「既定路線通り」だったOPECプラスによる2022年3月の「現状維持」

~ウクライナ問題の当事国であるロシアの存在を勘案すれば、現状維持の選択は既定路線~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済はオミクロン株の世界的な感染拡大の影響が懸念されるものの、欧米など主要国を中心とする「ウィズ・コロナ」戦略により拡大が続く。他方、OPECプラスは昨年以降、世界経済の回復を受けて協調減産の段階的縮小に動いたが、需給ひっ迫が意識されて国際原油価格は上昇してきた。また、足下ではウクライナ問題を理由に国際原油価格は上昇しており、世界経済に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。
  • 主要国の備蓄減少の一方、主要産油国における産油能力不足などに加え、ウクライナ問題も国際原油価格を押し上げているが、OPECプラスは3月も現状維持(日量40万バレルの協調減産縮小)を決定した。なお、ロシアはウクライナ問題の当事国であり、仮に増産に動けばそうしたリスクを織り込んだとみられるなど、現状維持は既定路線であったと捉えられる。ただし、ロシアは自国開催のソチ冬季オリパラの合間にクリミア侵攻に動いた「前科」があり、仮にそうした事態になれば欧米の制裁応酬により国際原油価格の上振れが懸念される。日本にとっては様々な経路を通じてインフレ圧力が強まることに警戒する必要が高まるであろう。

足下の世界経済を巡っては、昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)が全世界的に感染拡大の動きを強めており、引き続き新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の行方に左右される展開が続いている。ただし、オミクロン株についてはワクチン接種済の人で多数の感染が確認されるなど、過去の変異株に比べて感染力が極めて高いとされる一方、感染者の大宗を無症状者及び軽症者が占めるなど重症化率が低いとみられる。よって、欧米など主要国においてはワクチン接種を前提に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略が維持されており、世界貿易を通じて世界経済との連動性が高い製造業の企業マインドは依然として好不況の分かれ目となる水準を維持している。結果、足下の世界経済は引き続き緩やかに拡大を続けていると捉えられる。他方、新型コロナ禍を受けた世界経済の減速とそれに伴う需要減を理由に、一昨年に石油輸出国機構(OPEC)加盟国とロシアなど一部の非加盟国による枠組(OPECプラス)は過去最大の協調減産の実施に動いたが、その後の世界経済の回復を受けて昨年以降は協調減産を段階的に縮小させてきた。ただし、世界経済の回復による需要の底入れが進む一方、協調減産の段階的縮小は小幅に進められるなど需給ひっ迫が意識される状況が続き、結果的に国際原油価格は上昇の動きを強めるなど世界経済に冷や水を浴びせることが懸念された。こうしたことから、米国など主要原油消費国はOPECプラスに増産を要求すべく圧力を掛けるも、OPECプラスは過去の国際原油価格の上昇局面における米国のシェール・オイルを巡る動きに加え、全世界的な『脱炭素』の動きを受けた化石燃料関連投資の先細りを警戒して慎重姿勢を崩さない状況が続いたため、米国は日本や英国、中国、インド、韓国と協調して戦略原油備蓄の放出に動いた。しかし、その後も上述のように世界経済は拡大を続ける一方、OPECプラスは今月も協調減産を日量40万バレルという段階的縮小を維持しており(注1)、引き続き需給ひっ迫が意識されやすい状況にある。そして、昨年末以降はロシアがウクライナ国境付近に軍全体の半分近くを派兵して軍事活動を活発化させるなどウクライナ問題を機に、欧米とロシアとの対立が深まることが懸念されている。EU(欧州連合)を巡っては原油及び天然ガス消費量の4割近くをロシアからの供給に依存しており、ウクライナ問題による供給懸念が意識されるなかで国際原油価格は上昇傾向を強めている。

図 1 グローバル製造業 PMI の推移
図 1 グローバル製造業 PMI の推移

なお、年明け以降における協調減産の行方を巡っては、昨年末にかけてはオミクロン株の世界的な感染拡大による世界経済の減速を警戒して国際原油価格に調整圧力が強まり、当初こそ警戒感が強まる兆しがみられたものの、米バイデン政権が戦略原油備蓄の放出を実施するなど『圧力』を強めるなかで『正面衝突』を避ける政治的要因が現状維持を後押しする動きがみられた(注2)。OECD(経済協力開発機構)加盟国による原油備蓄水準は、戦略備蓄の拠出も影響して昨年11月に7年ぶりの低水準となっているほか、その後も減少が進んでいるとみられる。他方、OPECプラスは協調減産の段階的縮小を決定しているものの、一部の国々においては生産能力不足のほか、想定外の生産障害を理由に増産出来ない状況が続いており、先月のOPEC加盟国による産油量は合意した水準に届いていない模様である。さらに、ウクライナ問題を理由に国際金融市場においては欧米による対ロ制裁を警戒して国際原油価格は上昇の動きを強めており、世界経済に冷や水を浴びせる懸念が急速に高まっている。こうしたなか、OPECプラスは3月の協調減産枠を協議する合同専門委員会(JTC)及び合同閣僚監委員会(JMMC)において、現状維持(日量40万バレルの協調減産縮小)を継続する決定を行った。協議内容に基づけば、今年の供給過剰見通しを日量130万バレルと従来見通し(同140万バレル)から引き下げるとともに、今年の世界需要の伸びの見通しを日量420万バレルで維持して年後半には新型コロナ禍前の水準を回復すると見込んでいる。その一方で、オミクロン株の行方やサプライチェーンのボトルネック、主要国中銀による政策運営といった『重大な不確実性』に加え、商品市場のボラティリティ、投資不足に伴う産油能力の問題、地政学リスクなど国際原油価格には多くのリスクがくすぶるとの認識が共有された模様である。ただし、ウクライナ問題を巡っては当事国であるロシアがOPECプラスの一員であり、仮に地政学リスクを理由に大幅増産を決定すれば、図らずもロシアがウクライナ侵攻を決定して国際原油価格が大きく荒れる可能性を示唆することを意味する。その意味では、今回OPECプラスが『現状維持』の決定を下したことは既定路線通りであったと捉えることが出来る。なお、ウクライナ問題については予断を許さない状況が続いているものの、何らかの形でロシアと欧米諸国の対話が繰り返されている間は最悪の事態に発展するリスクは低いと見込まれる。他方、今週からは北京冬季オリンピック、来月には北京冬季パラリンピックが開幕するなか、国連のグテーレス事務総長は期間中における全世界的な紛争停止を呼び掛けているが、ロシアを巡っては自国開催のソチ冬季オリンピックと冬季パラリンピックの間にクリミア侵攻に動いた『前科』がある。よって、ロシアによるウクライナ侵攻の可能性に留意する必要があるとともに、仮にそうした事態となれば欧米との間で制裁の応酬となることで需給ひっ迫が一段と意識されて国際原油価格が大きく上振れすることが懸念される。すでにEU諸国はロシアからのパイプラインを通じた天然ガス供給を巡るリスクが懸念される形でタンカーによるLNG(液化天然ガス)調達を活発化させる動きがみられるなか、LNGに依存する日本にとっては一段の価格上昇によるインフレが意識される展開も予想される。また、ロシア及びウクライナはともに世界有数の小麦輸出国であり、供給の混乱による国際価格の上昇も予想されるなど、日本にとっては様々な経路を通じてインフレ圧力に晒されることになろう。

図 2 国際原油価格(WTI)の推移
図 2 国際原油価格(WTI)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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