インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インド経済はいよいよ「日本超え」が射程に入りつつあるか

~数字の力強さには「?」も堅調さは確認、総選挙の行方はモディ政権3期目の在り様を大きく左右~

西濵 徹

要旨
  • インドでは1日に1ヶ月半に及んだ総選挙は終了し、4日に一斉開票が行われる。総選挙の直前には統計を巡る不透明な動きのほか、ナショナリズムの高揚、野党への締め付けなど勝利に向けてなんでもありの様相がみられた。ただし、金融市場では株価が上昇するなど与党BJPの勝利を前提に活況を呈してきた。選挙結果の行方はモディ首相の求心力に影響を与えるほか、金融市場の見方を左右する可能性がある。
  • GDP統計には「ブラックボックス」の懸念がくすぶるが、1-3月の実質GDP成長率は前年比+7.8%と高い伸びが続き、足下の景気の堅調さが確認されている。ただし、前年比の成長率のうち+2.5pt程度が不突合で説明できるなど不透明なところが少なくないのも実情である。他方、供給サイドの統計であるGVA成長率は前年比+6.3%に留まり、景気実態をみえにくくしている。こうした状況ながら足下の景気が底入れしており、需給双方で改善していることは間違いない。とはいえ、国民の約6割が居住する地方を取り巻く環境の厳しさが浮き彫りとなるなど、異常気象の行方を含めて景気に対する過度な楽観に傾くことは難しい。
  • 昨年度の経済成長率は+8.2%と一段と加速して景気の底入れが確認されており、当研究所は今年度の経済成長率見通しを+7.0%(←+6.8%)に上方修正する。IMFは来年にも米ドルベースのGDPが日本を上回り世界第4位になるとの見通しを示すが、これは為替介入が影響している点に留意する必要がある。ただし、外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性は充分と判断される状況にあり、モディ政権にとっては今後も様々な面で自国中心主義を強める可能性もあり、その点でも総選挙の結果に注目が集まろう。

インドでは1日に連邦議会下院(定数:545議席)総選挙の最終投票が行われ、1ヶ月半に及んだ選挙戦は終了を迎えた。4日に一斉開票されて過去10年に亘るモディ政権に対する審判が下されるが、今年の暑季(4~6月)は例年を上回る熱波発生により猛暑に見舞われており、投票率は2019年の前回総選挙時点を下回った模様であるなど選挙結果に影響を与える可能性が指摘されている(注1)。他方、総選挙の開始直前に公表された昨年10-12月のGDP統計では前年比ベースの成長率は加速するも、需要サイドと供給サイドの統計の間で異なる動きが確認されるなど、足下の景気動向を如何に捉えるか難しい状況が示された(注2)。その後もモディ政権を支える与党BJP(インド人民党)の支持母体であるRSS(民族義勇団)に配慮する形でナショナリズムの高揚に訴える動きに出るとともに(注3)、野党連合の有力指導者のひとりであるデリー首都圏首相のケジリワル氏が汚職容疑を理由に突如逮捕されるなど締め付けの動きを強め(注4)、選挙での勝利を確実にすべく『なんでもあり』の様相をみせてきた。なお、2019年の前回総選挙では与党BJPが303議席と単独で半数を上回る議席を獲得し、与党連合全体では350議席を上回るなど地滑り的な大勝利を収めたなか、モディ首相は今回の総選挙ではさらに議席を積み増してBJP単独で370議席、与党連合全体では400議席を確保する目標を示してきた。ここ数年の世界経済を巡っては、米中摩擦の激化に加え、コロナ禍やウクライナ戦争を経て欧米などと中ロとの分断の動きが広がるなか、国際金融市場では中国経済に対する不透明感の高まりが警戒される一方でインドに対する注目が集まり、昨年はこうした見方を反映した資金流入から主要株価指数(SENSEX)が大幅に上昇する動きがみられた。一方、年明け以降は昨年の急上昇の反動に加え、中国経済に対する見方の変化などが上昇ペースを鈍化させる動きがみられたものの、先月末にかけては再び過去最高値を更新するなど総選挙での与党勝利によるモディ政権の3期目入りを見越した資金流入の動きが活発化している様子がうかがえる。これまでの世論調査の結果をみると、総選挙が始まる直前にかけてBJPを中心とする与党連合に対する支持率が上昇する一方、野党連合(I.N.D.I.A.(インド全国発展包摂連合))の勢いに陰りが出る動きが確認されてきたことを勘案すれば、与党が勝利を収めた可能性は高いと見込まれる。一方、上述のようにモディ氏が極めて高い目標を掲げるも猛暑(酷暑)を理由に投票率が低下しているほか、与党連合はモディ氏個人の人気の高さに大きく依存する一方、選挙戦ではモディ政権下で激化する宗教間対立、改善が進まない若年層を中心とする失業率の高さ、モディ政権が導入した「選挙債」をきっかけにした政治資金を巡る問題などに焦点が当たり野党が政権批判を強めるなかで防戦を迫られる動きもみられた。よって、選挙結果如何ではモディ首相の求心力に影響が出る可能性があるほか、そうした見方が好調な推移をみせてきたインド株の動向を左右することも考えられる。

