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2024.02.26
アジア経済
その他アジア経済
カンボジア、上院選も与党・人民党が圧勝で独裁体制強化へ
~フン・セン氏は待望の上院議長へ、フン一族への権力集中の動きが一段と進むと予想される~
西濵 徹
- 要旨
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- カンボジアでは25日に議会上院選が実施された。昨年実施された議会下院選では、野党を締め出す形で当時のフン・セン政権を支える与党人民党が圧勝を果たし、その後にフン・セン氏は首相の座を長男のフン・マネット氏に禅譲した。他方、フン・セン氏は事実上の院政を敷くとともに、政権中枢に自身や側近の子息を据えるなど、国家権力をフン一族やその側近などに集中させる動きをみせてきた。
- 上院選は下院議員や地方評議会議員による間接選挙で行われるが、今回も主要野党は事実上排除された。結果、人民党が圧勝する見通しの上、フン・セン氏が目指す上院議長就任に一歩近づいた。上院議長は国王不在時に代行を務めるほか、次期国王選出に向けてフン一族の影響力を向上させると見込まれる。欧米などとの関係も見通せないなか、欧米などにとっては付き合い方を問われる局面が続くと予想される。
カンボジアでは25日、6年に一度となる議会上院(元老院)の選挙が実施された。昨年7月に実施された5年に一度の議会下院(国民議会)総選挙では、当時のフン・セン政権を支える与党の人民党が総議席数125のうち120議席を確保するとともに、残りの5議席も人民党に近い王党派政党であるフンシンペック(民族統一戦線)が獲得するなど与党が事実上議席を独占した(注1)。ただし、与党による議席独占の背後では、総選挙での『台風の目』となることが期待されたキャンドルライト党に対して書類不備を理由に参加が認められず、野党不在の選挙となったことが影響している。また、総選挙前には38年に亘り独裁政権を敷いてきたフン・セン氏が長男のフン・マネット氏への政権移譲を明言するとともに、人民党も同氏を将来的な首相候補に据える決定を行うなど政権移行が既定路線となっていた。なお、フン・セン氏は政権を禅譲するも議会上院選後に上院議長に就任した上で、その後も2033年まで政界に留まる意向を示す考えを示していた。総選挙後の昨年8月にはシハモニ国王がフン・マネット氏を首相に指名するとともに、その後に議会下院も同氏を首相に選任するとともに、新内閣を承認したことで正式に政権移譲が実現した(注2)。しかし、マネット政権については、閣僚名簿をフン・セン氏が作成するなど同氏が人民党党首として引き続き人事権を握る動きがみられ、フン・セン氏による事実上の『院政』状態が続いていると捉えられる。その上、閣僚数は大幅に増えるなど肥大化する動きがみられるとともに、その大宗をフン一族や側近の一族が占めるなど権力の私物化の動きが鮮明になった。さらに、議会上院選の直前となる今月21日には、フン・セン氏の三男でマネット政権の発足に併せて公務員相に就任したフン・マニー氏が副首相を兼務する人事案が承認されるなど、フン一族に権力が一段と集中する動きが確認された。
議会上院選挙については、議員定数の62のうち国王による任命議員などを除いた58議席を対象に実施されるが、その投票は下院議員と地方議会に相当する地方評議会議員(総数11,622人)による間接選挙により実施される。なお、上述のように下院議員の大宗を人民党が占めるほか、一昨年に実施された地方評議会議員選においてはキャンドルライト党が躍進する動きがみられたものの、それでも全体に占める人民党議員の数が圧倒的である。こうした状況に加え、キャンドルライト党は昨年の議会下院選に続いて上院選ついても書類の不備を理由に参加そのものが認められず、選挙前から人民党が圧勝することは既定路線となっていた。上院選には人民党とフンシンペック以外に、野党からはクメール意思党と国民の力党の計4党が参加出来たものの、野党支持者の票が割れたことでキャンドルライト党の存在感を十分に示すことが出来ない状況に陥ったと捉えられる。選挙管理委員会による公式結果は4月上旬までに公表される見通しではあるものの、人民党関係者によれば独自集計を元に同党が圧勝したとの見通しを明らかにしている。これによりフン・セン氏による上院議長への就任は大きく前進したとみられる上、一段と権力を集中させることが予想される。なお、上院議長は国王不在時に国家元首を代行するが、現国王のシハモニ氏は70歳の上、独身で子供が居ないとされる。同国王室は世襲制ではなく、憲法規定に基づいて二つの王統(ノロドム家とシソワット家)の後継者のなかから王室評議会による選挙で選出されるとされるが、フン・セン氏が上院議長に就任すれば王室評議会に占めるフン一族の割合が増すことになる。上述のように、昨年以降はフン・セン氏による事実上の院政の下で与党が政府を抑える力関係が生じる展開が続いているものの、今後は王室を巻き込む形で同党への権力集中が進むことも予想される。一方、ここ数年は野党に対する締め付けが厳しくなっているが、今後は一段と厳しい状況となることも予想されるなか、『表の顔』をフン・マネット氏が務めることで欧米との関係改善を模索させる一方、『裏の顔』をフン・セン氏が維持することで中国などとの関係深化を図るなど、欧米などにとっては同国と如何に付き合うか難しい対応を迫られる局面が続くであろう。
注1 2023年7月24日付レポート「カンボジア総選挙、野党不在の「出来レース」で与党・人民党が圧勝の模様」
注2 2023年8月22日付レポート「カンボジア、フン・マネット新政権が正式発足、世襲政権の行方は」
西濵 徹
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- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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