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「脱炭素アドバイザー」を増やし、脱炭素取組を前進させよ

~企業は脱炭素分野の人材育成に積極投資を~

加藤 大典

要旨
  • 脱炭素取組を進めるためは、脱炭素の専門知見を持つ人材が必要だ。しかし、各種調査結果によると、専門人材は不足している。
  • 専門人材不足が引き続き課題認識されている中、環境省は、2023年3月31日「脱炭素アドバイザー資格制度認定ガイドライン」を策定・公表し、同年9月26日、「環境省認定制度 脱炭素アドバイザー」の本格運用を開始した。
  • 現在運用されている脱炭素アドバイザーベーシックの民間資格の受験者数・合格者数を見るといずれも増加傾向にある。脱炭素の専門人材の育成に寄与しているといえる。
  • 自治体の中には、地域の中小企業に対して、脱炭素アドバイザーの資格取得のための受験料や受講料等の50~80%程度を支援する動きも見られる。より多くの自治体で同様の支援制度が実施されれば、中小企業における専門人材の育成が促され、地域の脱炭素取組の加速に寄与すると思われる。
  • 人材育成は一朝一夕にはできない。脱炭素の専門人材の育成も同様だ。脱炭素専門人材の不足を課題としている企業や、脱炭素について「何から取り組めばよいのかわからない」という企業は特に、国が後押しする脱炭素アドバイザー資格制度を戦略的に活用してはどうか。
  • 自社内に、脱炭素の専門知見を持つ人材が増えることにより、自社のGHG排出量の把握や具体的削減取組のきっかけをつかむことができるだろう。また、自社の製品やサービスを社会の脱炭素取組と結びつけ、ビジネスチャンスとすることにもプラスに作用するだろう。
  • 社会的課題を解決するのは人であり、人への投資は最も重要な投資だ。脱炭素アドバイザー資格の取得には一定の費用がかかる。企業として脱炭素分野の人材育成に積極的な投資をすべきだ。
目次

1.はじめに

国は2050年カーボンニュートラルと2030年度温室効果ガス46%削減(対2013年度)を目標に掲げ、特に2030年度までの期間を「勝負の10年」と位置づけている。自治体も2024年3月29日時点で1,078自治体(46都道府県、603市、22特別区、352町、55村)が「2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロ」を表明している(注1)。企業も大手企業中心に、社会的課題解決や自社の企業価値向上等の観点から、脱炭素取組を進めてきている。

脱炭素取組には専門人材が必要だが、本稿では環境省が創設した「環境省認定制度 脱炭素アドバイザー」(以下、脱炭素アドバイザー資格制度)の現状を概観した後、自治体や資格事業者への期待と専門人材不足を課題とする企業への提言を述べたい。

2.脱炭素分野の人材の状況

脱炭素取組を進めるためは、GHG(注2)排出量計測や削減手法等、脱炭素の専門知見を持つ人材が必要だ。しかし、各種調査結果によると、専門人材は不足している。令和4年度の経済財政白書では、企業にとって脱炭素化に向けた取組を進める上で最も影響が大きい課題は「必要なノウハウ、人員が不足している」と報告されている(資料1)。TCFDコンソーシアム(注3)が2023年夏に実施した会員アンケートでは、TCFD開示に関して「開示を行う体制・人員の不足」を課題に挙げる企業は、金融機関、非金融機関とも、アンケート回答企業の半数を超える(資料2、資料3)。さらに、東京商工会議所が2023年秋に実施した調査では、「取り組みを行っている企業」の29.0%(資料4)が、また「取り組みを行っていない企業」の20.7%(資料5)が、「人材やノウハウの不足」を課題として認識している。なお、「取り組みを行っていない企業」の最大の課題が「何から取り組めば良いか分からない」(28.9%)(資料5)となっている点は、まさに専門人材の不足に端を発しているといえよう。

