中国経済はいよいよ「デフレの道」に入りつつある、かもしれない

~取引の自由度の低さが人民元相場の足かせとなり、金融政策の足を引っ張る可能性にも要注意~

西濵 徹

要旨
  • 年明け以降の中国経済は、ゼロコロナ終了による景気回復が期待されたものの、足下では欧米など主要国を中心とする世界経済の減速懸念が外需の足かせとなっている。企業マインドは景気の息切れを示唆する動きをみせているほか、雇用回復の遅れが家計消費の足かせとなる動きもみられる。当局は雇用拡大に向けた方策を打ち出しているが、習政権が目指す経済成長の質向上への道のりは平たんではない。
  • 4月の消費者物価は前年比+0.1%と大きく鈍化してインフレ目標を下回り、生活必需品を中心とする物価下落が重石となっている。コアインフレ率も前年比+0.7%と低調な推移が続いており、雇用回復の遅れがサービス物価の重石となり、価格競争の激化も財価格を下押しする展開が続く。川上段階の物価も商品市況の調整が調達価格を下押しするとともに、出荷価格の重石となる展開が続いている。川上段階での物価下落は消費者段階の物価を下押しする展開が続くなど、ディスインフレ基調が強まる兆しもうかがえる。
  • 昨年来の金融市場では米ドル高が人民元相場の重石となり、その後は米ドル高の一服を受けて底入れしてきた。足下では中銀による緩和観測が人民元相場の重石となる一方、貿易決済の拡大は実需を喚起して下支えしているとみられる。ただし、取引の自由度の低さが影響して金融政策が為替に反映されにくい状況は効果を相殺することに繋がり、結果的に政策対応を難しくする可能性には注意が必要になっている。

年明け以降の中国経済を巡っては、昨年末にかけて当局がゼロコロナ戦略の終了に舵を切ったことで経済活動の正常化が進展したことに加え、年明け直後には国境再開により国内外で人の移動が活発化することで、ゼロコロナ戦略が景気の足かせとなる状況が大きく好転することが期待された。事実、今年1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+4.5%と前期(同+2.9%)から伸びが加速するとともに、前期比年率ベースの成長率は+9.1%と拡大して2四半期ぶりの高い伸びとなるなど、昨年末にかけて鈍化した景気は一転底入れしていることが確認されている(注1)。なお、3月の全人代(第14期全国人民代表大会第1回全体会議)で示された今年の経済成長率目標は「5%前後」と昨年(5.5%前後)から水準が引き下げられるとともに、財政・金融政策については例年通りの表現に留まるなど踏み込んだ姿勢は示されなかった(注2)。こうした動きは、習近平指導部が3期目入りするなかで経済成長率の数字でなく、成長の質の向上を求める姿勢を強めていると捉えられる。しかし、過去の景気回復局面においては外需がそのけん引役の一翼を担う動きがみられたものの、足下では欧米など主要国を中心に世界経済の頭打ちが意識されているほか、米国での銀行破たんをきっかけに国際金融市場に不透明感がくすぶり、実体経済の足かせとなる懸念も高まっており、早くも景気回復の動きに陰りが出る兆しもうかがえる(注3)。さらに、年明け以降底入れの動きを強めた企業マインドも足下では頭打ちに転じており、景気の『息切れ』が意識される動きがみられる上(注4)、こうした動きを反映して雇用も製造業を中心に調整圧力が再び強まっているほか、サービス業における雇用回復の動きも一服しており、コロナ禍を経て厳しい雇用環境に直面してきた若年層を中心に再び厳しさが増す可能性が高まっている。当局は先月末、若年層の雇用改善を目的に企業に対する補助金支給のほか、金融機関を通じた融資支援、国有企業での若年雇用拡大を図る方針を明らかにしたほか、深圳や上海など大都市部において雇用の受け皿拡大を目的にいわゆる『露店経済』の再開を促す動きがみられるなど、雇用拡大に向けた取り組みを強化している。今月初めの労働節を挟む大型連休を巡っては、移動の自由化も追い風に旅行者数はコロナ禍前を上回る水準となる一方、家計部門の財布の紐の固さを反映して消費支出は弱含む展開が続くなど、家計消費は本調子にほど遠い状況が続いている。こうした対応が固くなった家計部門の財布の紐を緩めることに繋がるかは不透明であり、習政権が目指す経済成長の質向上の道のりは平たんではないと言える。

