南ア中銀、インフレの大幅鈍化も追い風に利上げ局面の「休止」決定

~中銀はインフレ上振れリスクを警戒、外交を巡る懸念は後退も、BRICS首脳会議の行方に注目~

西濵 徹

要旨

南アフリカ経済を巡っては、電力不足が景気の足かせとなる状況が続き、商品高や通貨ランド安を受けたインフレ昂進に直面するなど、スタグフレーションに陥っている。こうした状況ながら、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされてきた。ただし、商品高が一服し、米ドル高も一巡するなかで足下のインフレ率は大きく鈍化して中銀目標に回帰するなど落ち着きを取り戻している。インフレ鈍化に伴い実質金利は大幅プラスとなり、足下のランド相場は底入れする動きもみられる。こうしたなか、中銀は20日の定例会合で政策金利を据え置き、1年半強に及んだ利上げ局面の休止を決定した。なお、今回の決定では票決が割れたほか、インフレの上振れリスクを警戒するなど慎重姿勢を崩さない考えをみせている。ランド相場は外交関係に揺さぶられたが、ロシアのプーチン大統領がBRICS首脳会議にオンラインで参加する方針を示したことで外部環境の影響を受ける懸念は後退している。一方、ウクライナ情勢が長期化するなかでBRICSは注目を集めており、議論をリードする南ア政府の対応も注目を集めるであろう。

南アフリカ経済を巡っては、コロナ禍の収束が進む一方、慢性的な電力不足を理由に全度で計画停電が実施される状況が続いており、幅広い経済活動に悪影響が出るなど景気の足かせとなる状況が続いている。さらに、昨年来の商品高を受けた生活必需品を中心とする物価上昇に加え、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ランド安は輸入インフレを招くとともに、経済活動の正常化の動きも重なり、インフレ率が大きく昂進する事態に直面した。こうした事態を受けて、中銀は一昨年末以降に物価と為替の安定を目的に、断続、且つ大幅利上げを余儀なくされるなど難しい対応を迫られてきた。結果、同国経済は景気低迷が長期化するなかで物価高が続くスタグフレーションに見舞われており(注1)、足下では電力需給を取り巻く状況に改善の兆しが出ている模様ではあるものの、今冬は停電日数が過去最多を記録するなど極めて厳しい状況が続いていることは間違いない。他方、足下では商品高の動きが一服している上、国際金融市場における米ドル高も一服するなどインフレ圧力に繋がる動きが後退している。同国のインフレ率は昨年7月をピークに頭打ちに転じるも、その後もしばらくは高止まりする展開が続いてきたものの、足下では大きく頭打ちの動きを強めており、直近6月は前年比+5.4%と1年強ぶりに中銀が定めるインフレ目標(3~6%)の域内に回復している。なお、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)の政策運営に対する見方が大きく揺らぐ展開が続いており、その見方が影響する形で米ドル相場は一進一退の動きをみせている。ただし、上述のように足下のインフレ率は大きく鈍化していることを受けて、南アフリカにおいては実質金利のプラス幅が大きく拡大しており、投資家にとって投資妙味が拡大している。こうした外部環境も影響して、通貨ランド相場は今年6月初めに最安値を更新する事態に直面したものの、足下では底入れの動きを強めるなどインフレ圧力の一段の後退に繋がることが期待される。このように物価と為替を取り巻く環境が大きく改善するなか、中銀は20日に開催した定例会合において政策金利であるレポ金利を8.25%に据え置く決定を行い、一昨年末から1年半強に及んだ利上げ局面を『休止』させている。ただし、今回の決定を巡っては、5人の政策委員のうち3名が据え置きを主張する一方で2名が25bpの利上げを主張して票決が割れるなど、慎重姿勢を崩していない様子がうかがえる。こうした状況は、会合後に記者会見に臨んだ同行のハニャホ総裁が今回の決定について「金利は依然としてピークを付けておらず、利上げサイクルは終了していない」と述べるなど今回の金利据え置きが『休止』であることを強調したことに現れている。なお、会合後に公表された声明文では、同国経済について「電力不足などが経済活動の足かせやコスト要因となる状況は変わらない」としつつ、「インフレ圧力の後退により世界経済の見通しがわずかに上振れすること」を受けてわずかに上向くと期待されるとしている。また、足下のインフレは大きく鈍化しているものの、先行きについては「エルニーニョ現象に伴う天候不順が食料インフレを招き、電力不足もエネルギーインフレを招くほか、物流を巡る制約もコスト要因となるなど上振れリスクがくすぶる」として、警戒感を崩さない姿勢をみせている。ランド相場を巡っては、外交関係の動きに左右される動きがみられるなか、来月に同国で開催されるBRICS首脳会議の行方に注目が集まったが、ロシアのプーチン大統領はオンラインで参加することを発表しており、南ア政府にとっての『悩みの種』は解消された格好である。その意味では、ランド安によるインフレ懸念は大きく後退することが期待されるものの、ウクライナ情勢の悪化が長期化するなかで中ロが『グローバルサウス』と称される新興国に触手を伸ばしており、その舞台としてBRICSに注目が集まるなか(注2)、議長国としてその議論をリードする南ア政府の動きは注目を集めることが予想される。

図1
図1

図2
図2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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