トルコ、予想外に強い景気はインフレを招く「諸刃の剣」となる懸念も

~リラ相場を揺さぶる材料は経済指標や中銀の動きのみならず、地政学リスクにも要注意~

西濵 徹

要旨
  • トルコは度々新型コロナウイルスの感染が再拡大する事態に見舞われるなか、中国による「ワクチン外交」も追い風にワクチン接種を積極化させてきた。足下のワクチン接種率は新興国のなかでも先行するが、7月半ば以降は接種が遅れる地方などで感染が再拡大する「第4波」が顕在化している。他方、政府は経済活動を優先して行動制限に及び腰の姿勢をみせており、今後の感染動向には引き続き不透明感がくすぶっている。
  • 昨年後半以降のトルコ経済は政策総動員も追い風に底入れする一方、年明け以降は感染再拡大や行動制限が冷や水を浴びせることが懸念された。しかし、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.65%と4四半期連続のプラス成長となり、外需の拡大が続くなかで内需も底堅い動きをみせている。先行きは好悪双方の材料がある一方、短期的には自然災害が経済の悪材料となる動きもみられるほか、感染動向の行方もリスク要因となり得るなど、好調な底入れの動きが続くトルコ経済にとって思わぬ躓きとなる可能性もある。
  • 政府は今年の経済成長率が8%程度に上振れする可能性を示唆する一方、今年の経済成長率には+7.9ptものプラスのゲタがあることを勘案すれば、そのハードルは決して高くない。他方、堅調な景気はインフレ圧力に繋がるなか、中銀は大統領に忖度して利下げに動く可能性を示唆する。アフガニスタン情勢は地政学リスクを招いてリラ相場を揺さぶる可能性もあり、経済のみならず地域情勢にも注意する必要性は高まっている。

トルコにおいては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けて、度々感染が再拡大する事態に見舞われるとともに、感染対策を目的とする行動制限の強化が図られるなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まる動きがみられた。他方、欧米をはじめとする主要国においてはワクチン接種が経済活動の正常化に向けた『切り札』となるなか、早期に経済活動の正常化を図りたいエルドアン政権は中国によるいわゆる『ワクチン外交』を通じた供給を追い風にワクチン接種を積極化させてきた。なお、先月31日時点における部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は56.76%と世界平均(39.76%)を上回っており、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)も43.98%と世界平均(27.23%)を大きく上回るなど、トルコのワクチン接種動向は多くの新興国と比較して大きく先行していると捉えられる。なお、トルコ国内では3月以降に新規感染者数が急拡大する『第3波』に見舞われたものの、4月半ばを境に鈍化するなど感染動向は改善する動きをみせたことで政府は行動制限を段階的に解除したほか、7月にはすべての行動制限が解除されたことで経済活動の正常化に向けて大きく舵を切った。ただし、政府が行動制限の解除に踏み切った背後では、7月半ば以降にワクチン接種が遅れている同国南東部をはじめとする地方部において新規感染者数が拡大する『第4波』の動きが顕在化している(注1)。足下における新規感染者数の水準は過去の感染拡大のピークに比べると低水準に留まるものの、医療インフラが脆弱な地方部を中心とする感染拡大により医療インフラのひっ迫が顕在化しており、結果的に死亡者数の拡大ペースは加速するなど、ワクチン接種が進んでいるにも拘らず感染動向は着実に悪化している様子がうかがえる。足下における累計の感染者数は641万人強に達している一方で死亡者数は5.7万人弱であるなど、同規模の感染者数が発生している欧州諸国と比べて死亡者数は比較的低水準に留まっており、医療インフラに対する圧力は必ずしも高まっていないと捉えることも出来る。ただし、感染動向は緩やかに悪化しているにも拘らず、政府は経済活動の正常化を優先して行動制限の再強化には及び腰の姿勢をみせているほか、こうした状況を反映して足下における人の移動は底入れの動きをみせていることを勘案すれば、先行きについては感染動向が一段と悪化するリスクを孕んでいる。さらに、同国で接種が進んでいるワクチンの大宗は中国製ワクチンとなっているが、足下で感染が拡大している変異株に対して効果が低いとの見方も示されており、比較的ワクチン接種は進んでいるものの安心出来ない状況にある。その意味ではトルコ国内における感染動向には不透明感がくすぶる状況が続いていると判断出来る。