こうした状況を反映して、4月の消費者物価は前年同月比+0.1%と前月(同+0.7%)から一段と伸びが鈍化して今年のインフレ目標(3%前後)から乖離する展開が続いている。前月比も▲0.1%と前月(同▲0.3%)から3ヶ月連続で低下するなど下落基調が続いており、豚肉(同▲3.8%)をはじめとする食肉(同▲1.9%)のほか、野菜(同▲6.1%)、果物(同▲0.7%)、卵(同▲0.2%)など生鮮品を中心とする食料品で幅広く物価が下落している。さらに、原油をはじめとするエネルギー資源の国際価格が調整の動きを強めていることを反映してガソリン(同▲1.6%)をはじめとするエネルギー価格も下落するなど、生活必需品を中心に物価下落が続いていることが影響している。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.7%と前月(同+0.7%)から2ヶ月連続の横這いで推移しているものの、インフレ率同様に目標を大きく下回る水準に留まる。前月比も+0.1%と前月(同+0.0%)からわずかな上昇に留まっており、労働節を挟む大型連休の影響で観光関連など一部のサービス物価に押し上げ圧力が掛かる動きがみられるものの、雇用回復の遅れがその他のサービス物価の重石となる状況が続いている。さらに、家計部門の財布の紐の固さに加え、大手EC(電子商取引)サイトでの価格競争の激化も影響して財価格に下押し圧力が掛かる動きがみられるなど全般的にインフレ圧力が高まりにくい状況にある。他方、コロナ禍からの景気回復を目的に中銀(中国人民銀行)は一昨年末から断続的な金融緩和に動いており、景気回復期待を追い風とする資金流入の動きも重なりマネーサプライの伸びは加速の動きを強めるなど『カネ余り』が意識されやすい状況にある。こうした状況に加えて経済活動の正常化の動きも重なり、調整が続いた不動産市況は上海や北京など大都市部で底打ちするなど変化の兆しが出ているものの、地方都市を中心に調整に歯止めが掛からない状況が続いていることも物価の重石となる一因になっている。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

他方、川上の物価に当たる4月の生産者物価(購買価格)は前年同月比▲3.8%と3ヶ月連続のマイナスで推移している上、前月(同▲1.8%)からマイナス幅が大きく拡大して3年弱ぶりの水準となるなど下振れしている。前月比も▲0.7%と前月(同+0.0%)から2ヶ月ぶりの下落に転じるなど下押し圧力が掛かる動きが確認されており、原油をはじめとするエネルギー資源の国際価格が調整の動きを強めていることに加え、世界経済の減速懸念の高まりを反映して非鉄金属関連など幅広く商品市況が弱含んでいることも重なり、原材料関連の物価に総じて下押し圧力が掛かっていることが影響している。なお、一昨年来の商品市況の上振れにより幅広く原材料価格に押し上げ圧力が掛かる動きがみられたなか、同国においてはインフレによる家計部門への悪影響を警戒して当局が企業部門に対して製品価格への転嫁を事実上禁止する対応をみせてきた。こうしたことも影響して、出荷価格は調達価格を上回るマイナス幅で推移してきたものの、4月の生産者物価(出荷価格)は前年同月比▲3.6%と7ヶ月連続のマイナスで推移するも調達価格に対してマイナス幅は小さくなっているが、前月(同▲2.5%)からマイナス幅は拡大している。前月比も▲0.5%と前月(同+0.0%)から3ヶ月ぶりの下落に転じているものの、上述のように過去において原材料価格の上昇を転嫁出来なかったことが影響して調達価格比べて小幅なマイナスに留まっている。川上段階における原材料価格に下押し圧力が掛かっていることを反映して、中間財関連の出荷価格に下押し圧力が掛かるとともに、製品価格にも下押し圧力が掛かるなど全般的にディスインフレ基調が強まっている様子がうかがえる。さらに、上述のように家計部門の財布の紐が固い状況が続くなかで価格競争が激化していることも製品価格に下押し圧力が掛かる一因になっており、川上段階におけるディスインフレの動きが消費者段階の物価の重石となっていると捉えられる。

図 2 生産者物価の推移
図 2 生産者物価の推移

昨年来の国際金融市場においては、米FRB(連邦準備制度理事会)のタカ派傾斜の動きを反映した米ドル高を受けて人民元相場に下押し圧力が掛かる動きがみられたものの、昨年末以降は米ドル高の動きに一服感が出たことに加え、ゼロコロナ終了による中国景気の回復期待も追い風に一転して底打ちしてきた。しかし、インフレが低水準で推移していることに加え、景気の回復力に不透明感がくすぶる展開が続くなか、金融市場においては中銀が景気下支えを目的に一段の金融緩和に動くとの観測が出ており、結果的に足下の人民元相場は上値の重い推移をみせている。報道によると、当局が景気下支えに向けて4大国有銀行を対象に一部の預金金利の上限を引き下げるべく指示を行った模様であり、こうした動きも人民元相場の重石になっているとみられる。他方、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた欧米などによる対ロ経済制裁を受けて、中ロ間の貿易決済に人民元を活用する向きが広がっているほか、中南米やアジア新興国などでも貿易決済に人民元を活用する動きが広がるなど実需が喚起される動きがみられるなか、こうした動きは人民元相場を下支えすることが期待される。ただし、人民元相場を巡っては通貨バスケット制による事実上の管理変動相場制が採られている上、資金移動を巡っても様々な規制が敷かれるなど自由な取引が担保される状況とはなっておらず、制度そのものについても不透明なところが多い。金融政策が為替に反映されにくい状況となることは、その効果の相殺を招くことで政策のあるべき姿をみえにくくさせることで政策対応を困難にする可能性にも注意する必要があろう。

図 3 人民元相場(対ドル)の推移
図 3 人民元相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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