資料 1
資料 1

資料 2
資料 2

資料 3
資料 3

資料 4
資料 4

資料 5
資料 5

3.「脱炭素アドバイザー資格制度」の創設

こうした脱炭素の専門人材不足が引き続き課題認識されている中、日本全体の脱炭素化推進に向けて適切な知識を備えた人材が企業内外で活躍できるよう、環境省は2023年3月31日、「脱炭素アドバイザー資格制度認定ガイドライン」(以下、ガイドライン)を策定・公表し、同年9月26日、脱炭素アドバイザー資格制度の本格運用を開始した(資料6)。

資料 6
資料 6

具体的には、 脱炭素に関わる民間資格についてガイドラインに基づき環境省が認定を行い、 認定された民間資格の合格者は「環境省認定制度 脱炭素アドバイザー」を名乗り活動ができるというものだ。金融機関職員、経営コンサルタント、会計士、税理士、自治体職員、中小企業支援団体職員、事業法人の脱炭素担当者など、幅広い人が脱炭素アドバイザーとして活躍することが期待されている。

脱炭素アドバイザー資格制度は、専門性のレベルに応じ3類型あり、脱炭素経営に関する包括的なアドバイスができる「脱炭素シニアアドバイザー」、脱炭素の経営上の重要性やGHG排出量の計測方法・削減手法について説明できる「脱炭素アドバイザーアドバンスト」、気候変動対応の必要性を説明でき企業からの相談内容を正しく把握できる「脱炭素アドバイザーベーシック」の3段階となっている(資料7)。

資料 7
資料 7

そして、3類型(シニア、アドバンスト、ベーシック)のそれぞれに求められる知識等の水準について、ガイドラインでは「気候変動対策の重要性」・「排出量算定」・「削減目標、計画、実施」・「情報開示」の4つの観点で整理されている。ベーシックからアドバンスト、シニアへと脱炭素に関する専門知識を段階的に高めて習得していくことができる体系となっている(資料8)。

資料 8
資料 8

4.脱炭素アドバイザーになるためには

2024年4月現在、脱炭素アドバイザーベーシックについて、5つの民間資格が認定されている(資料9)。脱炭素アドバイザーアドバンストと脱炭素シニアアドバイザーについては、今後、認定資格が創出される予定だ(注4)。

認定資格の受験に必要な費用は、「サステナブル経営サポート」の4,950円から「炭素会計アドバイザー資格3級」の14,600円(一般受験者の場合。受験に必須な受講料含む)となっている。但し、いずれの認定資格についても、多くの受験者は受験前に問題集等で一定の事前学習をすることが想定されることから、おおよそ7~8,000円程度の費用は最低限必要になると思われる。

資料 9
資料 9

5.脱炭素アドバイザーベーシックの受験者・合格者の状況

現在運用されている脱炭素アドバイザーベーシックの5つの民間資格のうち、「炭素会計アドバイザー資格3級」「GX検定ベーシック」の2つは、受験状況を公表している。

炭素会計アドバイザー資格3級についてみると、受験者数は、第1回の2,021名が第4回には3,128名と1.5倍になっている。第1~4回の累計では、受験者数は10,718名、合格者数は8,571名となっている(資料10)。

資料 10
資料 10

また、GX検定ベーシックにおいても、受験者数は、2023年第1回の165名が2024年第1回には381名と2.3倍、これまで実施した4回の累計の受験者数は1,287名、合格者数は942名となっている(資料11)。両資格の重複受験者もいるだろうが、両資格ともに認知度が高まり、受験者数・合格者数は増加傾向にある。脱炭素の専門人材の育成に確実に寄与しているといえよう。

資料 11
資料 11

6.自治体の支援事例

自治体の中には、地域の中小企業に対して、脱炭素アドバイザーの資格取得のための受験料や受講料等の50~80%程度を支援する動きも見られる(資料12)。自治体ごとに脱炭素に関する課題認識や事情は異なろうが、より多くの自治体で同様の支援制度が実施されれば、中小企業における専門人材の育成が促され、地域の脱炭素取組の加速に寄与すると思われる。

