中国当局による「不自然な」統計の遡及改定は現状認識を誤らせるか

~当局は景気の復調を好感する姿勢をみせるも、実態との乖離が進む懸念には要注意~

西濵 徹

要旨
  • 年明け以降の中国経済は、昨年末のゼロコロナ終了により景気の底入れが進むと期待された。1-3月の実質GDP成長率は底入れが確認される一方、世界経済の減速や国際金融市場を巡る不透明感が足かせとなる懸念が高まっている。中銀による金融緩和を追い風に底入れしてきたマネーも外部環境の変化を受けて頭打ちする動きがみられ、そうした金融市場環境の変化が実体経済に影響を与える可能性もくすぶる。
  • 若年層を中心とする雇用不安が家計消費の足かせとなることが懸念されるが、4月の小売売上高は前年比+18.4%と伸びが加速した。しかし、これは昨年に上海などでの都市封鎖に伴い下振れした反動が影響したことに留意する必要がある。他方、不動産投資やインフラ投資の動向を示す固定資産投資は年初来前年比+4.7%と伸びが鈍化するなど、不動産需要の弱さが足を引っ張る形で弱含む展開が続いている。さらに、外需の鈍化や内需を巡る不透明感を反映して鉱工業生産は前年比+5.6%と伸びこそ加速するも、頭打ちする動きが確認出来る。表面的な数字と対照的に、足下の経済は厳しさが増していると捉えられる。
  • 国家統計局は足下の経済状況について復調が続いているとの認識を示している。しかし、季節調整値は過去に遡って不自然な形で改訂されるなど、現状認識を誤らせる動きもみられる。その認識に従った処方せんは現実と乖離したものとなる可能性に注意する必要がある。2000年代以降の世界経済が文字通り中国経済に大きく依存してきたことを勘案すれば、対応のズレが世界経済に与える影響に注意する必要がある。

年明け以降の中国経済を巡っては、昨年末にかけて当局がゼロコロナの終了に舵を切る動きをみせたことで経済活動の正常化が進むとともに、年明け直後には国境再開を受けて国内外で人の移動が活発化するなど、景気の底入れが進むことが期待された。事実、今年1-3月の実質GDP成長率は前年比+4.5%と前期(同+2.9%)から伸びが加速するとともに、前期比年率ベースの成長率も+9.1%と拡大して2四半期ぶりの高い伸びとなるなど、昨年末にかけての性急な戦略転換に伴う混乱の影響を克服している様子がうかがえる(注1)。なお、習政権が異例の3期目入りを果たした3月の全人代(第14期全国人民代表大会第1回全体会議)で示された今年の経済成長率目標を巡っては、「5%前後」と昨年(5.5%前後)から水準を引き下げるとともに、財政・金融政策も例年通りの対応を維持するなど景気下支えに向けた踏み込んだ対応を示さず(注2)、習政権が経済成長率の数字ではなく、成長の質の向上を求めていることを反映していると捉えられる。他方、足下の世界経済は欧米など主要国を中心に物価高と金利高の共存を受けて頭打ちの様相を強めているほか、米国での銀行破たんをきっかけに国際金融市場の不透明感がくすぶり実体経済の足かせとなることが懸念されるなど、外需の足かせとなる兆しがうかがえる(注3)。さらに、昨年末を境に底入れの動きを強めてきた企業マインドも、世界経済の減速懸念の高まりを反映して製造業を中心に頭打ちするなど、景気の『息切れ』を示唆する動きが確認されるなか、足下では幅広い分野で雇用回復の動きに陰りが出るなど若年層を中心とする雇用環境は再び厳しさを増す懸念もくすぶる(注4)。同国では一昨年末以降、中銀(中国人民銀行)が断続的な金融緩和に動くなど景気下支えを強化するとともに、不動産市況の調整局面の長期化が資産デフレを通じて幅広い経済活動に悪影響を与えることに対応する動きをみせており、マネーサプライの伸びは底入れの動きを強めるなど景気の押し上げに繋がる材料は揃ってきた。しかし、足下においては国際金融市場を取り巻く環境が大きく変化していることに加え、中国景気への期待も後退していることを反映して資金流出が強まっており、人民元相場は調整の動きを強める展開をみせている。さらに、こうした状況を反映して底入れの動きを強めてきたクレジット・インパルスに頭打ちの兆しがうかがえるなど、中国金融市場におけるマネーを取り巻く状況は変化しつつある。こうした動きも底入れの動きを強めてきた中国景気に影響を与えることが考えられる。

