トルコ・統一地方選は野党が躍進、エルドアン政権への打撃は必至

~エルドアン氏の下で初の大惨敗、政権運営の転換によりリラ相場が大きく混乱する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは先月31日に統一地方選が実施された。昨年の大統領選で再選したエルドアン政権と与党AKPには信任投票の意味合いがあるなか、なかでも前回の選挙で四半世紀ぶりに野党に奪還された最大都市イスタンブールや首都アンカラの市長選の行方に注目が集まった。他方、大統領選後は物価と為替の安定を目的に正統的な金融政策に舵がきられたが、物価高と金利高の共存により国民生活は疲弊するなど難しい選挙戦を迫られた。現地報道などではイスタンブールやアンカラのほか、主要30市のうち15市で野党CHPの候補が勝利したほか、全土での得票率もCHPがAKPを上回った模様である。エルドアン氏の下で実施された選挙では初の大惨敗であり、事実上の敗北宣言を行った。他方、今後は再びインフレにも拘らず中銀は利下げを迫られるなど、リラ相場は見通しの立たない事態となる可能性にも注意が必要になろう。

トルコでは先月31日に統一地方選挙が実施された。統一地方選挙では地方政府の首長などが選出されるなか、今回の選挙は昨年実施された大統領選で決選投票の末に再選を果たしたエルドアン大統領と、大国民議会選挙(総選挙)で議席数を減らすも第1党を死守した与党AKP(公正発展党)にとって『信任投票』の意味合いがあるなど、その行方に注目が集まった。2019年に実施された前回の統一地方選挙では、AKPの全土での得票率が42.55%と単独政党として首位を堅持し、中央政界で連立を組む右派のMHP(民主主義者行動党)の7.44%と併せると約半数を確保するとともに、81州都で実施された市長選では両党で50都市の市長選で勝利を収めたため、エルドアン氏はこの結果を以って勝利宣言を行った(注1)。なお、AKPとその前身政党であるRP(福祉党)やFP(美徳党)は1994年以降一貫して最大都市のイスタンブールや首都アンカラの市長の座を守っており、なかでも1994年にイスタンブール市長の座を奪取したエルドアン氏はその後にAKP党首、首相、大統領と政界でのキャリアを積み重ねるきっかけとなったため、同党が最も重視してきた経緯がある。しかし、2019年の統一地方選では両都市で25年ぶりに最大野党CHP(共和人民党)の候補が勝利したほか、第3の都市のイズミールでもCHPが市長の座を死守するなど、都市部において政権や与党AKPに対する支持が低下する動きが鮮明になった。さらに、イスタンブール市長についてはAKPによる異議申し立てを受けて再選挙が実施されたものの、再選挙においてもCHPから出馬したイマモール氏が勝利したことで、将来的に同氏がエルドアン氏やAKPを脅かし得る存在となることも期待された(注2)。こうしたことから、昨年の大統領選の前には野党統一候補として出馬が取り沙汰されたイマモール氏を標的にした『司法の政治化』とも呼べる動きが顕在化するなど(注3)、野党勢力に対する嫌がらせとも呼べる動きが活発化した。結果、大統領選には野党統一候補としてイマモール氏と比べて20歳以上も年配であるとともに、エルドアン氏よりも年上のクルチダルオール氏が立候補することとなり、エルドアン氏が出馬した選挙で初めて決選投票に持ち込まれるなど善戦するも、最終的にエルドアン氏が勝利を収めた(注4)。大統領選後のエルドアン政権は、それまで『金利の敵』を自任するエルドアン氏の下で中銀はインフレにも拘らず利下げに動く無茶苦茶な政策運営を余儀なくされたものの、一転して物価と為替の安定を目指して中銀は大幅利上げに舵を切るとともに、政府も保護預金制度(KKM:リラ建定期預金を対象にリラ相場が想定利回りを上回る形で減価した場合に当該損失分を政府が全額保証する制度)の解除に動くなど正統的な政策に動いてきた(注5)。しかし、足下のインフレは高止まりするとともに、金利高も重なり国民生活に悪影響が出ている上、昨年2月に同国南東部のシリア国境付近で発生した大地震からの復興が道半ばの状況にあり、政権や与党AKPにとっては逆風が強く吹くなかでの選挙戦を強いられたものの、エルドアン氏は上述の経緯も影響して大都市部を中心とする市長の奪還を目指す姿勢をみせてきた。こうしたなか、現地報道によるとイスタンブール市長選は現職のイマモール氏、アンカラ市長選も現職のヤワシュ氏とともに野党CHPから出馬した候補が勝利したほか、主要30市の市長選のうち15市でCHPの候補が勝利しており、うち4市をAKPから、1市をMHPから奪還した模様である。さらに、CHPは全国的にも票を集めており、選挙管理委員会の公表資料に拠れば開票率99.82%段階においてCHPの全土での得票率は37.74%とAKP(35.49%)を上回っている模様であり、2001年にエルドアン氏が党首に就任して以降に実施された選挙においてAKPは一貫して最多得票を維持してきたなか、今回の結果はエルドアン氏及びAKPにとって『歴史的大惨敗』となったことは間違いない。エルドアン氏は今回の選挙結果を受けて、支持者に対して「我々が望んだ結果を得ることは出来なかった」と事実上の敗北宣言を行う一方で「今回の結果はターニングポイントであり、結果への自己批判の上で国民のメッセージを吟味した上で必要な措置を講じる」と述べるとともに、「経済を疲弊させた選挙サイクルは終わった」との考えを示した。上述したように、昨年の大統領選後は正統的な政策に舵を切る動きをみせてきたものの、仮にそうした動きが今回の統一地方選における与党AKPの惨敗を招いたとの結論に帰着すれば、再びインフレにも拘らず中銀に利下げを迫る無茶苦茶な政策運営に転換される可能性も懸念される。中銀が先月末の定例会合で予想外の利上げに動いたことを受け、調整が続いたリラ相場は一時的に底打ちしたものの、今回の選挙結果を受けて再び調整の動きを強めるとともにインフレ収束の見通しが立たない状況に陥るなど、リラ相場を取り巻く環境は一段と厳しい事態となる可能性に注意する必要があろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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