トルコの金融政策をみてあらためて思う「信用の大切さ」

~エルドアン大統領の「変心」への疑念が中銀の本気度を上回るマイナス要因となる展開~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは、5月の大統領選後の内閣改造で財務相にシムシェキ氏、中銀総裁にエルカン氏と金融市場を意識した人事が実施された。これは、エルドアン氏の下で経済学の定石に反する政策運営が採られ、インフレとリラ安が常態していることが影響している。新体制の下では正統的な政策運営に舵を切る本気度を示すとともに、今月初めにはエルドアン大統領も利上げを容認する「変心」をみせる。インフレが再燃するなかで中銀は21日の定例会合でも4会合連続の利上げを決定し、さらなる利上げに含みを持たせる。こうした動きにも拘らずリラ相場は上値が重く、再安値を探る展開が続いており、エルドアン氏への疑念が払拭出来ていない様子がうかがえる。政策運営に当たっては、何よりも「信用」が重要であることを示している。

トルコでは、今年5月の大統領選においてエルドアン氏が再選して政権は3期目入りを果たす一方、長期に亘るインフレとリラ安が国民生活の悪化を招き、大統領選で予想外の苦戦を強いられたため、その後の内閣改造では政策運営を巡る方向転換が実施された。というのも、同国では長年『金利の敵』を自任するエルドアン大統領の下で中銀はインフレにも拘らず利下げを強いられるという経済学の定石では考えられない金融政策が展開され、結果的にインフレとリラ安が常態化する展開が続いてきたことがある。大統領選後の内閣改造では、財務相に金融市場からの信認が厚いシムシェキ氏、中銀総裁に金融業界での経験が長いエルカン氏を据えるなど、上述のような無茶苦茶な政策運営に伴い失墜した国際金融市場からの信認回復を強く意識する動きをみせた(注1)。新体制の下で中銀は6月、7月と連続での利上げを決定するも、利上げ幅が事前予想に比べて小幅であったこと、リラ相場を実質的に下支えしてきた政策の転換に動くとの思惑が強まり、その後は反ってリラ安の動きに拍車が掛かった。さらに、政府は年明けからインフレ対応を目的に最低賃金の大幅引き上げに動いている上、2月に発生したトルコ・シリア地震の復興需要の発現、そしてリラ安に伴う輸入インフレも重なり、昨年末以降頭打ちの動きを強めてきたインフレ率は一転して底打ちの動きを強めている。こうした事態を受けて、中銀は先月の定例会合では事前予想を上回る大幅利上げに動くなど正統的な政策実現に向けた『本気度』を改めて示した(注2)。そして、政府は今月初めに財政政策を巡る中期計画を公表した際には、エルドアン大統領が緊縮的な金融政策を通じてインフレ率を一桁台に抑えると従来の考え(高金利が高インフレを招く)と真逆の考えを示すとともに、中銀が計画する保護預金制度(リラ建定期預金を対象に、リラ相場が想定利回りを上回る水準で調整した場合に当該損失をすべて政府が補填する制度)の解除を後押しする考えを示した(注3)。このような政策運営を巡る大転換の兆しにも拘らず、その後もリラ相場は調整圧力がくすぶるとともに、最安値を探る展開が続いており、金融市場がエルドアン大統領に対して抱く疑念を払拭出来ていない様子がうかがえる。また、足下では主要産油国による自主減産、ロシアがウクライナ産穀物の輸出を巡る合意履行を停止していることも重なり商品市況は底入れの動きを強めるなど、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが再燃する懸念が高まっている。こうした事態を受けて、中銀は21日に開催した定例会合において政策金利である1週間物レポ金利を500bp引き上げて30.00%とする決定を行い、4会合連続で累計2150bpもの大幅利上げに動いた格好である。会合後に公表した声明文では、今回の決定についても前回同様に「早期にディスインフレ路線を確立し、インフレ期待を固定化し、価格設定行動の悪化を抑制すべく金融引き締めプロセスの継続を決定した」としている。その上で、先行きの政策運営について「金融引き締めはインフレ見通しの大幅な改善が実現するまで適時、且つ漸進的に必要なだけ一段と強化される」との考えを改めて示すとともに、「市場メカニズムの機能性向上とマクロ金融安定化のため、既存のマクロプルーデンス政策の枠組の簡素化と改善を進める」としつつ「簡素化プロセスはその影響を分析しつつ段階的に進めるべく、引き続き量的引き締めと選択的な信用引き締めを行う」との考えも改めて強調した。その上で、「インフレ動向を注視しつつあらゆる手段を断固として行使する」、「データに基づく形で予見可能な枠組で決定を行う」とした従来からの考えを改めて強調している。中銀は間違いなく正統的な政策運営を志向していると捉えられるものの、足下の景気には国内・外双方に不透明要因が山積している上(注4)、来年3月には統一地方選挙が予定されるなかで最終的にエルドアン大統領の『堪忍袋の緒』が切れる可能性は残る。過去にはエルドアン氏は一旦中銀による金融引き締めを是認したものの、その後に一転して総裁更迭などを通じた人事介入を繰り返してきたことがその一因となっており、政策運営に当たっては『信用』が何より大切であることを改めて示している。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

図2 リラ相場(対ドル)の推移
図2 リラ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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