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2021.06.24
新興国経済
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アルゼンチン経済
アルゼンチン、パリクラブとの合意で10度目のデフォルトは回避
~政治の季節を控えて政権内に「強硬論」もくすぶるなか、交渉が頓挫する可能性に引き続き要注意~
西濵 徹
- 要旨
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- アルゼンチンは昨年5月にテクニカル・デフォルトを選択し、6年ぶり9度目のデフォルトに陥った。ただし、その後は債務再編が合意に至ったことで債務再編問題は解消したが、IMFとの債務再編協議はこう着状態が続いている。通貨ペソ相場は下落が続くなど債務負担の増大が懸念される一方、足下の景気は政策支援や海外経済の回復を追い風に底入れしているものの、依然として新型コロナ禍の影響が色濃く残っている。
- こうしたなか、同国政府は今年5月末に期限を迎えたパリクラブ向けの債務支払いを拒否するなど10度目のデフォルトが懸念されたが、最終的に交渉継続で合意に至りデフォルトは回避された。ただし、「政治の季節」が近付くなかで政権内ではフェルナンデス副大統領を中心に「強硬論」が幅を利かせる動きも出ている。新型コロナウイルスは感染拡大が続くもワクチン接種が広がるなど事態打開の兆候は出ているが、周辺国を巡る状況は厳しい。債務再編交渉が頓挫するリスクも残り、その行方から目が離せない状況は続こう。
アルゼンチンは昨年5月、米機関投資家などを中心とする債権者団に対する利払いを巡って、同国政府が支払い能力を有するにも拘らず支払いを拒否する「テクニカル・デフォルト」を選択し、6年ぶり9度目となるデフォルト(債務不履行)に陥った 1。ただし、その後は同国政府と債権者団による度重なる協議を経て最終的に債務再編が合意に至ったことで、ここ数年に亘って同国を巡る最大の懸案事項となってきた債務再編問題は解消された 2。他方、同国は2018年にIMF(国際通貨基金)から過去最大規模となる支援を受け入れたものの 3、翌年に実施された大統領選を経てIMFからの支援内容に批判的な左派政権が誕生した上 4、その後の経済情勢の悪化を受けてIMFからの支援を巡る利払いが資金繰りのひっ迫要因となる懸念が高まった。こうしたことから、同国政府はIMFとの間で合意した融資枠571億ドルのうち既借入分(約450億ドル)について新たな条件での借り換えを行う新たな支援の実施に関する協議を行い、今年前半の合意を目指す姿勢をみせてきた。しかし、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けて同国においても感染拡大が広がっており、感染対策を巡る不手際や景気低迷の長期化、上述の民間債務の再編を巡って現政権が強硬姿勢から合意に転じたことも相俟って政権支持率は低迷しており、政権内ではIMFとの安易な妥協に対する反発が強まった。こうした状況を受けて、その後の同国政府とIMFとの協議を巡って両者は表向きには「建設的」との見方を示しつつ、実態としてはこう着状態が続いている。他方、通貨ペソ相場を巡ってはIMFからの支援合意を受けて安定を図るべくバンド制が採用されるも、その後は公定レートと実勢レートの大幅な乖離を理由に中銀は事実上切り下げを実施する管理強化を迫られたほか、その後の民間債務の再編合意を受けて管理フロート制に移行したものの、ペソ安に歯止めが掛からない展開が続いている。結果、外貨建で調達した対外債務の負担は増大しており、幅広い経済活動の足かせとなることで景気回復の重石となることが懸念される。なお、今年1-3月の実質GDP成長率は世界経済の回復を背景とする外需の押し上げに加え、財政及び金融政策の総動員を通じた景気下支えも重なり前期比年率+11.0%と3四半期連続のプラス成長となるなど底入れが進むとともに、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+2.5%と7四半期ぶりのプラス成長に転じている。ただし、実質GDPの水準は新型コロナウイルスのパンデミックの影響が及ぶ直前の一昨年末と比較して▲2.1%程度下回っており、依然としてその影響を克服出来ていない様子がうかがえる。


