トルコ・エルドアン大統領の「堪え性のなさ」が再び露呈

~2名の副総裁と1名の政策委員の更迭を決定、中銀の独立性は危うく、リラ相場の混乱も必至の状況~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは、過去数年に亘るリラ安に加え、商品市況の上昇も重なりインフレ率は中銀のインフレ目標を大きく上回る推移が続く。こうした状況にも拘らず、中銀はエルドアン大統領の「圧力」に晒されており、先月の定例会合で利下げ実施を決定する奇妙な政策運営を行っている。エルドアン大統領は中銀のカブジュオール総裁に対する圧力を一段と強めるなか、13日に2名の副総裁と1名の政策委員が更迭された。今後も同行は国際金融市場の動向もお構いなしに利下げを行うとみられ、リラ相場は一段の混乱が避けられそうにない。

トルコでは、過去数年に亘る通貨リラ安により輸入物価が押し上げられている上、昨年後半以降における世界経済の回復を追い風とする原油をはじめとした国際商品市況の上昇も追い風に、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を大きく上回るとともに、一段と加速感を強める展開が続いている。こうした状況にも拘らず、中銀は先月の定例会合において政策金利の1週間物レポ金利を100bp引き下げて18.00%とする決定を行うなど、インフレが加速するなかで金融緩和を実施する『定石』では考えられない政策運営を行っている(注 )。中銀がこうした『奇怪』な政策運営を行う背景には、「高インフレは高金利が元凶」とする『トンデモ理論』を信奉するエルドアン大統領の下、今年3月に物価抑制とリラ相場の防衛を目的に利上げを実施するなど『定石通り』の選択を行ったアーバル前総裁がその直後に更迭されたことがある(注 )。アーバル氏の後任として総裁に就任したカブジュオール氏は、就任前にはエルドアン大統領の考えを礼賛していたものの、就任後は一転してアーバル氏が敷いた引き締め姿勢を堅持する姿勢をみせた。しかし、その後はエルドアン大統領周辺による『圧力』も影響してハト派姿勢に傾く動きをみせてきた(注 )。こうした状況が先月の利下げ実施を後押ししたと考えられるものの、今月初めにカブジュオール総裁が国内投資家を対象に実施したオンライン会見において、利下げ実施後の政策スタンスについて「コアインフレ率が短期的に下方トレンドにあり、足下の政策運営は物価抑制への対応として十分に引き締まっている」との考えを示した模様である(注 )。その後も、カブジュオール氏は大国民議会(国会)の計画・予算委員会において、先月の利下げ実施について「我々はサプライズ利下げを実施した訳ではないと極めて明確に言える」と述べるなど、追加利下げを実施する可能性を強く意識する姿勢を示した。カブジュオール総裁がこうした動きをみせている背景には、エルドアン大統領が利下げ決定に時間を要したことに苛立ちを募らせており、早晩総裁が更迭されるとの見方が強まっていることも影響したと考えられる。こうしたなか、エルドアン大統領は13日付で中銀の政策委員である2名の副総裁(トゥメン氏(土TED大学教授)とクチュク氏)と1名の政策委員(ヤヴァス氏(米ウィスコンシン大マディソン校教授))を更迭し、後任として1名の副総裁(チャクマク氏)と1名の政策委員(ツナ氏(土イスタンブール商科大教授))を任命することを決定した。なお、今回更迭されたトゥメン前副総裁は今年5月に就任したばかりであったものの、わずか4ヶ月半で更迭されることとなり、ここ数年はエルドアン大統領の意向により中銀総裁のみならず政策委員も度々交代されるなど、明らかに独立性に問題が生じていると捉えられる。同行は今月21日に次回の定例会合の開催を予定しているが、国際金融市場の環境などお構いなしに一段の金融緩和に動く土壌が生まれつつあると判断出来るほか、リラ相場を巡っても一層の混乱は避けられなくなりつつあると言えよう。

図 1 リラ相場(対ドル)の推移
図 1 リラ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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