インド総選挙、モディ政権にとっての「ラスボス」は野党ではなく物価か

~中銀は食料インフレを警戒して引き締め姿勢を緩められず、政府はなりふり構わぬ動きに出る懸念も~

西濵 徹

要旨
  • インド中銀は、5日の定例会合で政策金利と政策の方向性を7会合連続で据え置く決定を行った。総選挙を控えるなか、モディ政権はロシア産原油の輸入拡大のほか、食料品の国内供給優先など物価安定を重視してなりふり構わぬ動きをみせてきた。結果、足下のインフレは中銀目標域内で推移しているが、中銀は食料インフレを警戒して物価安定を重視する考えを改めて示すなど慎重姿勢を維持している。暑季の熱波頻発に加え、中東情勢の悪化などによる原油高、米ドル高再燃によるルピー安などインフレに繋がる材料は山積している。他方、モディ政権は総選挙を前にナショナリズムの高揚や野党への締め付けを図るなどの動きをみせているが、モディ政権にとって「最大の強敵」は物価となる可能性はくすぶる。その意味では、今後もモディ政権によるなりふり構わぬ動きが地域や世界経済に影響を与える可能性に要注意である。

インド中銀(インド準備銀行)は5日に開催した定例会合において、政策金利を7会合連続で6.50%に据え置くとともに、政策の方向性も「景気に配慮しつつ、インフレ目標への収束を確実にすべく金融緩和の解除に注力する」との方針を維持する決定を行った。同国では今月19日から1ヶ月半に亘る総選挙(連邦議会下院総選挙)の実施が予定されるなか、モディ首相や与党BJP(インド人民党)は政権3期目入りを確実にすべく『自国優先』姿勢を強める動きをみせてきた。同国ではここ数年、コロナ禍一巡による景気回復に加え、商品高や米ドル高も重なる形でインフレが上振れしたため、中銀は累計250bpの利上げに動いた。他方、ウクライナ戦争を機に欧米などはロシアへの経済制裁を強化させているものの、インドはこうした動きに同調せずロシア産原油の輸入を拡大させた(注1)。さらに、昨年は異常気象によりモンスーン(雨季)の雨量が低水準となり、農業生産の低迷による供給不足が懸念されたため、モディ政権は高級品種のバスマティ米以外の白米の輸出禁止、タマネギなど農産物に輸出関税を課すなど国内供給を優先させることで物価安定を図る動きをみせた(注2)。よって、昨年後半にかけて一時的にインフレが上振れする動きがみられたものの、一連のなりふり構わぬ物価対策を受けて足下のインフレは中銀が定めるインフレ目標の範囲内で推移するなど落ち着きを取り戻している様子がうかがえる。しかし、中銀は会合後に公表した声明文で今年度の経済成長率を+7.0%に、インフレ見通しを+4.5%に据え置く一方、「食料インフレを巡る不確実性がインフレ見通しの重石になる」との見方を示している。そして、会合後に記者会見に臨んだ同行のダス総裁は物価について「2年前の今頃のインド経済にとってのインフレは『部屋のなかの象』だったが、足下では森に帰っていく様子をみせている」と例えた上で、「我々は象が森に帰ってそのまま留まってくれることを望む」としつつ「インフレの持続的な低下が達成されるまで我々の仕事は終わらない」と述べるなど、物価安定を重視する考えを示している。こうした背景には、インド政府気象局(IMD)が今年の暑季(4~6月)に例年を上回る熱波発生の可能性が高まっていると公表するなど、供給不足を理由に高止まりする穀物価格が一段と上振れする懸念高まっていることがある(注3)。さらに、足下では中東情勢を巡る不透明感が高まるなかで国際原油価格は底入れの動きを強めている上、同国への供給を拡大させてきたロシアも価格下支えを目的に自主的に生産量や輸出量の減少に動いており(注4)、食料品のみならずエネルギーにもインフレ圧力が強まる懸念が高まっている。また、足下の国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営に対する見方を反映して米ドル高の動きが強まり、同国においては原油高による対外収支の悪化懸念も重なりルピー安圧力が強まるなど輸入インフレが再燃する可能性も高まっている。こうしたことも、中銀が金融引き締め姿勢を緩めることが出来ない一因になっていると捉えられる。他方、総選挙での勝利を確実にすべく、モディ政権は2019年に連邦議会で成立するも、その後に歩王統部を中心に各地で抗議活動が発生したほか、宗教間で衝突が発生するなど混乱が長期化して施行が先送りされた改正国籍法(CAA)の施行に動くなど、ナショナリズムの高揚に訴える戦略に動いている(注5)。その後もモディ首相や与党BJP批判の急先鋒である野党指導者のひとりでデリー首都圏首相を務めるケジリワル氏が突如逮捕されるなど、野党に対する『締め付け』を強める動きもみられる(注6)。世論調査においては、モディ政権を支えるBJPを中心とする与党連合(NDA(国民民主連盟))が一段と議席を増やすなど2019年の前回総選挙を超える『圧勝』となる見通しが示されているが、最終盤にきて食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きはこうした流れに影響を与えることも考えられる。その意味では、モディ政権や与党BJPにとって『最大の強敵』は実は野党ではなく物価かもしれず、『世界の食糧庫』を担う同国がこれまで以上になりふり構わぬ動きをみせることで地域や世界経済の行方に影響を与えることに注意を払う必要性が高まっていると捉えられる。

以 上


西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