カンボジア、フン・セン氏が上院議長に、外交面でも院政の構え

~フン一族や側近の権力基盤は一段と強固に、政治的遺産構築を目指す姿勢が強まるか~

西濵 徹

要旨
  • カンボジアでは昨年、長期政権を率いたフン・セン氏が首相を退任し、長男のフン・マネット氏への政権禅譲が行われた。ただし、フン・セン氏はその後も与党・人民党党首に留まり人事権を掌握しており、今年2月の議会上院選後は上院議長への就任に意欲を示していた。3日に改選後の上院が召集されてフン・セン氏は上院議長に選任されて就任した上で、2名の副議長に側近の外交巧者を据える決定を行った。フン・セン氏は議会上院が外交政策を主導する考えを示すなど、外交政策面でも院政を敷く構えをみせる。中国との関係深化が見込まれる一方、欧米やわが国には関係を如何に構築するか難しい対応を迫られるであろう。

カンボジアでは昨年、当時のフン・セン政権の下で事実上の野党不在状態で実施された議会下院(国民議会)総選挙において与党・人民党が圧勝するとともに(注1)、その後はフン・セン氏が総選挙前に宣言していたように長男のフン・マネット氏への政権禅譲が行われた(注2)。ただし、フン・セン氏は首相退任後も人民党党首に留まるとともに、フン・マネット政権を巡っては、閣僚名簿をフン・セン氏が作成するなど人事権を握ることで事実上の院政を敷く状況が続いている。さらに、主要閣僚にはフン・セン前政権の閣僚や与党有力者の子息が名を連ねるなど、フン一族やその側近に権力を集中させる動きをみせている。また、今年2月に実施された議会上院(元老院)選挙の直前には、フン・マネット政権の発足に際して公務員相に就任したフン・セン氏の三男のフン・マニー氏を副首相兼務とする決定を行うとともに、議会上院選挙も野党勢力を切り崩すことにより与党・人民党の圧勝を演出することに成功した(注3)。先月に選挙管理委員会が公表した議会上院選挙結果によると、改選議席数である58議席のうち55議席を与党・人民党が獲得したほか、野党のクメール意志党の獲得議席数は3議席に留まるなど、野党間の選挙協力がまとまらなかったことで実質的に人民党を利する格好となったことが明らかになった。なお、フン・セン氏は首相退任に際して自身のSNSにおいて、議会上院選後に上院議長に就任するとともに、2033年までは政界に留まる意向を示していたため、その去就に注目が集まっていた。こうしたなか、3日に改選後の上院が召集されてフン・セン氏が上院議長に選出されて就任を果たすなど、自身の意向通りに事態が前進している様子がうかがえる。さらに、第1副議長にはフン・セン前政権下で副首相兼外相を務めたプラク・ソコン氏、第2副議長に元外交官で国連大使などを歴任したウッチ・ボルト氏が就任しており、『チーム・フン・セン』に外交巧者を据えることにより外交面でも院政を敷く姿勢を示した格好である。事実、フン・セン氏は議会上院就任に際して、議会外交の推進を優先事項に据えるとともに、上院が外交政策を推進しつつ下院や政府をけん引するとして、自身が外交政策のけん引役となる考えを示した。よって、フン・セン氏としては首相職こそ退任したものの、政治的実権を掌握し続けるなかで政治経験が乏しい長男のフン・マネット首相を支えるとともに、いわゆるレガシー(政治的遺産)作りを狙うものと捉えることが出来る。さらに、上院議長は国王不在時に国家元首を代行することに加え、次期国王を選出する王室評議会に加わるとともに、自身の側近が王室評議会の構成員となる第1及び第2副議長に就いたことでフン一族や側近が王室評議会の多数を占めるなど影響力が一段と強まったことを意味する。その意味では『表の顔』も『裏の顔』も引き続きフン・セン氏が務める格好になったと捉えられるなか、中国などとの関係深化を図る一方、欧米やわが国にとっては如何に同国と関係を構築するか難しい対応を迫られる局面が続くことは避けられない。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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