トルコ中銀はいよいよ「暴走特急」の様相を呈している

~中銀の歯止めの掛けられない状況に陥る可能性に留意する必要性が出てきている~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際して度々感染が拡大する場面に直面してきた。3月以降の「第3波」が顕在化した後、政府は行動制限の再強化やワクチン接種の加速化に動いた。第3波が頭打ちした後は行動制限の緩和に動く一方、ワクチン接種の進展にも拘らず7月以降は感染が再拡大する「第4波」が続いている。トルコは感染者数に対する死亡者数の比率は低いが、行動制限の緩和を受けて人の移動は活発化しており、結果的に感染動向が一向に改善しない状況が続いていると捉えられる。
  • 年明け以降のトルコ経済は、世界経済の回復が外需を押し上げるなか、行動制限の再強化や物価高にも拘らずの内需も堅調さを維持するなど景気は底入れしてきた。エルドアン大統領の「圧力」を受けて中銀はインフレ昂進にも拘らず利下げに動くなど景気下支えを図ってきたが、足下では企業、家計ともにマインドは下振れするなど景気の下振れが意識されている。なお、中銀が重視するコアインフレ率はわずかに鈍化したことで金融市場では追加利下げが織り込まれる一方、通貨リラ安が進んで物価高を招く悪循環が懸念された。
  • こうしたなか、中銀は18日の定例会合で3会合連続の利下げ実施を決定した。足下の物価上昇についてはサプライサイド型のインフレなど供給要因による一時的なものとの認識を示す一方、次回12月会合での追加利下げの可能性を示唆する考えをみせた。中銀は足下の経常収支の改善を好感しているが、資源高による悪化懸念を勘案すれば楽観に傾いている感がある。外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性に乏しいことを勘案すれば、今回の利下げ決定でいよいよ歯止めが掛からない状況に陥る可能性も懸念される。

トルコでは、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、数度に亘って感染が拡大する事態に見舞われてきた。なかでも3月以降は感染力の強い変異株が流入して感染が再拡大する『第3波』の動きが顕在化しており、4月半ばには人口100万人当たりの新規感染者数(7日間移動平均)が700人を上回るなど感染爆発状態となり、政府は行動制限の再強化を余儀なくされた。他方、欧米や中国など主要国においてワクチン接種の進展が感染抑制やそれに伴う経済活動の再開を後押ししていることを受けて、政府は中国のいわゆる『ワクチン外交』を通じた供給を通じて調達を積極化させるなど、ワクチン接種の加速化を図った。結果、行動制限の再強化やワクチン接種の進展を追い風に新規感染者数は鈍化に転じたほか、医療インフラのひっ迫感が後退して死亡者数の拡大ペースも鈍化したことを受けて、政府は行動制限を緩和するなど経済活動の正常化に舵を切った。なお、今月17日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は59.10%と国民の6割弱がワクチン接種を終えているとともに、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も66.33%と国民の3分の2弱がワクチンにアクセスするなど、比較的ワクチン接種は進んでいる。しかし、トルコ国内で接種されているワクチンの大宗は中国製ワクチンであるなか、世界的に感染拡大の動きが広がる変異株に対しては効果に対する疑念が呈されることが少なくないなど、行動制限の緩和を受けて感染が再び拡大することが懸念された。事実、7月以降は新規感染者数が再び拡大する『第4波』が顕在化するとともに、その後も4ヶ月程度が経過しているにも拘らず新規感染者数は高止まりしており、足下における人口100万人当たりの新規感染者数(7日間移動平均)は300人程度で推移するなど感染収束にはほど遠い状況にある。さらに、新規感染者数の高止まりが長期化するなかで医療インフラのひっ迫度合いが強まっていることを受けて、9月以降は死亡者数の拡大ペースが再び加速しており、足下においてもそのペースは変わらない推移が続くなど厳しい状況に直面している。他方、トルコ国内における累計の感染者数は848万人弱と米国、インド、ブラジル、英国、ロシアに次ぐ6番目の水準にあるものの、累計の死亡者数は7.4万人強と感染者数の上位に名を連ねる国々と比較して少数に留まる。これはワクチン接種の進展を受けて、仮に感染した場合においても症状の悪化を防ぐことが出来ていると捉えることが出来る。こうしたことから、政府はワクチン接種を前提に外国人観光客の受け入れを進めているほか、足下では通貨リラ安による相対的な物価安の進展も追い風に外国人観光客数も底入れするなど景気の追い風となる動きがみられる。また、政府は『第3波』が頭打ちに転じたことで行動制限を緩和して以降、感染が再拡大しているにも拘らず実体経済への悪影響を懸念して行動制限の再強化に及び腰の対応をみせており、結果的に感染動向が一向に収束しない一因になっている可能性がある。

図 1 ワクチン接種率の推移
図 1 ワクチン接種率の推移

図 2 トルコ国内における感染動向の推移
図 2 トルコ国内における感染動向の推移

図 3 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 3 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