図 1 マネーサプライ(M2)前年差/GDP 比の推移
図 1 マネーサプライ(M2)前年差/GDP 比の推移

若年層を中心とする雇用環境に再び不透明感が強まる懸念が高まっているほか、足下のインフレ率は弱含む動きが確認されるなど家計消費の弱さを示唆する動きが確認されているものの(注5)、家計消費の動向を示す小売売上高は底入れの動きを強めている模様である。4月の小売売上高(社会消費支出)は前年同月比+18.4%と前月(同+10.6%)から一段と加速して2021年3月以来の高い伸びとなっており、前月比も+0.49%と前月(同+0.78%)からペースは鈍化するも4ヶ月連続で拡大するなど、昨年末にかけての性急な戦略変更に伴う動揺の影響を払拭していると捉えられる。なお、前年同月比の伸びが大きく加速した背景には、昨年の同時期には最大都市である上海市をはじめとする多くの都市で感染が急拡大して事実上の都市封鎖(ロックダウン)が実施されて幅広い家計消費に下押し圧力が掛かった反動が影響していることに注意する必要がある。また、過去数ヶ月に亘って季節調整値に基づく前月比の数値が改訂されているものの、その度に都市封鎖などの影響が色濃く現われた月のマイナス幅が大幅に縮小される動きがみられる一方、その反動でプラスになった月についてはプラス幅が大幅に上方改定されている。こうした修正が繰り返し行われている結果、足下における小売売上高の水準は大きく上振れしており、実態と乖離したものとなっている可能性には注意が必要である。種類別では、地方レベルで買い替え促進のための補助金給付の実施を追い風にEV(電気自動車)を中心とした新エネルギー車など自動車(前年比+38.0%)の販売が大きく上振れしているほか、経済活動の正常化の動きが進んでいることを反映して外食(同+43.8%)関連の消費も大きく拡大するなど底入れの動きを強めている。さらに、上述のように昨年については幅広い経済活動が制限された影響で下振れした反動も重なり、宝飾品(前年比+44.7%)、衣類(同+32.4%)、化粧品(同+24.3%)、娯楽用品(同+25.7%)、通信機器など(同+14.6%)など幅広い分野で伸びが加速する動きがみられる。他方、雇用を巡る不透明感などが重石となる形で不動産需要が弱含みする動きが続いていることを反映して、建材(前年比▲11.2%)や家具(同+3.4%)など住宅関連の耐久消費財に対する需要は引き続き弱含む動きをみせており、家計消費の回復は道半ばの状況にあると捉えられる。

図 2 小売売上高(前年比)の推移
図 2 小売売上高(前年比)の推移

また、インフラ関連を中心とする公共投資や不動産投資などの動きを反映して固定資産投資を巡っては、過去の景気回復局面においてはそのけん引役となる傾向がうかがわれたものの、4月は年初来前年比+4.7%と前月(同+5.1%)から一段と伸びが鈍化しており、当研究所が試算した月次ベースの前年同月比も4月は▲9.5%と前月(同+1.3%)大きく下振れするなど頭打ちしている。前月比も▲0.64%と前月(同+0.83%)から2ヶ月連続で減少しており、昨年末から年明け直後にかけて底打ちする動きがみられたものの、足下では一転して頭打ちの動きを強めている様子がうかがえる。なお、上述のように家計消費の伸びは前年の反動で大きく上振れしたにも拘らず、投資については鈍化傾向が続いていることは、足下の投資活動が全般的に弱含んでいることを示唆している。実施主体別では、国有企業(年初来前年比+9.4%)に底堅い動きがみられる一方、民間企業(同+0.4%)は対照的に力強さを欠く動きをみせており、いわゆる『国進民退』色が一段と強まっていると捉えられる。分野別では、電気機械関連(年初来前年比+42.1%)やエネルギー関連(同+24.4%)、自動車関連(同+18.5%)、医薬品関連(同+15.5%)、コンピュータ関連(同+14.2%)など当局の政策支援が期待される分野を中心に堅調な動きがみられるものの、それ以外の分野では軒並み力強さの乏しい動きがみられるなど対照的な状況が続いている。さらに、昨年末以降の戦略転換やそれに伴う経済活動の正常化の動きを反映して、足下では大都市部を中心に不動産市況に底打ち感が出る動きがみられるものの、地方部においては依然調整局面が続いていることを受けて、4月の不動産投資は年初来前年比▲16.2%と過去1年以上前年を下回る推移が続くとともに、前月(同▲7.2%)からマイナス幅も大きく拡大するなど下振れしている。4月は不動産販売も前年比▲11.8%と前月(同▲3.5%)からマイナス幅も拡大しており、需要の弱さが供給の重石となることで悪影響が波及する展開が続いている。当局は需要回復を目的に、中間業者に対して売買やリースの手数料引き下げを促すなどの対応を強化しているものの、雇用を巡る不透明感が需要の足かせとなる状況が続くなかで需要の『底』がみえない展開となっている可能性も考えられる。