図1 主要株価指数(SENSEX)の推移
図1 主要株価指数(SENSEX)の推移

なお、上述のように総選挙前に公表された昨年10-12月のGDP統計では怪しい動きが確認されたものの、同国では元々労働力人口の相当数が政府によって把握されていないインフォーマル(非公式)セクターに属するとされており、GDP統計そのものの正確性に対する疑念も呈されてきた。さらに、GDP統計の策定に当たっての基礎統計などの整備も充分になされていないなかでどれだけ景気実態を把握することができるかについても不透明であるなど、『ブラックボックス』化しているといった問題を抱える。こうした状況ではあるものの、先月末に公表された1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+7.8%と前期(同+8.6%(改定値))から鈍化するも引き続き高い伸びが続いている様子が示されている。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は2四半期連続のプラス成長で推移するとともに底入れの動きを強めている様子がうかがえるなど、昨年後半の景気は底入れの動きに一服感が出ていたとみられるものの、再び勢いを取り戻している。年明け直後の財輸出が米国やEU、中東向けなどを中心に堅調な動きをみせたことに加え、外国人来訪者数の堅調な流入も追い風にサービス輸出も拡大しており、財、サービス両面で輸出が大幅に押し上げられて景気底入れの動きを促している。さらに、昨年半ばにかけてのインフレ昂進の動きが一巡して落ち着きを取り戻す様相をみせるなかで家計部門にとっては実質購買力が押し上げられており、減少の動きが続いた家計消費は3四半期ぶりの拡大に転じたと試算されているほか、総選挙を前にした関連支出拡大の動きや年度末にかけてインフラ関連をはじめとする公共投資の進捗促進の動きは政府消費を押し上げており、固定資本支出も下支えしている。ただし、家計消費をはじめとする内需に底打ち感が出る動きが確認されているものの、輸入は財、サービス両面で下押し圧力が掛かるなど3四半期連続で減少したと試算されるほか、前期比年率ベースの成長率を巡っても寄与度の大宗を純輸出(輸出-輸入)が占めると説明できるなど、景気実感としては数字ほどに強いものとなっているとは捉えにくい。そうした状況は前年同期比ベースの成長率(+7.8%)のうち+2.5pt相当がいずれの要素でも説明がつかない「不突合」であり、過去4四半期に亘って不突合のプラス幅が高水準で推移していることにも現れている。その意味では、インド政府の『言い値』の数字をそのまま素直に好感することには引き続き注意する必要があると捉えられる。

図2 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図2 実質GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図3 実質GDP成長率寄与度(前期比年率)の推移
図3 実質GDP成長率寄与度(前期比年率)の推移

図4 実質GDP成長率寄与度(前年同期比)の推移
図4 実質GDP成長率寄与度(前年同期比)の推移

一方、上述のように昨年10-12月のGDP統計では需要サイドと供給サイドの間で異なる動きが確認されたものの、1-3月の供給サイドの統計である実質GVA(総付加価値)成長率は前年同期比+6.3%と前期(同+6.8%(改定値))から鈍化しており、当期についてはともに伸びが鈍化している様子が窺える一方、需要サイドが8%弱と高い伸びをみせるも供給サイドは6%強に留まるなど、どちらの数字を重視するかで景気の勢いに対する見方が変わる状況は変わらない。同国では長らく社会主義に基づく経済政策が採られてきた経緯から供給サイドの方が需要サイドに比べて基礎統計の整備の度合いが高く、景気実態により近いとの見方が根強く残ることに留意する必要がある。こうした状況を念頭に置いた上で、GVAについても同様に季節調整値を試算した上で前期比年率ベースの成長率を求めると2四半期連続のプラス成長で推移するとともに、拡大ペースが加速するなど足下の景気は底入れの動きを強めていることは間違いないと捉えられる。上述のようにインフレ鈍化による実質購買力の押し上げを背景に家計消費が底打ちに転じていることに加え、世界的なデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きを追い風にビジネス関連サービスの生産が押し上げられるほか、金融市場の活況の動きも重なりサービス業の生産が活発化しており、足下の景気底入れの動きを促す展開が続いている。さらに、サプライチェーン見直しの動きが活発化していることに加え、上述のように年明け直後の財輸出が米国やEU、中東向けなどを中心に押し上げられる動きがみられたことも重なり、製造業の生産が押し上げられて2四半期ぶりの拡大に転じているほか、年度末にかけてのインフラ投資の進捗の動きは建設業の生産を押し上げている様子もうかがえる。また、昨年のモンスーン(雨季)の雨量は久々の低水準に留まるとともに、農業生産の足かせとなる動きがみられたものの、その後の乾季については比較的落ち着いた推移が続いたほか、農業生産に対する悪影響も一巡したことを受けて当期の生産は拡大の動きを強めており、足下の景気底入れの動きの一助になっていると捉えられる。ただし、今年は暑季に熱波が異常発生するなど猛暑(酷暑)によるエネルギー需要の拡大が見込まれる状況にも拘らず、鉱業部門の生産は2四半期連続の減少になったとみられるなど供給ひっ迫が懸念される状況にある。なお、ここ数年のインドにおいては再生可能エネルギーの普及が急拡大する動きが確認されており、モディ政権が2030年までにエネルギー供給の半分を再生可能エネルギーなど化石燃料以外で賄う目標を掲げていることもそうした動きを後押ししている。他方、鉱業部門は地方において重要な雇用創出源であり、このところの生産低迷の動きは農林漁業関連の生産が力強さを欠く推移をみせていることも相俟って地方における家計消費の足かせとなる懸念はくすぶる。足下のインドは異常気象による酷暑が続いているものの、政府(気象局)は今年のモンスーンの雨量が例年を上回るとの見通しを示しており、昨年は農業生産の低迷による供給ひっ迫懸念を理由にコメの禁輸に動き、世界最大のコメ輸出国によるそうした自国優先姿勢による影響が幅広くアジア新興国に飛び火する事態を招いた(注5)。仮に雨量が例年を上回るとともに農業生産が底入れして供給が拡大すれば食料インフレ懸念が後退するとともに、地方部を中心とする家計消費を押し上げることが期待されるものの、ここ数年は異常気象が常態化していることを勘案すれば、過度な楽観に傾くことには注意する必要があろう。

