アルゼンチン中銀、利上げ小休止も政治・経済両面で見通しは立たず

~政治の季節が近付くも政策は手足を縛られる状況が続き、政治の行方にも不透明さがくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年のアルゼンチン経済は、2018年のペソ相場の暴落による経済危機に加え、コロナ禍を受けて下振れしたが、フェルナンデス政権の下で信頼回復が進むとともに、コロナ禍の克服も進んできた。他方、同国では次期大統領選及び総選挙まで1年を切るなか、与党内の対立激化が政策運営を不透明にすることが懸念されたが、政府は8月に危機対応の強化に乗り出すとともに、与党内の対立も一旦休戦状態となった。緊縮的な財政政策の維持を受けIMFは支援実施を決定したほか、中銀も断続的な大幅利上げを実施してきた。しかし、金融市場では米FRBのタカ派傾斜を受けた資金流出による通貨ペソ安が続きインフレも高止まりしている。中銀は20日の定例会合で前月比でのインフレ鈍化を理由に利上げを小休止させたが、外貨準備は過小な上、政治・経済の両面で不透明感が高まるなかで厳しい状況が続く可能性は高いと見込まれる。

ここ数年のアルゼンチン経済は、2018年の通貨ペソ相場の暴落をきっかけにした経済危機に加え、一昨年来の世界的なコロナ禍も重なり大幅に下押し圧力が掛かる展開が続いてきた。経済政策を巡っては、2019年の大統領選を経て誕生した左派のフェルナンデス政権の下でIMF(国際通貨基金)との債務再編交渉が前進されるなど、経済混乱を経て失墜した国際金融市場からの信頼回復に向けた動きを前進させてきた。また、コロナ禍を巡っても感染一服を受けて経済活動の正常化に向けた取り組みが進められるなど、『ポスト・コロナ』を見据えた動きも大きく前進している。こうした動きを反映して、4-6月の実質GDP成長率は前年比+6.9%と緩やかに底入れする展開が続いているほか、実質GDPの水準もコロナ禍前を上回るなどコロナ禍の影響を克服していると捉えられる。他方、同国では次期大統領選及び総選挙まで残り1年を切るなど『政治の季節』が近付くなか、フェルナンデス政権を支える与党ペロン党内では中道左派で穏健な政策運営を志向する(アルベルト)フェルナンデス大統領と、急進左派でIMFなどとの対立も厭わない(クリスティナ)フェルナンデス副大統領(元大統領)との対立が激化し、政権の政策運営にも影響を与える展開が続いている。こうしたなか、7月には政権の経済政策に加え、IMFやパリクラブ(主要債権国会議)との交渉を担ってきたグスマン元経済相が政策運営を巡る対立を理由に突如退任を表明する事態に追い込まれるなど、政策運営の行方に悪影響が出ることが懸念された(注1)。ただし、フェルナンデス政権は8月に経済危機への対応強化を目的に、経済省に生産開発省と農牧漁業省の機能を統合させた『超省庁』の創設を発表するとともに、経済相に有力政治家のマサ氏を据える人事を発表したことで与党内の対立は一旦休戦状態となるなど、政策運営の円滑化が図られることが期待された(注2)。なお、マサ氏は財政赤字目標を堅持し、短期的な財政負担の抑制に努める動きをみせるなど緊縮政策を維持しており、こうした慎重な政策運営を理由にIMFは今月初めに同国に対して拡大信用供与措置(EFF)に基づく38億ドル規模の資金拠出を承認するなどの動きが進んでいる。他方、国際金融市場においては商品高による世界的なインフレを受けて米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなか、世界的なマネーフローの動きは大きく変化する動きがみられる。結果、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出の動きが強まるなか、同国では商品高によるインフレ昂進も影響して資金流出が続くなど通貨ペソ相場は最安値を更新し続けており、輸入物価を通じた一段のインフレ昂進が懸念される状況にある。こうしたことから、中銀は政府の緊縮政策に歩を併せる形で断続的に大幅利上げを実施しており、中銀は先月の定例会合でも550bpの大幅利上げを実施して政策金利は75.00%となるなど一段の金融引き締めに動いてきた。しかし、ペソ安の進展も追い風に直近9月のインフレ率は前年同月比+83.0%、コアインフレ率も同+82.3%と高止まりしており、先行きも一段の加速が見込まれるなど難しい状況が続いている。こうした状況ではあるものの、中銀はインフレの前月比の上昇ペースが鈍化していることを理由に今月20日の定例会合では政策金利を75.00%に据え置く一方、「物価動向を引き続き注視する」とともに「マネーサプライの管理や物価動向に悪影響を与える可能性のある過度な金融変動回避を目的とする介入」を示唆する姿勢を示している。政府は今月、外貨準備の維持を目的に外貨で購入した財及びサービスを対象に新たに25%の課税を行う方針を明らかにしたが、足下の外貨準備は国際金融市場の動揺への耐性は不充分であるなど依然として厳しい状況にあることには変わりがない。他方、上述のように政治の季節が近付くなかで労働組合や左派グループを中心に賃上げと失業手当の引き上げを求める政府への抗議デモが活発化しており、先月にはフェルナンデス副大統領の暗殺未遂事件も発生した。フェルナンデス副大統領を巡っては、大統領在職時の公金流用による汚職疑惑を理由に検察当局が禁錮12年を求刑しており、向こう数ヶ月のうちに判決が下るとみられるものの、その動向は次期総選挙の行方にも影響を与えることは避けられない。国内外の景気を取り巻く状況に不透明感が高まるなかで、政治の行方も見通しが立ちにくい状況に陥る可能性も考えられる。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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