人々の環境意識は高まり続けるのか?(1)

~景気後退時には環境よりも経済を重視する人々が増加~

前田 和馬

要旨
  • 約60か国を対象とした世界価値観調査の「経済と環境のどちらが大事か」を問うアンケートにおいて、世界的に環境を重視する人々の割合は増加傾向にある。こうした環境意識の高まりが続く場合、炭素税などの経済成長を短期的に阻害しうる環境規制が世界的に強化されることが見込まれる。
  • とはいえ、こうした環境意識の高まりは景気が悪化する際には一服する傾向にある。景気悪化を背景に環境規制へのネガティブな国民感情が強まる場合、こうした国々の気候変動対策は停滞し、国際協調の取り組みも頓挫する可能性がある。
  • 世界的に環境意識が高まり続ける一方、そうした人々の割合には国・地域ごとの差が依然大きい。環境意識は生活水準の高さと正の相関を示す一方、温暖化や海面上昇による影響が懸念される国の環境意識が必ずしも高いわけではない。

環境政策の方向性を左右する「人々の環境意識」

2023年11月30日から12月13日にドバイで開催されたCOP28(第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、2030年までに再生可能エネルギーの発電容量を3倍に引き上げることで123か国が合意した。一方、化石燃料の使用を巡っては当初の合意案にて「段階的廃止」と言及されたものの、最終合意文書においては産油国の反対を背景に「脱却を加速」との表現に留まった。

気候変動対策における国際協調の潮流は、国際社会のパワーバランスと各国の固有事情に大きく依存すると考えられる。特に後者を巡っては産業構造や経済状況の違いに加えて、国民の抱く環境意識も重要になるだろう。人々が気候変動への危機感を共有する場合には政治的に環境政策が推進される一方、気候変動に対する懐疑的な見方が多い国においては、短期的な痛みを伴う可能性がある環境規制策は採用されにくいと考えられる。

各国の政治観や経済観などを調べる「世界価値観調査(WVS:World Values Survey)」では、「経済と環境のどちらが大事か」を第3回調査(調査実施:1995-98年)から尋ねている。同調査は約5年毎に実施されており、直近の第7回調査では2017-22年に調査を実施、回答者数は64か国の約9万人に達する。具体的な設問の内容は以下の通りである(注1)。

Q. 環境保護と経済成長についてのあなたの考え
Q. 環境保護と経済成長についてのあなたの考え

回答1は「環境重視」、回答2は「経済重視」のスタンスとそれぞれ捉えられる。極端な設問にも見受けられるが、例えば炭素税導入が短期的に経済成長を阻害する懸念があることを踏まえると、「環境重視」か「経済重視」の違いはこうした環境規制策に対する賛否を表すと考えられる。

環境を重視する人々は増加傾向だが、景気悪化時には減少

直近の第7回調査(2017-22年)では環境重視の人々が55%に達しており、経済重視の38%を大幅に上回る。環境重視の割合は設問が始まった第3回調査(1995-98年)から上昇傾向にあり、世界的に人々の環境意識が高まっているといえる(図表1)。この間経済を重視する人々の割合は概ね横ばい圏で推移する一方、「その他」や「わからない」の回答割合が減少するなど、中立的な人々が環境重視にシフトしてきていると考えられる。近年のこうした環境意識の高まりは先進国と新興国の双方で見られており、国・地域ごとの経済水準の違いを問わない(注2)。

図表1
図表1

環境を重視する人々は増加し続けているものの、世界的に景気が悪化した第4回(1999-04年実施;回答時期は2000-01年に集中)及び第6回調査(2010-14年実施;回答は2011-12年に集中)においては同割合が前回から小幅に減少し、逆に経済を重視する人々が増加した傾向にある。同時期における世界経済成長率を見ると、第4回調査は1997年のアジア通貨危機及び2001年のITバブル崩壊、第6回は2008年の世界金融危機(リーマンショック)の影響を背景にそれぞれ経済が軟調に推移した(図表1右下;第5回調査は2005-09年の実施であるが、回答は金融危機前の2007年以前に集中)。

カーボンニュートラル達成に向けた気候変動対策を巡っては、再生エネルギーに対する補助金などの「アメ」、炭素税やCO2排出量規制などの「ムチ」となる2つの政策スタンスがある。景気が悪化する際に環境よりも経済を重視する人々が増加することは、「ムチ」となる環境政策が不況時に許容されにくくなることを示している。特に一部の人々の経済的苦境がポピュリズム政治家・政党を躍進させる場合、こうした環境政策の巻き戻しは顕著になる。実際、白人労働者階級の支持を受けて当選した米国のトランプ前大統領は2017年にパリ協定からの離脱を決定している。また、11月のオランダ総選挙で第一党となった自由党、12月に就任したアルゼンチンのミレイ大統領などは共にポピュリストとみられており、気候変動対策に否定的なスタンスを示している。