図 3 固定資産投資(前年比・試算値)の推移
図 3 固定資産投資(前年比・試算値)の推移

このように、世界経済の減速懸念に伴う外需を巡る不透明感が強まっていることに加え、家計消費をはじめとする内需も戦略転換を受けて底入れこそすれ、その勢いに不透明感がくすぶる状況が続いていることを反映して、4月の鉱工業生産は前年同月比+5.6%と前月(同+3.9%)から伸びが加速するも力強さを欠く推移が続いている。前月比も▲0.47%と前月(同+0.28%)から5ヶ月ぶりの減少に転じており、昨年末以降に底入れの動きが続いた流れに一服感が出ている様子がうかがえる。なお、鉱工業生産についても過去数ヶ月に亘って遡る形で季節調整値が改訂されており、マイナスであった月がプラスに上方修正されるなど、不可解な動きもみられる。また、家計消費同様に前年比の伸びが加速しやすい環境にあることを留意する必要があるものの、分野ごとでは製造業(前年比+6.5%)で伸びが加速しているほか、弱含む展開が続いたハイテク関連(同+2.5%)も底打ちしているものの、力強さを欠く推移が続く状況は変わっていない。財別では、販売の好調さを反映してEVをはじめとする新エネルギー車の生産拡大の動きを反映して自動車(前年比+59.8%)の生産は大きく上振れしているほか、太陽電池(同+69.1%)や発電機(同+61.9%)などエネルギー関連の生産が拡大している様子もうかがえる。一方、米中摩擦の激化や世界経済の減速などに伴う需要下振れが懸念されるなかでマイコン(前年比▲19.9%)や産業用ロボット(同▲7.4%)、スマートフォン(同▲5.9%)、工作機械(同▲1.9%)、半導体(同+3.8%)などの生産は軒並み力強さを欠く推移が続いており、生産を取り巻く環境は厳しさを増している様子がうかがえる。さらに、不動産投資の弱さを反映して鋼材(前年比+5.0%)や銑鉄(同+1.0%)、粗鋼(同▲1.5%)など鉄鋼生産が軒並み弱含んでいるほか、セメント(同+1.4%)、板ガラス(同▲7.6%)など建材関連の生産は下振れするなど生産活動の足かせになっている。中国経済を巡っては、不動産投資がGDPに対して少なく見積もっても1割、多く見積もれば2割程度に達すると見込まれるなか、その低迷は幅広い経済活動の足かせになる状況が続いており、外需の不透明感も相俟って下押し圧力が掛かりやすい状況にあると捉えられる。

図 4 鉱工業生産(前年比)の推移
図 4 鉱工業生産(前年比)の推移

4月の経済統計の公表に際して、国家統計局の付凌暉報道官は足下の同国経済について「多くの生産関連の経済指標は上向いており、サービス業と家計消費の回復は比較的早い動きをみせるなど、経済の復調傾向が続いている」との認識を示している。また、足下で弱含む動きが続く物価動向について「経済の回復が進展するにしたがって年後半には緩やかに上昇すると見込まれる」との見方を示した上で、若年層の雇用については「その拡大と安定に向けて努力を続ける必要がある」と述べるなど、政策面で注力する考えを示している。なお、当局は先月末、若年層の雇用改善を目的に企業を対象とする補助金支給のほか、金融機関を通じた融資支援、国有企業における若年雇用の拡大などの取り組みを強化する方針を明らかにしている。さらに、深圳や上海など大都市部では雇用の受け皿拡大を目的に、いわゆる『露店経済』の再開を促す動きがみられるなどの取り組みもみられる。ただし、こうした場当たり的な対応が若年層を中心とする雇用環境を劇的に改善させるとは見通しにくく、家計消費を取り巻く環境に不透明感がくすぶる展開が続くことは避けられない。それ以上に、過去に遡って統計が不自然に改訂されていることは現状認識を誤らせるとともに、そうした情報によって導かれる対応策も現実と乖離したものとなる可能性があることにも注意する必要がある。2000年代以降の世界経済を巡っては、文字通り中国経済に『おんぶに抱っこ』の形で中国経済の高成長の恩恵を受ける展開が続いてきたものの、人口動態も影響して中国経済の成長力が低下するなか、その処方せんのズレが世界経済に悪影響を与えることも懸念される。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