中国の景気回復の動きに早くも「息切れ」感か

~内・外需双方で先行きの鈍化を警戒する兆し、雇用調整圧力の強まりが景気の足かせとなる懸念も~

西濵 徹

要旨
  • このところの中国では、ゼロコロナ終了により景気の底入れが図られており、1-3月のGDP統計では景気の底入れを示唆する動きが確認された。今年の経済成長率は目標実現のハードルが低下している一方、足下の景気は新興国向けを中心とする外需と経済活動の正常化を受けた家計消費の活発化が押し上げに繋がっている。他方、ディスインフレ懸念がくすぶるなどその持続力には不透明感がくすぶる展開が続く。
  • 4月の製造業PMIは49.2と4ヶ月ぶりに50を下回る水準に低下しており、内・外需双方で受注動向が大きく下振れしている上、幅広い分野でマインドが急激に悪化している様子がうかがえる。非製造業PMIは56.4と引き続き50を上回る水準を維持するも、底入れの動きに一服感が出ている上、堅調な企業マインドにも拘らず雇用調整圧力が強まる動きがみられるなど、家計消費の足かせとなる可能性はくすぶる。
  • 内・外需双方で景気に不透明感が強まる兆候が出ており、景気回復の動きは早くも息切れしつつある。世界経済への影響を勘案すれば、当局には何より正しい現状認識の下で対応策を講じることが望まれる。

このところの中国においては、昨年末以降におけるゼロコロナ戦略の転換が図られるとともに、年明け直後には国境が再開されたことを受けて、経済活動の正常化と国内外での人の往来が自由になることにより昨年末にかけての景気が減速の動きを強めた状況は一変している。事実、1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+4.5%と前期(同+2.9%)から伸びが加速するとともに、前期比年率ベースでも+9.1%と前期(同+2.4%)から加速したと試算されるなど、景気は底入れの動きを強めていることが確認されている(注1)。また、3月の全人代(第14期全国人民代表大会第1回全体会議)を経て習近平指導部は異例の3期目入りを果たしており、3期目の人事を巡っては半分以上の閣僚が留任して政策の継続性が重視されるとともに、経済成長率目標も「5%前後」という控え目な目標設定がなされている。こうしたことは、習近平指導部が3期目入りに当たって経済の安定を重視する姿勢をみせるとともに、経済成長を巡っても数字以上にその質を重視している様子がうかがえた(注2)。他方、1-3月の統計公表に際しては昨年来の統計が遡及的に上方修正されており、この改定に伴い今年の経済成長率のゲタはプラス幅が拡大していると試算されなど、あくまで成長率目標の達成も諦めていないことは間違いないと捉えられる。なお、足下の景気底入れの動きについては、欧米など主要国向け輸出が足踏みする一方でASEAN(東南アジア諸国連合)や中南米、アフリカをはじめとする新興国向け輸出の堅調さが景気を押し上げている様子がうかがえる。さらに、中国国内において1年のうち最も人の移動が活発化する春節(旧正月)連休を前に戦略転換が図られたことで期間中の家計消費が押し上げられたほか、補助金や減税などをはじめとする消費喚起策も追い風に富裕層や中間層などを中心に消費活動が活発化している様子もうかがえる。一方、過去の景気回復局面においてそのけん引役となることが多い不動産関連をはじめとする固定資産投資は力強さを欠く展開が続いているほか、鉱工業生産も緩やかな拡大に留まる展開をみせている。また、景気の底入れを示唆する動きがみられる上、一昨年末以降の中銀(中国人民銀行)による断続的な金融緩和実施を追い風に金融市場におけるマネーは底入れの動きを強めているにも拘らず、ディスインフレ圧力がくすぶる展開が続いており(注3)、先行きの景気に対する不透明感が懸念される状況にあると判断出来る。