人々の環境意識の高まりは国際的な気候変動対策を後押しするとみられる一方、景気悪化を背景に環境規制へのネガティブな国民感情が強まる場合、こうした国々の気候変動対策は停滞し、国際協調への取り組みも頓挫する可能性がある。

環境意識は気候変動の影響が大きい国で高いわけではない

世界的に環境意識が高まり続ける一方、そうした人々の割合には国・地域ごとの差が依然大きい。国別の環境意識に関しては以下の3つの特徴が指摘できる(環境重視の人々の割合を被説明変数とする重回帰分析の結果は図表4)。

まず、環境意識の違いは一人当たりGDP、すなわち経済水準に依存する(図表2)。この結果は図表1とも整合的であり、欧州を中心とした先進国では環境意識が高く、アフリカなどの開発途上国では低い傾向にある。生活に余裕がない状況を強いられている人々にとって、環境保護よりも雇用の確保や生活水準の改善を重視するのは当然のことと考えられる。実際、生活満足度の低い国ほど、環境よりも経済を重視する人々が多い。また、先進国の一人当たりCO2排出量が途上国よりも圧倒的に多い現状を踏まえると、開発途上国の人々にとっては「先進国が地球温暖化対策を積極的に担うべき」との考えも根強いだろう。

次に、社会全体の価値観も環境意識と密接に関連すると考えられる。例えば、国連や外国に対する信頼感が強い国は環境意識が高い傾向にあり、地球規模での気候変動対策に向けた積極的な国民の姿勢がみられる。また、投票行動などの政治参加と環境意識の間にも相関性がみられるものの、本分析のみでは「環境意識の高い人々が政治に積極的に参加する」との仮説は排除できない。

最後に、気候変動による影響が大きい国の環境意識が必ずしも高いわけではない。例えば、小島嶼国連合(AOSIS:Alliance of Small Island States)であるモルティブやハイチは温暖化による海面上昇で国土が水没する懸念が強いものの、これらの国々では環境よりも経済を重視する人々の方が多い(注3)。また、米国の経済学者などが参画するClimate Impact Labでは、将来的な異常気象の増加が致死率にあたえる影響を国・地域別に推計したうえで、そうしたコストをGDP対比の経済価値に換算している(詳細は図表3の注を参照)。本試算値と環境意識には逆に負の相関が確認されるなど、気候変動の影響が大きい国ほど環境意識が低くなっている。この背景には地球温暖化等の影響を受ける国が開発途上国に集中していることが挙げられる。また、気候変動対策は一国の取り組みのみで状況が好転するわけではないため、気候変動の将来的なコストが人々の行動を決定するうえであまり重要視されていない可能性も指摘できる。

なお、国別の価値観の違いが多岐にわたることを踏まえると、上記の国別分析のみでは環境意識の決定要因は必ずしも明確ではない。例えば、社会的な安定が経済水準と環境意識の高さの双方に影響しており、経済水準が環境意識に直接的に影響しているわけではないなど、両者が「見せかけの相関」である可能性は排除できない。このため、「人々の環境意識は高まり続けるのか?(2)」では世界価値観調査の個票データを用いた分析結果を掲示する。

出所:世界価値観調査、欧州価値観研究、世界銀行より第一生命経済研究所が作成
注:寒冷地に位置する先進国は温暖化で致死率が低下するため、気候変動コストはマイナスで便益を得るとの試算。気候変動コストはRCP8.5(高排出量)シナリオによる2020-2039年の試算値であり、具体的な推計方法は以下の通り。①排出量シナリオに基づく将来的な各地の気温変化を推計。②極端に寒いもしくは暑い気温が65歳以上の致死率を上昇させるとの前提の下、約2.4万地域における気候変動による将来的な超過致死率を算出。③超過致死率に対する冷房などの適応投資のコスト、及び致死率の上昇を避けるための金銭価値(米環境保護庁によるMortality Risk Valuation)を基に、気候変動による経済的損失をGDP比で推計。詳細はImpact Map - Climate Impact Lab。
出所:世界価値観調査、欧州価値観研究、Climate Impact Labより第一生命経済研究所が作成

図表4
図表4

【注釈】

  1. 設問の日本語訳は世界価値観調査に参画する電通総研(「世界価値観調査」分析から浮かび上がった“日本の9つの特徴”を発表 | 電通総研 (dentsu.com))。
  2. 世界価値観調査及び欧州価値観研究(EVS: European Values Study)の2017-22年共同データセットにおいては、アルメニア・チェコ・オランダ・スロバキア・イギリスの5か国で新型コロナウィルス拡大前後の調査が実施されている。アルメニア・オランダ・イギリスでは環境重視の人々が増加する一方、チェコ・スロバキアでは逆に減少するなど、コロナによる環境意識への影響は明確ではない。
  3. ハイチは第6回調査(2010-14年実施)の対象。
以上

前田 和馬


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。