エルドアン大統領の「変心」は本物か、リラ相場はどうなる?

~国内外で不透明要因は山積、来年の統一地方選を前に再び説を変える可能性に引き続き要注意~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年のトルコでは、「金利の敵」を自任するエルドアン大統領の下、中銀はインフレにも拘らず利下げを行う経済学の定石では考えられない政策が採られた。ただし、インフレとリラ安の長期化が国民生活に悪影響を与え、5月の大統領選でエルドアン氏が予想外の苦戦を強いられたことを受け、大統領選後の内閣改造では財務相や中銀総裁人事で金融市場に配慮する姿勢をみせた。新体制後の中銀は利上げに動くとともに、マクロプルーデンス政策の簡素化など正統的な政策運営に舵を切る動きをみせる。しかし、金融市場はエルドアン氏の真意を測りあぐねるとともにリラ安が収まらない状況が続いた。こうしたなか、6日に政府は中期計画を公表し、エルドアン大統領は緊縮政策を是認するなど「変心」をうかがわせる。とはいえ、国内外に不透明要因が山積する上、来年の統一地方選を前にエルドアン氏が再び説を変える懸念もくすぶるなか、今回の発言を以ってリラ相場を取り巻く環境が変化するかは極めて見通しが立ちにくいと言える。

ここ数年のトルコでは、『金利の敵』を自任するエルドアン大統領の下、中銀はインフレが昂進する状況にも拘らず利下げを実施する展開が続くなど、経済学の定石では考えられない政策運営がなされてきた。結果、通貨リラ相場は調整局面が続いて輸入インフレを招く状況が続いてきたほか、昨年はウクライナ情勢の悪化をきっかけとする商品高に加え、コロナ禍からの景気回復の動きも重なり、インフレ率は大きく上振れする事態を招いた。さらに、昨年末にかけては大きく上振れしたインフレ率が頭打ちに転じたため、中銀は断続利下げに動いたほか、今年2月に発生した大地震の直後も復興支援を目的に追加利下げに動くなど、景気下支えを重視する姿勢をみせてきた。中銀がこうした動きをみせた背後には、エルドアン大統領にとって今年5月の大統領選での再選、及び大国民議会選での与党AKP(公正発展党)の党勢拡大が至上命題となってきたことが大きいと捉えられる。エルドアン氏は大統領選で再選を果たしたものの、長期に亘るインフレとリラ安が国民生活の悪化を招いており、大統領選では予想外の苦戦を強いられたこともあり、大統領選後の内閣改造では政策の方向転換を示唆する動きをみせた。具体的には、財務相に金融市場からの信認が厚いシムシェキ氏を、中銀総裁には金融業界での経験が長いエルカン氏を据えることにより、上述の政策運営に伴い失墜してきた国際金融市場からの信頼回復を意識した人事に動いた(注1)。なお、新体制の下で中銀は6月、7月と利上げ実施に動いたものの、事前予想に比べて小幅な利上げに留めたこと、リラ相場を実質的に下支えしてきた政策の転換が図られるとの見方を反映して、反ってその後はリラ安の動きに拍車が掛かる事態となった。さらに、政府がインフレ対応を目的に最低賃金の大幅引き上げに動いたことに加え、復興需要の発現、リラ安による輸入インフレも重なりインフレ率は反転上昇に転じるとともに、足下では一段と加速している。なお、中銀は先月の定例会合では事前予想を上回る大幅利上げに舵を切るとともに、マクロプルーデンス政策の簡素化に動くなど『正統的』な政策を後押しする姿勢をみせたほか、先行きの政策運営もインフレの鎮静化に向けて適時、且つ漸進的に必要なだけ引き締め姿勢を強める考えをみせた(注2)。このように中銀は『本気』の姿勢をみせる一方、その後も金融市場においてはリラ安圧力がくすぶるなどその『真意』を定めあぐねる展開が続いており、その背景には過去の中銀による政策運営がエルドアン大統領の意向により捻じ曲げられてきたことが影響しているとみられた。こうしたなか、政府は6日に中期計画を公表し、先行きのインフレ見通しについて今年末時点は+65%、来年末時点は+33%に抑える方針が示されたものの、上述のように足下のインフレ率が再加速している状況を勘案すれば、この実現のためにはさらなる金融引き締めが不可欠になると見込まれる。なお、中期計画の公表に際してエルドアン大統領は「経済成長に妥協するつもりはない」とする一方、「緊縮的な金融政策によりインフレを一桁に抑える」、「ディスインフレプロセスは輸出主導による持続可能な経済成長に資するなど経常収支の改善に繋がる」との考えを示した。また、「保護預金制度は為替レートの安定に繋がった」としつつ、「保護預金制度の対象となる預金をリラ建預金に転換させる」と述べるなど中銀が計画する保護預金制度(リラ建の定期預金を対象にリラ相場が想定利回りを上回る水準に調整した場合にその損失分をすべて政府が補填する制度)の解除を後押しする考えを示した。この発言は、エルドアン大統領が中銀による利上げ実施を是認するなど『変心』を示唆したものと捉えられる一方、この発言を受けてリラ相場は一時的に上昇するも直後には上昇分が消え失せるなど金融市場は信用していない様子もうかがえる。その背景には、先行きの景気を巡って国内・外双方で不透明要因が山積しており(注3)、来年3月の統一地方選挙が近付くなかで最終的にエルドアン氏の『堪忍袋の緒』が切れることを懸念していると考えられる。過去にもエルドアン氏は中銀による金融引き締めを一旦是認する姿勢をみせるも、その後は総裁更迭など人事介入を繰り返してきたことを勘案すれば、今回の発言のみを以って判断することは難しいと言える。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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