資料 12
資料 12

7.資格事業者への期待

ガイドラインでは、認定を取得した資格制度を運営する資格事業者が資格制度の運営状況に関する要件を満たさなくなった等の場合、環境省は認定を取り消すことができるとされている。また、脱炭素シニアアドバイザーと脱炭素アドバイザーアドバンストについては、資格保持者の知識等の陳腐化を防止するため、国内外の基準や排出量算定実務の変更等に関する学習機会の提供等が必要とされている。各資格事業者には、脱炭素に関する専門人材を求める社会からの期待に応えるとともに、脱炭素アドバイザーベーシックとして既に活動している人からの信頼や、これから脱炭素に関する専門知識の習得を始める、あるいはさらなる上位の専門性を身につけようとする人の意欲に応える、適切な資格制度運営を期待したい。

8.脱炭素専門人材の不足を課題とする企業への提言

あらためて言うまでもなく、人材育成は一朝一夕にはできない。脱炭素の専門人材の育成も同様だ。この点、脱炭素アドバイザー資格制度設立の目的や趣旨は、ガイドライン等によれば、中小企業と日常的な接点を持つ、例えば金融機関の職員を脱炭素の「アドバイザー」として育成することだ。しかし、脱炭素専門人材の不足を課題としている企業や、脱炭素について「何から取り組めばよいのかわからない」という企業においては特に、国が後押しする脱炭素アドバイザー資格制度を自社の人材育成に戦略的に活用してはどうか。

まずは脱炭素アドバイザーベーシックの資格取得を推進し、組織の脱炭素取組の基礎固めからスタートすることをお勧めする。自社内に脱炭素の専門知見を持つ人材が増えることにより、自社のGHG排出量の把握や具体的削減取組のきっかけをつかむことができるだろう。また、自社の製品やサービスを社会の脱炭素取組と結びつけ、ビジネスチャンスとすることにもプラスに作用するだろう。

その上で、自社の脱炭素取組をさらに加速させるため、今後創出される脱炭素アドバイザーアドバンストや脱炭素シニアアドバイザーの育成も進めていくのが良いだろう。

ここで意識したいのは、社会的課題を解決するのは人であり、人への投資は最も重要な投資であるということだ(注5)。既述のとおり、脱炭素アドバイザー資格の取得には一定の費用がかかる。自治体の支援制度の活用等の工夫もしながら、企業として脱炭素分野の人材育成に積極的な投資をすべきだ。

以 上

【注釈】

  1. 環境省HP(https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html
  2. GHG(Greenhouse Gas):温室効果ガスのこと。
    https://www.dlri.co.jp/report/ld/253584.html 参照。
  3. TCFDコンソーシアムは、G20 財務大臣及び中央銀行総裁の意向を受け、金融安定理事会(FSB)が設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD; Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」が2017年6月に公表したTCFD提言に対応するために、一橋大学大学院・伊藤邦雄特任教授を始めとする計5名が発起人となり2019年5月に設立。TCFD提言へ賛同する企業や金融機関等が一体となって取組を推進し、企業の効果的な情報開示や、開示された情報を金融機関等の適切な投資判断に繋げるための取組について議論している。https://tcfd-consortium.jp/
  4. 2024年3月11日ESG金融ハイレベル・パネル(第7回)環境省幹部発言
  5. 内閣官房(2022)「Ⅲ‐1 人への投資と分配」には、「気候変動問題への対応や少子高齢化・格差の是正、エネルギーや食料を含めた経済安全保障の確保といった社会的課題を解決するのは人であり、人への投資は最も重要な投資である。」との記載がある。

【参考文献】

  • 環境省(2023)「令和5年版『環境白書』」
  • 環境省(2023)「脱炭素アドバイザー資格制度認定ガイドライン」(2023年3月31日)
  • 内閣官房(2022)「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(令和4年6月7日閣議決定)

加藤 大典


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。