ベトナム、国家主席が2年連続で事実上の更迭という異例の事態に

~「反腐敗・反汚職」が政争の具となるなか、投資環境への影響を含め政治に注意を払う必要性は高い~

西濵 徹

要旨
  • ベトナム共産党は20日の臨時中央委員会総会において、党内序列2位のトゥオン国家主席の辞任を承認した。辞任の理由は明らかにされていないが、事実上の更迭とみられる。チョン体制下の共産党内では反汚職・反腐敗を旗印にした摘発が相次いでいるが、その背後には保守派と急進派の派閥争いが影響しているとされる。トゥオン氏はチョン氏の最側近のひとりで、昨年の国家主席就任は執行部の若返りを図ったものとされたが、就任1年で降板を余儀なくされた格好である。政治的混乱やチョン体制への悪影響が懸念されるほか、汚職摘発の背後で政府の意思決定が遅れるなどの弊害も顕在化している。同国は中国に代わる投資先として注目を集めるが、チョン体制の下では経済政策面で統制色が強まる動きもみられ、投資環境に悪影響が出る可能性もくすぶる。経済と同時に政治の行方にも注意を払う必要性は高まっている。

ベトナム共産党は20日に開催した臨時の中央委員会総会において、ボー・バン・トゥオン氏の国家主席、及び党最高指導部に当たる政治局員の辞任を承認する決定を行った。トゥオン氏は党内序列2位であったものの、党は辞任に関連して同氏が党規約に違反しているとした上で「世論に悪影響を及ぼすとともに、党と国家、彼自身の評判を傷付けた」との声明を公表しており、事実上更迭されたものとみられる。本日(21日)召集された臨時国会において同氏の国家主席職の辞任が承認されており、同日付で正式に辞任することとなった。トゥオン氏は昨年、前任のグエン・スアン・フック氏が党中枢や政府内で汚職が相次いだことの責任を取る形で事実上の更迭に追い込まれたことを受けて(注1)、国家主席に登用されるも1年で降板を余儀なくされた格好である。なお、同国政界では長らく共産党による独裁体制の下、実質的な最高指導者である党中央委員会書記長(党書記長)、国家元首である国家主席、実務トップである首相、立法機関の長である国会議長の4人による『トロイカ体制』が採られてきた。しかし、2011年に党書記長にグエン・フー・チョン氏が就任して以降は、形式的にはトロイカ体制が維持されるもものの、チョン氏が旗振り役となり党内で『反汚職・反腐敗』を理由とする摘発が相次ぐ動きがみられた。この背後には、党内において内政や外交政策を巡る『保守派』と『急進派』による派閥争いが激化しており、保守派の親玉であるチョン氏が汚職摘発を名目に急進派の放逐を図ったことが一連の摘発劇の背後にあるとされる。なお、トゥオン氏はチョン氏の最側近とされるほか、昨年の国家主席への登用を巡っては同氏が当時52歳と他のトロイカ3人と比較して一回り若く、執行部内の若返りとチョン氏の影響力拡大の二兎を追ったものとみられた(注2)。しかし、現地報道などでは、捜査当局が同国中部のクアンガイ省の現幹部や元幹部を対象とする汚職摘発に動いて逮捕、起訴されるなどの動きが広がりをみせるなか、トゥオン氏がかつて同省トップ(党委員会書記)を務めたことが今回の突然の辞任劇の一因になったとの見方も示されている。とはいえ、汚職摘発を理由に国家主席が2代に亘って1年余りの間に辞任に追い込まれるなど政治的混乱は避けられず、トゥオン氏がチョン氏の最側近のひとりであったことは権限集中が進むチョン体制に少なからず悪影響を与えることも考えられる。他方、一連の汚職摘発の動きが政争の具と化すなかで政府内の意思決定が遅れることが常態化しており、そうした影響は昨年の異常気象により顕在化した電力不足問題の一因になっているとの見方もある(注3)。同国は近年の米中摩擦の激化に加え、コロナ禍やウクライナ戦争などをきっかけにデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きが広がるなか、中国に代わる投資の受け入れ先として注目を集めており、対内直接投資の動きが活発化している。日本との関係を巡っても、昨年11月のトゥオン氏の来日に際して両国関係を最上位の「包括的戦略パートナーシップ」に格上げすることで合意しており、ここ数年は日本からの投資が拡大している動きも相俟って一段と関係深化が図られることが期待されている。しかし、政治的混乱に加え、チョン体制下の共産党内では保守派が勢いを増すとともに経済政策面で統制色が強まる傾向がみられるほか、結果的にこれまでの改革・開放路線の後退に繋がる動きがみられるなど、投資環境が徐々に悪化していく可能性も考えられる。経済の動きと同様に政治の動きにも注意を払う必要性は高まっていると言える。

図1 対内直接投資の流入額の推移
図1 対内直接投資の流入額の推移

図2 日本からベトナムへの直接投資額の推移
図2 日本からベトナムへの直接投資額の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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