ブラジル中銀、「独立性軽視」のルラ政権による財政リスクを警戒

~長期に亘る現状維持や再利上げの可能性に言及、中銀首脳の政権への不信感を反映した可能性~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは先月ルラ政権が誕生した。ルラ政権はバラ撒き型の財政運営を志向しており、昨年末にかけての金融市場では米ドル高一服にも拘らず、財政悪化を警戒してレアル相場の上値が抑えられてきた。一方、過去数年高止まりしてきたインフレ率は昨年7月以降頭打ちしており、中銀は昨年9月から利上げ局面を休止させた。中銀は1日の定例会合でも政策金利を4会合連続で13.75%に据え置いたが、物価見通しについて来年収束する代替シナリオを提示する一方、ルラ政権による財政リスクを警戒する姿勢をみせた。その上で、長期に亘って現行水準を維持する可能性や再利上げに動く可能性も言及した。これは中銀の独立性を軽視するルラ大統領への警戒感の現れである、今後は市場における利下げ期待の後退も考えられる。

ブラジルでは、先月1日にルラ政権が発足して約6年半ぶりに左派政権が返り咲いた(注1)。ここ数年の中南米においては、ドミノ的に左派政権が誕生する流れが広がるなど『ピンクの潮流』とも呼ばれる動きが広がりをみせており、域内最大の経済規模を有するブラジルにもその波が及んだ格好となった。他方、ルラ大統領は2003年から2期8年に亘って大統領を務め、低所得者給付をはじめとする社会保障制度の拡充を図るなど歳出の膨張を招く一方、当時は商品市況の上昇も追い風に同国経済も拡大して歳入も押し上げられたことで全体としての財政状況は健全さが維持されてきた。しかし、ルラ氏の後任の大統領となったルセフ氏は、ルラ氏同様にバラ撒き型の歳出圧力を強める一方、景気減速に伴い歳入が下振れして財政状況が悪化したことを受けて財政粉飾に手を染める事態となり、結果として弾劾により大統領職を追われる結果となった。その後は中道、右派政権に移行する動きがみられるも、コロナ禍による景気減速を受けて歳出増圧力が一段と強まり、公的債務残高は一段と上振れするなど財政状況は悪化の一途を辿る展開が続いている。さらに、ルラ政権は低所得者向け給付のさらなる拡充に加え、政府部門の肥大化を招くなど歳出増大に繋がる動きをみせる一方、ボルソナロ前政権が物価対策として実施した燃料税の免税措置の延長など歳入減に繋がる動きをみせており、金融市場においては財政状況が一段と悪化することが懸念されている。こうした状況は、昨年末にかけての国際金融市場において米ドル高が一服する動きがみられたにも拘らず、世界経済の減速懸念を受けた商品市況の調整の動きも重なり、同国の通貨レアル相場と主要株価指数がともに上値の重い展開となる一因となってきた。しかし、足下においては世界経済の足を引っ張ってきた中国によるゼロコロナ戦略が一転して終了したことで、中国景気の底入れが期待されるとともに、頭打ちしてきた商品市況の底打ちしており、レアル相場や主要株価指数も同様に底打ちする動きをみせている。他方、ここ数年の同国では歴史的大干ばつによる火力発電の再稼働に加え、商品高も重なり生活必需品を中心にインフレが上振れしてきたが、ボルソナロ前政権による物価対策を目的とする財政支援に加え、ガソリン価格引き下げを目的とする国営石油公社への人事介入の効果も重なり(注2)、インフレ率は昨年7月以降に頭打ちの動きを強めている。しかし、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標(3.50±1.50%)を大きく上回る推移が続いており、前政権による財政出動が影響してコアインフレ率はインフレ率を上回る推移が続くなど、インフレは鎮静化とはほど遠い状況にある。中銀は一昨年3月以降に物価抑制を目的に断続的な利上げに動いたものの、インフレ率が頭打ちしたことを受けて昨年9月以降は利上げ局面を休止させる一方、ルラ政権の財政政策が物価動向に与える影響を警戒する姿勢をみせてきた。こうしたなか、中銀は1日の定例会合において政策金利を4会合連続で13.75%に据え置いて利上げ局面の休止を維持する一方、先行きの物価見通しについて、メインシナリオを「今年は+5.6%、来年は+3.4%」とする一方、代替シナリオとして「今年は+5.5%、来年は+2.8%」と来年に目標を下回る水準に収束する可能性に言及した。なお、物価を巡るリスクは上下両面で存在するとしつつ、「現状のシナリオでは財政面の不確実性が極めて高く、インフレ期待が長期的に目標に対して大きく上振れするなどリスク評価に一層の注意を払う必要がある」として、ルラ政権の財政運営に警告を与える姿勢をみせた。その上で、先行きの政策運営について「長期間に亘って金利を維持することがインフレの収束に充分か否かを検討している」とした上で、「ディスインフレが定着してインフレ期待が目標近傍に固定されるまで維持すると強調する」としつつ、「期待通りにディスインフレプロセスが進まない場合は利上げサイクルの再開を躊躇しない」と再利上げの可能性に言及している。こうした姿勢は、ルラ大統領が中銀の独立性を巡って『ナンセンス』と批判するなど軽視する姿勢をみせていることに対して、来年末まで任期が延長されたカンポス・ネト総裁をはじめとする中銀首脳が警戒感を強めている現れとも捉えられる。金融市場においては、インフレ率の鈍化を理由に今年後半にも中銀が利下げに動くことを期待する向きもみられるが、経済政策が財政依存を強めるなかでコアインフレ率が高止まりするなど弊害が顕在化するなか、中銀としては利下げに動きにくくなりつつある状況と示唆していると言える。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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