繋がってきたが、商品市況の調整も重なりデフレ基調を強める可能性も高まっている。他方、当局の景気認識には実態とのズレが懸念されるほか、オミクロン株派生型(XBB株)の再拡大による悪影響も懸念されるなか、当面の中国経済には一段の下振れを意識する必要性があると考えられる。

足下の世界経済を巡っては、ウクライナ情勢の悪化をきっかけにした商品市況の上振れの動きが事態の長期化により一巡するなど、商品高を理由とするインフレの動きは後退している。昨年来の商品高によるインフレを受けて、欧米をはじめとする主要国では中銀が物価抑制を目的に断続的、且つ大幅利上げを実施するなど対応を強化させてきた。なお、欧米などでは商品高を理由とするインフレ圧力は後退しているものの、コロナ禍からの経済活動の正常化などを追い風にしたインフレ圧力がくすぶる展開が続いており、物価高と金利高の共存状態が長期化する懸念が高まっている。結果、昨年来の世界経済は欧米など主要国を中心とする景気回復の動きがコロナ禍後の景気をけん引する展開が続いてきたものの、足下においてはその勢いに陰りが出ることは避けられなくなっている。他方、昨年の中国では当局による『ゼロコロナ』戦略への拘泥が幅広い経済活動の足かせになるとともに、サプライチェーンの混乱を通じて中国経済への依存度が相対的に高い新興国を中心に景気の足を引っ張る状況が続いてきた。しかし、中国当局は昨年末以降にゼロコロナの終了に動くとともに、年明け直後には国境再開を図るなど大きく戦略転換に舵を切る動きをみせている。急激な戦略転換による感染動向の急激な悪化を受け、昨年末にかけての中国景気は足踏みを余儀なくされたものの、年明け以降は感染収束による経済活動の正常化の進展も追い風に景気は一転して底入れするなど持ち直しの動きをみせた(注1)。2000年代以降の世界経済を巡っては、中国経済が文字通りのけん引役としての役割を果たしてきたことから、上述のように欧米など主要国景気がもたつくなかでも中国経済の持ち直しの動きが世界経済を下支えすることが期待された。ただし、このところの中国を巡っては、米中摩擦とそれに伴うサプライチェーンの再構築の動きが経済活動の足かせとなることが懸念されるほか、ウクライナ情勢悪化による中国とロシアの接近を受けて欧米などとの間に距離感が生じる動きもみられる。結果、ここ数年のコロナ禍を受けた世界経済の減速に伴い下振れした世界貿易は、その後の景気回復の動きに歩を併せる形で底入れする動きをみせたものの、足下においては再び頭打ちの様相を強めるなど世界経済の足を引っ張る懸念が高まっている。さらに、このように世界経済の減速懸念が高まっていることは、翻って中国にとっても景気の足かせとなることが予想されるとともに、そのことが世界経済の重石となるなど世界経済全体の『不安の種』となることも考えられる。

図 1 世界貿易量(前年比)の推移
図 1 世界貿易量(前年比)の推移

なお、年明け以降に底入れの動きを強めてきた企業マインドを巡っては、上述のように世界経済を取り巻く環境の変化を反映して製造業を中心に頭打ちの動きを強めるなど、早くも息切れが意識される動きがみられる(注2)。さらに、世界経済の減速が意識されるなか、国家統計局が公表した5月の製造業PMI(購買担当者景況感)は48.8と2ヶ月連続で好不況の分かれ目となる水準(50)を下回るとともに、前月(49.2)から▲0.4pt低下して5ヶ月ぶりの低水準となるなど、一段と頭打ちの動きを強めている。足下の生産活動を示す「生産(49.6)」は前月比▲0.6pt低下して4ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど減産の動きを強めているほか、先行きの生産活動に影響を与える「新規受注(48.3)」も同▲0.5pt、「輸出向け新規受注(47.2)」も同▲0.4pt低下してともに50を下回る水準で推移しており、当面の生産活動を取り巻く環境は内・外需双方で悪化している様子がうかがえる。なお、経済活動の正常化が進んでいることを反映して「サプライヤー納期(50.5)」は前月比+0.2pt上昇するなど、サプライチェーンの回復、改善に向けた動きは続いていると捉えられる。減産圧力が強まっていることを受けて「完成品在庫(48.9)」は前月比▲0.5pt低下するなど、在庫調整が進んでいる様子はうかがえる。一方、生産活動の低迷を受けて「購買量(49.0)」は前月比▲0.1pt低下している上、「輸入(48.6)」も同▲0.3pt低下してともに50を下回る推移が続いており、中国経済への依存度が高い資源国や新興国の足かせとなる状況が続いている。さらに、素材や部材など原材料需要の低迷を受けて「購買価格(40.8)」も前月比▲5.6ptと大幅に低下しており、商品市況を理由とする世界的なインフレ圧力は一段と後退すると期待される一方、商品市況の影響を受けやすい資源国経済にとっては量、価格の両面で景気の重石となることは避けられない。原材料価格の低下を反映して「出荷価格(41.6)」も前月比▲3.3pt低下していることは、世界的なインフレ圧力後退の動きを後押しする可能性はある一方、米中摩擦や世界的な分断の動きはそうした効果を相殺することが考えられる。また、家計消費など内需の回復が遅れている一因にはコロナ禍を経て急激に悪化した若年層を中心とする雇用環境を巡る不透明さが挙げられるが、減産の動きを反映して「雇用(48.4)」は前月比▲0.4pt低下するなど調整圧力が強まっており、内需の回復を遅らせる可能性には注意が必要と捉えられる。