事実、国家統計局が公表した4月の製造業PMI(購買担当者景況感)は49.2と前月(51.9)から▲2.7pt低下して4ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる50を下回る水準となるなど、底入れの動きを強めてきた展開に早くも一服感が出ている様子がうかがえる。足下の生産動向を示す「生産(50.2)」は辛うじて50を上回る水準を維持するも前月比▲4.4ptと大幅に低下するなど増産の動きに一服感が出るとともに、先行きの生産に影響を与える「新規受注(48.8)」も同▲5.2pt、「輸出向け新規受注(47.6)」も同▲2.8ptと大幅に低下するとともに、ともに50を下回る水準となるなど内・外需双方で大きく下押し圧力が掛かっている。生産活動に下押し圧力が掛かるとともに、先行きに対する不透明感が強まっていることを反映して「購買量(49.1)」は前月比▲4.4pt低下して4ヶ月ぶりに50を下回る水準に低下している上、「輸入(48.9)」も同▲2.0pt低下して3ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど、素材や部材など原材料に対する需要に下押し圧力が掛かっている。こうした動きを反映して商品市況が調整の動きを強めていることを反映して「購買価格(46.4)」も同▲4.5pt低下して8ヶ月ぶりに50を下回る水準となるなど、中国向け輸出への依存度が高い新興国景気の足を引っ張ることが懸念される。他方、経済活動の正常化が進んでいることを反映して「サプライヤー納期(50.3)」は前月比▲0.5pt低下するも3ヶ月連続で50を上回る水準を維持しており、ゼロコロナ戦略により混乱したサプライチェーンの回復は続いているものの、生産活動の低迷を受けて「雇用(48.8)」は同▲0.9pt低下して2ヵ月連続で50を下回る推移が続いて調整圧力が強まる動きがみられるなど、家計消費の足かせとなることが懸念される。企業規模別でも、「小企業(49.0)」は前月比▲1.4pt低下するとともに「中堅企業(49.2)」も同▲1.1pt低下するのみならず、「大企業(49.3)」も同▲4.3pt低下してすべての分野で50を下回る水準となるなど、全般的にマインドが悪化している様子がうかがえる。上述のように、1-3月の景気を巡っては新興国向け輸出の堅調さが外需を押し上げる一因となっていることを勘案すれば、先行きについてはこの勢いが一変する可能性が予想されるとともに、一転して景気の足かせとなる可能性に留意する必要があると捉えられる。

図表1
図表1

他方、製造業以上に堅調に底入れする動きをみせてきた非製造業PMIも4月は56.4と4ヶ月連続で50を上回る水準を維持するも、前月(58.2)から▲1.8pt低下するなど底入れの動きを強めた流れに一服感が出ている。業種別では「建設業(63.9)」は依然として高水準で推移するも前月比▲1.7pt低下しているほか、「サービス業(55.1)」も同▲1.8pt低下して3ヶ月ぶりの水準となっており、インフラ関連をはじめとする公共投資の進捗が建設業のマインドを下支えする展開が続く一方、サービス業の底入れの動きに一服感が出ている様子がうかがえる。なお、サービス業のなかでは鉄道・航空輸送関連、観光関連、通信関連、放送関連、娯楽関連などが堅調に推移しており、経済活動の正常化を受けた富裕層や中間層などの消費活動の活発化が追い風となる動きがみられる一方、不動産関連や金融関連などで弱含む動きがみられるなど、不動産投資が依然低調な推移をみせていることが企業マインドの足かせとなっている。内訳をみると、足下の経済活動が頭打ちしている一方、先行きの経済活動に影響を与える「新規受注(56.0)」は前月比▲1.3pt低下しているものの、「輸出向け新規受注(52.1)」は同+4.0ptと大幅に上昇して2ヶ月ぶりに50を上回る水準を回復するなど、先行きについては外需を中心に回復を示唆する動きがうかがえる。他方、これまでの商品高に伴うエネルギーや原材料価格の上昇の影響を反映して「調達価格(51.1)」は前月比+0.8pt上昇する一方、価格転嫁の動きを反映して「出荷価格(50.3)」も同+2.5pt上昇して2ヶ月ぶりに50を上回る水準となっている。こうした状況は、これまでの世界経済を巡ってはグローバル化の進展を追い風に中国をはじめとする新興国が世界的なディスインフレを招く一因になってきたと捉えられるものの、先行きについてはそうした状況が一変しつつあることを示唆している。また、上述のように足下の企業マインドは好不況の分かれ目を大きく上回る水準を維持しているにも拘らず、「雇用(48.3)」と前月比▲0.9pt低下して2ヶ月連続で50を下回るなど調整圧力が強まっており、家計消費の回復の足を引っ張る可能性に注意する必要がある。 製造業と非製造業を併せた総合PMIも4月は54.4と前月(57.0)から▲2.6pt低下して3ヶ月ぶりの水準に鈍化しており、年明け以降に底入れの動きを強めてきた景気に一服感が出ていることは間違いない。さらに、企業マインドが堅調な推移をみせている非製造業において雇用調整圧力が強まっていることは、足下では10代及び20代など若年層の失業率が20%弱と高水準で推移するなど、雇用環境が極めて厳しい状況が続くなかで一段と厳しさが増す可能性を示唆している。人口規模の大きさを勘案すれば、一定割合の家計消費が拡大してもそれなりのインパクトがあることは間違いない一方、そのすそ野が縮まることは消費市場としての持続性に疑問が生じるほか、足下のディスインフレ基調が一段と強まりデフレ状態に陥るリスクも孕んでいる。先月末に開催された共産党中央政治局会議においては、報道によると、足下の景気動向について回復基調が続いているが、内需は依然回復途上の状況にあるとの認識を示している模様である。一方、同国経済が直面する需要の縮小、供給懸念、期待の低下という『3つの圧力』は緩和したとの認識を示している模様だが、足下においては供給過剰が新たな懸念要因となる動きも顕在化している。何より正しい現状認識の下で対応策を講じることが望まれる。

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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