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昨年後半以降のトルコ経済を巡っては、エルドアン政権が経済活動を優先する形で大規模な財政出動に動くとともに、中銀もインフレ率が高止まりしているにも拘らず金融緩和に動くなど、政策総動員を通じた景気下支えを図ったことも相俟って景気は底入れの動きを強めてきた。なお、上述のように3月以降に新規感染者数が急拡大する『第3波』の動きが顕在化したため、政府は感染対策を目的に短期間ながら行動制限の再強化に踏み切ったことから、景気に悪影響が出ることが懸念された。しかし、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.65%と前期(同+8.97%)から拡大ペースは鈍化するも、4四半期連続のプラス成長となるなど景気の底入れが着実に進んでいることが確認された。前年比ベースの成長率は+21.7%と統計が入手可能ななかで最も高い伸びとなっているものの、これは昨年4-6月が前期比年率▲36.61%と大幅マイナス成長となった反動が影響していることを考慮する必要がある。需要項目別では、輸出の半分以上を占めるEU(欧州連合)をはじめ主要国を中心とする世界経済の回復を追い風に輸出は拡大するなど、外需が景気のけん引役となる動きが続いている。さらに、行動制限が課されたことに加え、高インフレが続くなど家計部門にとって実質購買力の下押し圧力となることが懸念されたにも拘らず、家計消費は底堅い動きをみせたほか、外需の回復を追い風に企業部門の設備投資意欲は下支えされている。また、政府による財政出動の動きを追い風に政府消費も引き続き拡大の動きを強めるなど、幅広く内需が拡大していることが景気を下支えしている。分野別では、製造業や建設業において生産拡大の動きに一服感が出ているほか、農林漁業関連の生産も減速するなど幅広い分野で減産の動きが広がりをみせているものの、サービス業における生産拡大の動きが景気を下支えする構図が鮮明になっている。なお、足下の企業部門のマインドは製造業を中心に改善する動きがみられる一方、家計部門のマインドはインフレの高止まりが重石になる形で下押しされるなど対照的な動きとなっており、先行きの景気については好悪双方の材料が混在している。さらに、短期的には7月以降に同国南部で『同国史上最悪』と評された山火事が発生したほか、先月半ばにかけては北部の黒海地方で洪水が発生するなど相次ぐ自然災害によって経済活動に悪影響が出る動きもみられるなど、予想外に好調な動きをみせるトルコ経済にとって思わぬ躓きとなる可能性もあろう。

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なお、足下のトルコ景気は新型コロナ禍を巡る不透明感がくすぶるにも拘らず想定以上に好調な動きをみせており、トルコ政府は今年の経済成長率を+5.8%とする見通しを示しているものの、エルバン財務相は4-6月のGDP統計の公表に際して「8%を上回る可能性がある」と大きく上振れする可能性を示唆している。ただし、今年の経済成長率を巡っては+7.9ptもの大幅なプラスの『ゲタ』が生じていることを勘案すれば、仮に8%程度の成長率を実現することのハードルは決して高くないと認識する必要がある。他方、ここ数年のトルコでは高インフレが続いているにも拘らず、中銀は低金利を求めるエルドアン大統領による『圧力』に屈する形で金融緩和を迫られるなど独立性に対する懸念が高まったことに加え、エルドアン政権と米国をはじめとする諸外国との関係悪化懸念などを理由に通貨リラ安が進み、そのことがインフレを常態化させる悪循環を招いてきた。こうした状況にも拘らず、政策支援の効果を受けて景気の堅調さが改めて確認されたことは、先行きにおけるインフレ圧力に繋がると見込まれるなど、物価動向が引き続きトルコ経済のリスク要因であり続けることを示唆している。こうした状況にも拘らず、中銀のカブジュオール総裁は就任以降に同行が示してきた『タカ派姿勢』を後退させている上、先行きの政策運営を巡って利下げに動く可能性を示唆するなどエルドアン大統領への『忖度』を隠さない姿勢をみせている。足下の国際金融市場においては、年内にも米FRB(連邦準備制度理事会)が量的緩和政策の縮小に動くとの見方が強まる一方で利上げ実施の後ズレを織り込み米ドル高圧力が後退している上、トルコ経済の想定以上の堅調さを好感する形でリラ相場は底入れする動きをみせている。しかし、先月末の米軍の駐留終了を前に混乱状態に陥ったアフガニスタン問題を巡っては、トルコ政府は難民の受け入れを拒否する姿勢をみせるなど地域情勢の不安定化のほか、イスラム過激派組織であるISの動きが活発化する懸念も高まるなど、トルコを取り巻く環境が急変するリスクも高まっている。その意味では、トルコリラ相場を巡る動きは経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)のみならず、地政学リスクなどにも揺さぶられる可能性に留意する必要があろう。

図表
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以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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