図 2 製造業 PMI の推移
図 2 製造業 PMI の推移

他方、製造業と同様に非製造業においても企業マインドは頭打ちする動きがみられるものの、製造業は景気減速が意識される状況に直面する一方、非製造業については緩やかな景気拡大を示唆する展開が続いてきた。5月の非製造業PMIも54.5と前月(56.4)から▲0.9pt低下するなど一段と頭打ちしているものの、依然として50を大きく上回る水準で推移しており、非製造業については景気拡大が続いていると捉えられる。業種別では、インフラ関連をはじめとする公共投資の進捗を追い風に堅調な推移が続いてきた「建設業(58.2)」は前月比▲5.7ptと大幅に低下して4ヶ月ぶりの低水準となるなど、息切れしている様子がうかがえる。「サービス業(53.8)」も前月比▲1.3pt低下して5ヶ月ぶりの低水準となっており、労働節(メーデー)休暇の時期が重なったことも影響して運輸関連や観光関連のほか、電気通信関連、IT関連などで堅調な動きがみられる一方、金融関連や不動産関連で低迷が続いて全体の足を引っ張るなど対照的な状況が続いている。足下の活動が弱含む動きをみせていることに加え、先行きの企業活動に影響を与える「新規受注(49.5)」は前月比▲6.5ptと大幅に低下して5ヶ月ぶりに50を下回る水準となっているほか、「輸出向け新規受注(49.7)」も同▲2.4pt低下して2ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど、製造業同様に内・外需双方で急速に弱含む動きがみられる。商品市況の上振れの動きが一巡している上、世界経済の減速懸念を反映して調整の動きを強めていることも重なり、製造業同様に「投入価格(47.4)」は前月比▲3.7pt低下して5ヶ月ぶりに50を下回る水準に低下している上、こうした原材料価格の低下を反映して「出荷価格(47.6)」も同▲2.7pt低下して2ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど、インフレ圧力の後退に繋がっている。ただし、企業マインドが悪化しているにも拘らず「雇用(48.4)」は3ヶ月連続で50を下回る推移が続くなど調整圧力がくすぶる状況ながら前月比は+0.1pt上昇しており、建設業を中心に雇用が底堅く推移していることを反映している。他方、経済活動の正常化が進んでいるにも拘らず「サプライヤー納期(51.9)」は前月比▲0.5pt低下しており、若年層を中心に雇用環境は厳しい状況が続いているものの、近年の高学歴化を背景に労働需給を巡るミスマッチが拡大していることを反映して、物流関連などで人手不足が深刻化していることが影響しているとみられる。また、先行きの期待を示す「企業活動期待(60.4)」も依然高水準で推移するも前月比▲2.1pt低下しており、建設業、サービス業ともに大幅に低下するなど、ゼロコロナ終了を受けて膨れ上がった期待の修正が進んでいる模様である。

図 3 非製造業 PMI の推移
図 3 非製造業 PMI の推移

上述のように、足下では製造業、非製造業ともに企業マインドは頭打ちの動きを強めていることが確認されており、年明け直後こそ『スタートダッシュ』を切ることが出来た中国経済は早くも息切れの様相を強めていると捉えられる。足下の中国経済を巡っては、ゼロコロナ終了による経済活動の正常化が進んでいるにも拘らず、若年層を中心とする雇用環境の厳しさに加え、地方部を中心に不動産市況は弱含む動きが続くなど資産デフレに家計部門や不動産セクターに対する逆資産効果も重なり、家計消費の足かせとなる状況が続いている。こうした状況は足下の中国経済におけるディスインフレ圧力に繋がっているが(注3)、上述のように中国のみならず、世界経済の減速懸念の高まりを反映して商品市況に調整圧力が強まる動きが確認されていることは、いよいよ同国経済がデフレ基調を強める可能性を示唆している。他方、当局は4月の経済指標の公表に際して足下の景気が上向いていることを好感する考えをみせる一方、過去に遡って不自然な形で経済指標が改定されており、実態と数字の間に乖離が生じている可能性も考えられ、景気判断を誤らせるとともに導き出される政策的な『処方せん』にズレが生じることも懸念される(注4)。さらに、足下の中国国内においてはオミクロン株派生型(XBB株)による感染が再拡大しており、来月末にかけて感染拡大の動きが広がるとの見方が示される一方、昨年末以降のゼロコロナ終了を受けた検査数の減少により感染実態は不透明な状況が続いている。仮にそうした不透明感が国民の間に疑心暗鬼を招くとともに、経済活動に悪影響を与える事態となれば、先行きの景気に一段と下押し圧力が掛かることも考えられる。当研究所は今月、年明け直後の景気が想定以上に上振れしたほか、昨年も遡って上方修正されたことを反映して今年の経済成長率見通しを+5.5%に上方修正したが(注5)、現時点においてはこれを据え置くも、下振れする可能性に注意する必要があろう。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