図5 実質GVA(季調済)と成長率(前年比)の推移
図5 実質GVA(季調済)と成長率(前年比)の推移

図6 実質GVA成長率寄与度(前期比年率)の推移
図6 実質GVA成長率寄与度(前期比年率)の推移

図7 実質GVA成長率寄与度(前年同期比)の推移
図7 実質GVA成長率寄与度(前年同期比)の推移

昨年度(2023-24年度)のインドの経済成長率は+8.2%と前年度(+7.0%)から加速するとともに、モディ政権下での平均成長率は6%に達していると試算されるなど、この数字をみれば総選挙でのモディ政権、および与党BJPにとっては追い風となることが期待される。当研究所が先月に公表した最新の経済見通しで今年度(2024-25)の経済成長率が+6.8%になるとの見方を示したものの(注6)、1-3月のGDP統計が想定を上回る動きをみせたことでゲタのプラス幅が拡大していることなどを勘案して+7.0%に上方修正する。なお、IMF(国際通貨基金)は最新の経済見通しにおいて来年(2025年)にもインドの名目GDPが日本を追い越して世界第4位になるとの見方を示しているが、昨年度のインドのGDPは日本のGDPの9割弱に達しており、成長率の差を勘案すれば数年以内に逆転することは間違いないと捉えられる。他方、日本の米ドルベースのGDPが大幅に減少している一因には国際金融市場における米ドル高(日本円安)が大きく影響しているとみられる。一方、インドにおいても米ドル高が通貨ルピー安圧力となる動きがみられたものの、一昨年末以降はルピー安による輸入インフレを警戒して当局が為替介入を積極化させているとみられ、IMFは昨年実施した4条協議(審査)に当たって為替制度に『注文』を付ける事態に発展した(注7)。ただ、インド当局による為替介入を通じたルピー相場の安定化を目指した動きは、高い経済成長も相俟って米ドルベースでの日本との距離が大きく縮まる動きに繋がったと捉えられる。なお、当局による積極的な為替介入の動きによってその原資である外貨準備高の減少が懸念されるものの、経常収支は慢性的に赤字基調が続いているにも拘らず、対内直接投資をはじめとする海外からの投資流入を追い風に外貨準備高は積み上がる動きが確認されており、国際金融市場の動揺への耐性は充分と判断される水準を維持している。ただし、こうした状況は今後もモディ政権が様々な面で自国中心主義姿勢を強めることの『バッファー』となることも予想されるなど、これまで以上に『我』を強める可能性を高めることも考えられる。その意味では、総選挙を経てモディ首相の求心力がどのように変化するかは政権3期目の行方を大きく左右するとともに、世界経済におけるインドの在り方や存在感に影響を与えることになる。4日の一斉開票の結果の注意を払う必要があると言える。

図8 日本とインドの名目GDP(米ドルベース・年度)の推移
図8 日本とインドの名目GDP(米ドルベース・年度)の推移

図9 ルピー相場(対米ドル)の推移
図9 ルピー相場(対米ドル)の推移

図10 外貨準備高とARA(適正水準評価)の推移
図10 外貨準備高とARA(適正水準評価)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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