カンボジア、フン・マネット新政権が正式発足、世襲政権の行方は

~フン・セン氏の院政状態が続くなか、過度な楽観は禁物も状況変化の可能性を注視する必要はある~

西濵 徹

要旨
  • カンボジアでは先月、5年に一度の議会下院総選挙が実施されたが、事実上の野党不在を受けて与党・人民党が議席をほぼ独占した。また、総選挙前にフン・セン首相は長男のフン・マネット氏への政権移譲を明言おり、今月に入って以降は準備が前進してきた。22日に議会下院はフン・マネット氏を首相に選任し、新閣僚を承認したことで新政権が正式に発足している。ただし、新閣僚の名簿はフン・セン氏が作成するなど人事権を握るなど事実上の院政状態にある。フン・セン氏は首相退任後も政界引退はせず、向こう10年は政界に留まる意向を示す。欧米などは政権移行を受けて新政権との間で関係再構築を目指す姿勢をみせるが、過度に楽観視することなく、変化の兆候を具に注視していく必要性が高いものと捉えることが出来る。

カンボジアでは、先月に5年に一度となる議会下院(国民議会)総選挙が実施されたものの、事実上の野党不在状態となったこともあり、フン・セン政権を支える与党・人民党が圧勝した(注1)。今月5日に選挙管理委員会が発表した選挙結果によると、総議席数125のうち人民党が120議席を獲得しており、前回総選挙がすべての議席を独占した状況は変化している。ただし、残りの5議席も人民党に近い王党派政党のフンシンペック(民族統一戦線)が占めており、事実上の野党不在となっている状況は変わらない。なお、投票率は84.59%と2018年の前回総選挙(83.02%)から+1.57pt上昇しており、2003年以降に実施された5回の総選挙のうち最も高い水準となるなど、選挙内容や結果に対する正当性を国内外に誇示したいとの思惑がうかがえる。ただし、高い投票率となった背景には、総選挙から野党が排除されたことを受けて野党側が国民に対して選挙のボイコットを呼び掛けるも、総選挙前に政府がこうした動きを封じるべく法改正を通じて投票棄権の呼び掛けに罰金を科すとともに、政権に批判的なメディアのウェブサイトを国内で閲覧不可とするようインターネット接続業者に命じたことも影響している。他方、フン・セン首相は総選挙を前に、後継首相に自身の長男で陸軍司令官を務めるフン・マネット氏を指名するとともに、人民党も同氏を将来の首相候補に指名する決定を行っており、今回の総選挙を経て世襲による政権移行が行われることが規定路線となっていた。総選挙の結果が確定した直後の今月7日にはシハモニ国王がフン・マネット氏を次期首相に指名することを承認する一方、新内閣の名簿案はフン・セン氏が作成するなど人民党党首として引き続き人事権を握っており、事実上の『院政』が敷かれる模様である。さらに、フン・セン氏は首相退任後も政界引退せず、来年2月に実施される議会上院(元老院)選挙後は上院議長に就任するとともに、自身のSNSでは2033年まで政界に留まる意向を示しており、すでに38年に亘る長期政権を率いてきた上、もう10年は隠然たる影響力を行使することを目指している。さらに、新内閣では閣僚数が10人ほど増えるなど『肥大化』している上、その面々を巡っても、主要閣僚にはフン・セン政権の閣僚や与党有力者の子供が占めており、フン・セン氏の三男のフン・マニー氏が公務員相、副首相兼内務相にはソー・ソッカ氏(ソー・ケン内務相の息子)、副首相兼国防相にはティア・セイハ氏(ティア・バニュ国防相の息子)、副首相兼国土整備・都市化・建設相にはサイ・ソルオム氏(サイ・チュム上院議長の息子)が就くなど、フン一族と側近による権力の私物化が鮮明になっている。一方、人事一新による経験不足が懸念されるなか、長官級をはじめとする実務家レベルの人事は大半が留任されており、円滑な政権移行を目指しているものとみられる。21日には改選された議会下院が招集され、総選挙の直後に米国が選挙結果を巡って非難するとともに一部の経済制裁を発動する方針を明らかにしたものの、議会の招待に応じる形で米国やEU(欧州連合)は現地駐在の大使が出席するなど、新政権への移行に際して関係の再構築を目指す様子もうかがえる。そして、本日(22日)に議会下院は首相にフン・マネット氏を選任するとともに、新内閣を承認したことを受けて、正式に政権移行が果たされた格好である。他方、フン・セン前政権下では『中国の代理人』然とした動きをみせるなど中国との関係深化が進んできたなか、新政権が如何なる外交政策を展開するかが注目される。フン・マネット氏は陸軍入隊後、米陸軍士官学校(ウェストポイント)に加え、その後も米ニューヨーク大学院、英ブリストル大学院にも留学するなど、欧米での留学経験が長く、こうしたことも同氏の下で如何なる政権運営がなされるかの見方が分かれる一因になっている。首相就任に際して、フン・マネット氏は「改革に向けて前進し続けねばならず、全力を尽くす」と述べるなど、国民生活の水準向上に努める方針を示しているが、具体的な動きについては不透明なところが少なくない。さらに、上述のようにフン・セン氏は向こう10年に亘って隠然たる影響力を行使するなど院政を敷く姿勢を隠さないことを勘案すれば、新政権への移行を以って状況が一変する可能性は低いと捉えられる。過度に楽観的な希望を抱くことは禁物の一方、今後の状況変化の可能性に留意しつつ、具にその兆候の有無を注視していく必要があるものと捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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