こうしたなか、今年5月末に支払期限を迎えた日米欧など主要22ヶ国で構成されるパリクラブ(主要債権国会議)に対する債務(約24億ドル)に関連して、同国政府は金利負担の重さを理由に返済を拒否するとともに60日間の利払い猶予期間(グレースピリオド)に突入するなど、10度目のデフォルトに陥ることが懸念されてきた。しかし、同国政府はパリクラブとの間で来年3月末まで交渉を継続することで合意したことを公表するとともに、交渉再開と引き換えに一部の債務返済を再開することを受け入れたことでデフォルトに陥る事態は回避された。なお、同国政府(グスマン経済相)の説明に拠れば、「今年7月末に終了する猶予期間を巡ってパリクラブとの間で交渉期間を延長することで合意した」とのことであり、デフォルトリスクが完全に解消したとは考えにくい一方、「パリクラブによる『恒久的な債務再編』の合意を目指しつつ、IMFとの協議を継続する重要な取り決めになる」とし、パリクラブに対する債務のうち4.3億ドル分について来年3月末までに返済する方針を示すなど譲歩する姿勢をみせている。他方、パリクラブは同国政府がパリクラブ向けの債務返済を拒否する姿勢をみせる一方、中国が推進する外交戦略(一帯一路)に基づく開発支援を呼び寄せるべく中国に対する債務返済を優先する姿勢をみせていることを問題視しており、今後もこうした問題が俎上に載る可能性は高いと見込まれる。さらに、上述したようにIMFとの債務交渉も事実上のこう着状態にあるなか、その背景には9月及び10月に国民議会上・下院の予備選挙及び中間選挙が予定されるなど『政治の季節』が近付いていることが影響しており、クリスティーナ・フェルナンデス副大統領(元大統領)及びその周辺はIMFが求める歳出削減を拒否する『強硬論』を主張するなど、政権内の意見集約が難しくなっていることも影響している。このところの同国は3月半ば以降に感染力の強い変異株の流入を受けて感染が再拡大する『第3波』が直撃しており、先月末を境に1日当たりの新規陽性者数は頭打ちするなど状況は最悪期を過ぎつつあるものの、累計の陽性者数は430万人弱と人口規模(4,521万人)と比較すればブラジルを大きく上回るなど極めて厳しいと判断出来る。なお、累計の死亡者数は9万人強と周辺の中南米諸国と比較すれば累計の陽性者数に対して小規模に留まっており、医療インフラなどへの悪影響は小さいものの、足下では新規陽性者数の拡大を受けて死亡者数の拡大ペースも加速感を強めるなど医療現場への圧力が徐々に強まっている様子もうかがえる。なお、同国では年明け以降にロシア製ワクチンが承認されたことでワクチン接種が開始されたものの、2月には当時の保健相が近親者を優先接種させたとの疑惑が噴出して辞任するといった問題も明らかになった。当初はワクチン接種が遅れる展開が続いたものの、その後は米国製ワクチンや中国製ワクチンなど様々なワクチンに関して国内での治験を受け入れる代わりに調達を積極化させるとともに、ワクチン接種の裾野を拡大させる計画を進めている。結果、今月22日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は8.23%と世界平均(10.13%)を下回る一方、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は32.44%と世界平均(22.13%)を大きく上回るなど事態打開に向けた動きは着実に前進している。ただし、中南米地域ではワクチン不足が続くなかで変異株により感染動向が急速に悪化することで景気回復の足を引っ張ることが懸念されるなか、選挙後に『強硬論』が幅を利かせる事態となればIMFとの債務再編議論に再び暗雲が立ち込めることも予想されるなど、同国からは目が離せない展開が続くであろう。


1 2020年5月25日付レポート「アルゼンチン、「敢えての」デフォルトを選択」
2 2020年10月20日付レポート「アルゼンチン、民間債務再編も新型コロナウイルスの行方に懸念」
3 2018年6月13日付レポート「アルゼンチン、IMF支援合意も油断は出来ず」
4 2019年12月11日付レポート「アルゼンチン、左派政権誕生で先行きは見通せず」
西濵 徹


- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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