アルゼンチン中間選で与党敗北、「ねじれ状態」で政権の八方塞がりは必至

~新型コロナ禍を巡る状況は大きく改善も、政策運営の行方は見通せず行くも戻るも出来ない可能性~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンでは2019年の大統領選で左派のフェルナンデス政権が誕生した。これは、2018年の国際金融市場の動揺に直面してIMFへの支援要請に追い込まれ、当時のマクリ政権は緊縮政策を余儀なくされたなか、大衆迎合的な政策が支持を集めたことが要因。政権発足後は定石では考えられない政策運営や債務再編交渉を進めるなか、昨年来の新型コロナ禍を経て景気は下振れを余儀なくされた。結果、政権内で路線対立が表面化し、金融市場ではペソ安が進んでインフレ率が高止まりするなどの問題も表面化してきた。
  • 新型コロナ禍対応の不手際や債務再編交渉での弱腰姿勢も理由に政権支持率は低下するなか、9月に実施された国会議員予備選で与党の得票率は野党を下回り、与党内の対立が表面化する動きもみられた。さらに、14日に実施された中間選挙でも与党は敗北を喫するなど、政権と議会は「ねじれ状態」となった。足下の感染動向はワクチン接種の進展も追い風に改善しているが、インフレ率は高止まりしており、IMFとの債務再編交渉の行方も不透明となるなど、フェルナンデス政権は「八方塞がり」に陥りつつあると判断出来る。

南米アルゼンチンでは、2019年に実施された大統領選において左派の正義党から出馬したアルベルト・フェルナンデス元首相が勝利するとともに、同時に開催された国民議会上下院選挙においても正義党を中心とする連立枠組(全国民のための戦線)が最大の議席数を獲得し、4年ぶりに左派政権が返り咲きを果たした(注1)。こうした背景には、前年の2018年に資金流出を契機に通貨ペソ相場が暴落して当時のマクリ政権がIMF(国際通貨基金)への支援要請に追い込まれたほか、その後に締結されたスタンドバイ取極(SBA)の下で緊縮的な財政運営を迫られ、疲弊してきた同国経済が一段と下振れしたことが影響している。ここ数年のアルゼンチンは長年に亘る大衆迎合(ポピュリズム)的な政策運営などを理由に財政悪化が続くとともに、インフレも昂進するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は悪化してきたものの、マクリ前政権の下で健全化に向けた取り組みが着実に進められてきた。しかし、国際金融市場の環境変化による『圧力』に晒されたことでマクリ前政権は難しい政策対応を迫られる一方、大統領選においてフェルナンデス氏は財政規律を無視した大衆迎合的な政策のほか、IMFとの支援合意の再交渉を主張するなど、緊縮財政により経済が一段と疲弊した状況からの政策転換を訴えた。結果、フェルナンデス政権が発足した後はインフレが高止まりするにも拘らず利下げを実施するなど『定石』では考えられない政策運営に動いたほか(注2)、長年に亘って係争状態にあった民間債務の再編交渉を巡っても『敢えての』デフォルト(債務不履行)の選択も辞さないなど強硬姿勢をみせた(注3)。その後の民間債務者との交渉を経て、債務再編交渉は最終的に合意に至ったほか(注4)、この結果を以ってIMFとの間で締結されたSBAに関する元利払いのスケジュール見直しをはじめとする交渉を行ってきたものの、交渉はなかなか進展しない展開が続いてきた。こうした背景には、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して同国においても感染拡大の動きが広がり、感染拡大の中心地となった首都ブエノスアイレスなどで都市封鎖(ロックダウン)など強力な感染対策を余儀なくされるとともに、同国経済の回復が進んでいないことも影響している。さらに、政権内では政策運営やIMFとの債務再編交渉を巡る方向性に対立の動きが生じるとともに、そうした状況を受けて今年6月には再度デフォルトに陥る懸念が高まるなど、政策の安定性が低下する動きもみられた(注5)。これは政府の新型コロナ禍対応を巡る不手際に加え、それに伴い年明け以降の景気は頭打ちするなど低迷状態が続いている上、民間債務の再編を巡り政府が最終的に合意に転じたことなどを理由に政権支持率が低下しており、元々『強硬論』を主張してきたクリスティーナ・フェルナンデス副大統領(元大統領)が路線対立を主張したことも影響している。さらに、通貨ペソ相場はIMFからのSBA受け入れを前提に安定を図るべくバンド制が採用されたが、その後は公定レートと実勢レートの乖離が広がったことを理由に中銀は事実上の切り下げによる管理強化を迫られたほか、民間債務の再編合意により管理フロート制への移行を果たすもペソ安に歯止めが掛からない状況が続いている。こうしたことから、ペソ安による輸入物価の押し上げも相俟って足下のインフレ率、コアインフレ率はともに50%を上回る高水準で推移するなど、幅広く国民生活に悪影響を与える状況が続いている。