年明け以降のトルコ経済を巡っては、上述のように感染動向の悪化や行動制限の再強化による悪影響が懸念されたものの、欧米を中心とする世界経済の回復による外需の押し上げの動きに加え、行動制限や物価高などの悪材料が山積しているにも拘らず、家計消費は堅調な動きをみせるなど、内・外需双方ともに拡大が続き予想外に好調な動きをみせてきた(注1)。なお、ここ数年のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続いており、昨年末以降は加速感を強めるとともに通貨リラ相場の調整により物価が上振れする懸念が高まった。そうしたことから、中銀は3月に大幅利上げの実施に動くなど毅然とした姿勢をみせたものの、その直後に利上げ実施を後押ししたアーバル総裁(当時)は更迭された(注2)。さらに、後任総裁に就任したカブジュオール氏は当初こそ慎重な政策運営を志向する姿勢をみせたものの、次第に中銀に対して利下げ実施を求めるエルドアン大統領の『圧力』に晒されるとともに、インフレ率の加速やリラ安圧力が強まっているにも拘らず次第にハト派姿勢に傾き、結果的にリラ安が進展してインフレ加速を招く悪循環に嵌った。中銀は9月の定例会合で利下げを決定したほか(注3)、先月初めには利下げに反対した2名の副総裁と1名の政策委員が更迭されるなど、人事を通じて圧力を強めるなど独立性が危ぶまれる動きがみられるなか(注4)、中銀は先月の定例会合でも2会合連続の利下げを決定するなど拙速な金融緩和に動いている(注5)。政府は感染収束にほど遠いながら行動制限緩和により経済活動を優先している上、利下げ実施による景気下支えが図られているものの、足下では輸出の4割強を占めるEU(欧州連合)諸国において変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせるなど、景気に対する不透明感が高まっていることを受けて企業マインドは下振れしている。さらに、足下では雇用の回復が遅れるなか、国際原油価格の上昇や国際金融市場におけるリラ安の進展なども追い風にインフレ率は高止まりするなど家計部門の実質購買力に下押し圧力が掛かって家計部門のマインドも悪化するなど、政府の思惑とは対照的な動きがみられる。こうした背景には、同国経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が元々脆弱ななかで中銀の独立性が危ぶまれる状況が続き、通貨リラに対する信認の低下を受けて対外債務を巡る債務負担が急拡大して幅広い経済活動に悪影響を与えていることがある。なお、中銀は先月の定例会合において、コアインフレ率が頭打ちしていることを理由に9月会合を上回る大幅利下げを決定したとするなか、直近10月のインフレ率は一段と加速している一方、コアインフレ率はわずかに鈍化したことで、国際金融市場においては中銀が今月も追加利下げに動くとの見方が既定路線となっていた。さらに、エルドアン大統領も17日に議会で開かれた与党AKP(公正発展党)の会合において「金利が原因でインフレが結果だ」とする自説を述べるとともに、「国民から金利負担を取り除くとともに、金利によって国民が潰されることは認められない」、「私は最後まで金利とインフレと闘い続ける」と述べるなど中銀に暗に利下げ実施を要求する姿勢をみせていた。こうした見方を反映してリラ安圧力が一段と強まるなど悪循環が一層強まることが懸念された。

図 4 消費者信頼感と製造業 PMI の推移
図 4 消費者信頼感と製造業 PMI の推移

図 5 インフレ率とインフレ目標の推
図 5 インフレ率とインフレ目標の推

そして、中銀は18日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利である1週間物レポ金利を3会合連続で引き下げる決定を行い、利下げ幅は100bpと先月(200bp)から縮小させたものの、政策金利は15.00%と1年ぶりの低水準となる。会合後に公表された声明文では、世界経済について「年前半は回復が進んだものの、ワクチン接種の進展にも拘らず変異株による感染再拡大で下振れリスクがくすぶる」とした上で、「世界的なインフレ懸念の高まりが懸念されるなか、先進国の中銀は警戒感を強めつつ緩和政策を維持している」との見方を示した。一方、同国経済については「外需の堅調さが続いている上、ワクチン接種の進展を追い風にサービス業や観光業などで回復が進むなど景気のバランスは改善している」との認識を示すとともに、「輸出の拡大を追い風に経常収支の改善が見込まれ、物価安定に資する」との見通しを示した。また、足下の物価上昇について「サプライサイド型のインフレ圧力と供給制約、需要動向が影響したもの」とした上で、「金融政策のコントロールの外にある供給要因に基づく一過性のインフレ圧力の影響は来年前半まで続く」としつつ、「利下げ余地の行使を12月中に行うことを検討する」として来月の定例会合での追加利下げを示唆する考えをみせた。先行きの政策運営を巡っては「物価安定の実現に向けてインフレ率の恒常的な低下により中期目標(5%)に達するまでは強力なディスインフレ効果を維持すべく利用可能な手段を断固として行使する」との文言を引き続き維持したものの、すでに実質金利はマイナスとなっている上、中銀が重視するコアインフレ率に対してもマイナスとなっていることを勘案すれば、需要を過度に喚起することでインフレ圧力を増幅させる可能性が高いと見込まれる。足下の経常収支はリラ安の進展に伴う相対的な物価安を追い風とする外国人観光客数の増加によるサービス収支の改善を受けて黒字化しているものの、今後は原油や天然ガスなどエネルギー資源価格の上昇やEUの景気減速懸念が財収支の悪化を招く可能性を勘案すれば、中銀が一時的な改善の動きを以って楽観に傾いている様子は些か危うい。外貨準備高もIMF(国際通貨基金)が想定する国際金融市場の動揺に対する耐性を示す『適正水準』を大きく下回るなど経済のファンダメンタルズは極めて脆弱であり、今回の中銀の決定はいよいよ同行が歯止めの掛けられない『暴走特急』の様相を強める可能性を示唆していると言えよう。

図 6 リラ相場(対ドル)の推移
図 6 リラ相場(対ドル)の推移

図 7 経常収支の推移
図 7 経常収支の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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