韓国総選挙、与党惨敗で尹政権は「死に体」化必至、日韓関係にも影か

~日韓関係の行方のみならず、地域情勢の行方にも影響を与える可能性に注意する必要がある~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では10日に総選挙が行われた。尹政権にとっての「中間評価」として注目される一方、選挙戦では与野党双方が批判合戦を展開し、少子高齢化や経済格差、対中関係、北朝鮮問題など課題が山積するなかでも政策論争は深まらなかった。他方、選挙戦では野党が「政権審判」を主張し、政権の身内贔屓や政権運営を巡る独善・強権姿勢、相次ぐスキャンダル、経済音痴ぶりが批判を集めた。現地報道では野党勢力は170議席強と議席を増す一方、与党勢力は100議席強と議席を減らす惨敗を喫した模様である。尹政権の「死に体」化は必至とみられる上、尹政権下では日韓関係改善が図られたが、総選挙ではその中心的役割を果たした議員が落選するなど今後は停滞が避けられず、地域情勢にも影響を与えることも予想される。

韓国では10日に4年に一度となる総選挙が実施された。一昨年の大統領選を経て誕生した尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権にとっては、残りの政権任期が3年強となるなかで今回の総選挙は『中間評価』の意味合いがある。一方、尹政権を支える保守系与党の国民の力は国会内で少数派に留まり、大統領と国会の間の『ねじれ状態』が政権運営のボトルネックとなってきたため、その行方に注目が集まった。なお、事前の世論調査では長らく革新系最大野党の共に民主党の支持率が国民の力を上回る推移が続いたものの、年明け以降は無党派層を取り込むべく与野党双方の元代表が『第3極』を目指して新党を結成する動きがみられた。さらに、公認候補者選びを巡って共に民主党内における派閥争いが表面化する『敵失』により、一時的に国民の力の支持率が共に民主党を上回る動きもみられたものの、最終盤にかけては野党勢力が再び勢いを増す動きをみせたことで与党は劣勢状態のなかで投票日を迎えた。なお、最終盤にかけて野党勢力が勢いを増した背景には、文在寅(ムン・ジェイン)前政権の法相であった曺国(チョ・グク)氏が発足した革新系新党「祖国革新党」の存在が大きい。曺氏自身は元々文氏の後継者とみられたものの、法相就任に当たって親族や自身を巡る不正疑惑が次から次に噴出して(相次ぐ疑惑噴出を受けて『タマネギ男』と称された)有罪判決を受けるも、一連の疑惑捜査における検察の独善姿勢に対する批判を政権批判に準える選挙戦を展開した。その上で、祖国革新党は比例代表のみで選挙戦を行う一方、選挙区では共に民主党と共闘する姿勢をみせたことでその勢いが同党に乗っかる格好になったと捉えられる。尹政権を巡っては元々、検事総長であった尹氏をはじめ多数の検察出身者が中枢を占めるなど『身内贔屓』との指摘があったことに加え、その政治手法を巡っても独善的、強権的とされてきたほか、物価高や住宅問題など経済政策を巡る無策ぶりも批判を集めた。こうしたなか、政権内では李鐘燮(イ・ジョンソプ)前国防相に対する捜査を巡って圧力を掛けたとの疑惑、黄相武(ファン・サンム)前大統領府首席秘書官による不適切発言問題が相次いだほか、大統領夫人(金建希(キム・ゴンヒ)氏)を巡るスキャンダル疑惑などが相次いで政権の足を引っ張る動きがみられた。さらに、尹政権が医師不足対策として打ち出した医学部の定員増計画に医療界が反発して大量の研修医が離脱して医療現場が混乱し、現在もその尾を引く状態が続くなど混乱が長期化する事態を招いている。尹氏自身も『経済音痴』ぶりを露呈する事態を招くなど(いわゆる『長ネギ』騒動)、同国経済を巡っては昨年の合計特殊出生率が0.72と8年連続で過去最低を更新するなど急速な少子高齢化が進んでいるほか、拡大が続く社会経済格差の問題、世界的な分断の動きが進むなかでの対中関係の行方、北朝鮮問題など様々な課題を抱えているにも拘らず、選挙戦においては与野党双方が非難合戦を展開するなど政策論争が一向に深まることなく進んだ。こうした状況ではあるものの、今回の総選挙では野党による『政権審判』と与党による『野党審判』というスローガンが真正面から激突するなかで投票率は66.99%と2020年の前回総選挙から+0.78pt上昇するとともに、総選挙としては1992年総選挙に次ぐ高水準となるなど国民の注目を集めた。現地報道などによれば、開票率99%段階において共に民主党の獲得議席は系列政党を含めて170を上回るなど現有議席数(156議席)を上回る一方、国民の力の獲得議席は系列政党を含めても100強と現有議席数(114議席)を下回るなど与党の惨敗が確実視されている。野党勢力は大統領の弾劾訴追や、大統領が拒否権を行使した法案の再可決が可能となる200議席の獲得を目指したとみられるものの、そうした事態は回避された格好である。他方、与党勢力は最低でも野党単独による法案の議会上程を阻止可能となる121議席の確保を目指したとされるもののその水準にも届かず、尹政権にとっては3年強となる残りの任期は一段と厳しい政権運営を迫られることが予想される。その意味では、尹大統領や政権は求心力低下により早くも『死に体(レームダック)』化していくことは避けられないと捉えられる。わが国にとっては、尹政権発足後は韓国国内において革新勢力を中心に異論があるなかでも関係改善に向けて大きく前進する動きがみられたものの、総選挙ではこうした動きをけん引した韓日議員連盟の会長を務める鄭鎮碩(チョン・ジンソク)氏、尹政権の前外相であった朴振(パク・チン)氏などが相次いで落選した模様であるなど、停滞を余儀なくされる可能性が高まっている。北朝鮮問題や中国との関係を巡って協調関係が必要とされる状況にも拘らず、すきま風が吹く可能性が高まっていることは地域情勢にも少なからず悪影響を与える点にも留意する必要があろう。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