図 1 実質 GDP と成長率(前年比)の推移
図 1 実質 GDP と成長率(前年比)の推移

図 2 ペソ相場(対ドル)の推移
図 2 ペソ相場(対ドル)の推移

上述のように様々な要因が重なり政権支持率が低下するなか、9月に実施された国会議員予備選挙にでは多くの地域で与党連立(全国民のための戦線)の得票率が野党連合(変革のために共に)を下回り、今月実施される中間選挙での苦戦が避けられなくなり、直後に政権内でフェルナンデス副大統領派の5閣僚が辞表を提出するなど党内の亀裂が表面化する動きがみられた。こうした背景には、与党の正義党内は中道左派で穏健な政策を志向するフェルナンデス大統領を中心とする派、急進左派でIMFなどとの対立も厭わないフェルナンデス副大統領を中心とする派、そして『反キルチネル派(フェルナンデス副大統領と一線を画する派)』が混在していることが影響している。フェルナンデス副大統領による『揺さ振り』の影響が懸念されたものの、その後もフェルナンデス大統領は内閣改造を行う一方でIMFとの債務再編交渉を進めるべく、グスマン経済相が主導する財政引き締めを継続するなど穏健な政策運営を維持してきた。ただし、政権を巡ってはワクチン接種に関連して政権が政府高官の親族らへの優先接種を行っていたほか、国民に行動制限を課している最中に大統領が公邸でパーティーを実施したことが明らかになるなど、スキャンダルの発生も理由に政権支持率は低下の一途を辿る展開が続いた。こうした状況の下で14日に実施された国民議会上下院の中間選挙では、上述の『前哨戦』として実施された予備選挙同様に与党が大敗を喫する結果となった。中間選挙においては議会上院(元老院)で総議席の3分の1が改選対象となるなか、正義党は約40年以上に亘って半数を上回る議席数を維持してきたものの、少数与党に転じることとなる。また、議会下院(代議院)においては改選前も与党は少数与党であったものの、総議席数の半数が改選対象となるなかで改選後も議席数はほぼ変わらず、結果的に議会上下院双方で少数与党となるなど、政権と議会は『ねじれ状態』となる。今回の選挙は2023年に予定される次期大統領選の『前哨戦』と見做されるなか、今後は法案成立などで野党の協力が必要となるなど政権運営はこれまで以上に難しさが増すことは避けられない。なお、首都ブエノスアイレスは先月初めに豪州のメルボルンに抜かされるまで『世界最長のロックダウンが実施された都市』となるなど、感染爆発を受けて強力な感染対策を余儀なくされたものの、5月末を境に新規陽性者数は大きく鈍化しているほか、足下では死亡者数も大きく鈍化するなど感染動向は大きく改善している。この背景には、今月15日時点におけるワクチンの完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は60.80%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)が79.25%となるなど新興国のなかでもワクチン接種が進んでいることがある。なお、アルゼンチンのみならず、中南米諸国ではワクチン接種の進展も追い風に新型コロナウイルスの感染動向は改善に向かう一方、国際原油価格の上昇などに加えて通貨安も重なりインフレ圧力が強まっており、中銀は利上げ実施によるインフレ対応を迫られる難しい状況に直面している(注6)。アルゼンチン中銀は昨年末にインフレ対応を理由に利上げ実施を決定するも、その後のインフレ率は加速しているにも拘らず、感染動向の悪化や感染対策に伴う景気下振れを受けて引き締めには及び腰の姿勢を維持するなど難しい対応を迫られている。景気に対する不透明感がくすぶることを勘案すれば、中銀が今後利上げに動く可能性は低いと見込まれる一方、ペソ安に歯止めが掛からないなかでインフレ率は高止まりするなど、今後も難しい対応が続くと予想される。その意味では、フェルナンデス政権は『八方塞がり』の状態に陥りつつあると判断出来る。

図 3 アルゼンチン国内の感染動向の推移
図 3 アルゼンチン国内の感染動向の推移

図 4 ワクチン接種率の推移
図 4 ワクチン接種率の推移

図 5 インフレ率の推移
図 5 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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