ナイジェリア大統領選は与党 APC のティヌブ氏が勝利

~ブハリ路線の継承も、経済・治安に問題を抱えるなか、与党内の派閥争い再燃というリスクも抱える~

西濵 徹

要旨
  • ナイジェリアでは先月25日に大統領選が行われた。現行憲法で現職のブハリ氏が出馬出来ず、与党APCは元ラゴス州知事のティヌブ氏、最大野党PDPからはアブバカル元副大統領が出馬し、既存政治への批判票の受け皿を目指す野党LPのオビ元アナンブラ州知事との事実上の「三つ巴」による選挙戦が行われた。同国経済は原油高も追い風にコロナ禍から立ち直りが進むも、若年層を中心に雇用悪化が続くなかでインフレが昂進している。北部などでの治安情勢の悪化も続くなかで次期政権が直面する課題は山積している。
  • 1日に選管はティヌブ氏が勝利したことを明らかにした。ただし、投票率は民政移管後最低となったほか、大都市部ではオビ氏が最多得票となるなど既存政治への忌避感が強いことが明らかになった。他方、他陣営は集計を巡る問題を指摘するなど紆余曲折が予想されるほか、治安問題に発展する可能性もある。ティヌブ氏にはかつて疑惑が指摘された経緯があり、次期政権にとっては経済や治安を巡る問題に加え、与党内の派閥争いが再燃する可能性もくすぶるなど、政権運営を巡って課題が山積する展開も予想されよう。

ナイジェリアでは先月25日、4年に一度の大統領選が行われた。現職のブハリ氏を巡っては、現行憲法の規定に基づいて連続での3選が禁止されるなかで今回の大統領選に出馬することが出来ず、その行方に注目が集まった。今回の大統領選を巡っては、ブハリ氏からの後継指名を受けるなど現政権の継承を目指す与党APC(全進歩会議)のボラ・ティヌブ氏(元ラゴス州知事)のほか、最大野党PDP(国民民主党)のアティク・アブバカル氏(元副大統領)、野党LP(労働党)のピーター・オビ氏(元アナンブラ州知事)、野党NNPP(新ナイジェリア国民党)のラビウ・クランクワソ氏(元カノ州知事)という有力4候補による選挙戦が展開された。なお、4年前の前回大統領選では直前に準備不足を理由に投票が1週間延期され、開票を巡っても混乱が生じるなどの動きがみられた(注1)。今回の大統領選については予定通りに投開票が行われたものの、事前にはインターネット上で様々な偽情報(フェイク・ニュース)が飛び交うとともに、その内容を巡って選挙委員会が『火消し』を迫られる事態に発展するなど混乱が広がった。この背景には、今回の大統領選がティヌブ氏、アブバカル氏、オビ氏の3人が一定の支持を得るなど事実上の『三つ巴』の様相を呈するとともに、事前の世論調査においては一部でオビ氏の支持率が他の2候補を上回る動きがみられるなど接戦が予想されたことも影響している。同国政界においては、1999年の民政移管後はAPCとPDPの二大政党が交互に政権を担う展開が続いてきたものの、元々PDP出身のオビ氏がLPに合流した後は既存政治に対する批判票を追い風にオビ氏の支持拡大に繋がる動きがみられた。同国はアフリカ大陸において最大の経済規模、且つ人口を擁する上、域内最大の産油国であるなど存在感を有するなか、コロナ禍の影響を受ける形で2020年の経済成長率は▲1.8%と4年ぶりのマイナス成長に陥ったものの、その後は感染一服による経済活動の正常化に加えて、原油の国際価格の上振れも追い風に景気は底入れの動きを強めている。他方、ウクライナ情勢の悪化をきっかけとする商品高の動きは食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招いている上、足下においては景気回復の動きも追い風にコアインフレ率も加速している。ただし、景気回復の動きにも拘らず若年層を中心に雇用を取り巻く状況は厳しい展開が続いており、インフレの高止まりも相俟って国民生活は困難に直面しており、既存政治に対する批判が強まる一因になっている。さらに、同国北部や北東部ではイスラム過激派のボコ・ハラムが活動を活発化させるとともに、近年は身代金を目的とする拉致事件も頻発するなど治安情勢の悪化が続いている。ブハリ現政権はボコ・ハラムの掃討による治安の改善を目指してきたものの、長年に亘る既存政党による統治の下では状況が大きく好転するに至っておらず、こうした点でも既存政治に対する忌避感が強まってきた。

図表1
図表1

図表2
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同国の選挙法においては36州と首都アブジャのうち3分の2以上において4分の1を上回る得票率を得ることを前提に、合計得票率が最大となった候補者を勝利者とすることが定められている(仮に条件をクリアする候補者が居ない場合は、得票率の上位2名による決選投票が行われる)。こうしたなか、選挙管理委員会は1日大統領選の結果を公表してティヌブ氏が辛うじて条件をクリアするとともに勝利したことを明らかにしている。なお、今回の大統領選における投票率は26.71%と2019年の前回大統領選(34.75%)から▲8.04pt低下しており、1999年の民政移管後に実施された大統領選のなかで最も低水準となっている。ティヌブ氏は37州・地域のうち12州において最多得票となるとともに、総得票数も879万票(得票率36.61%)に達する一方、アブバカル氏も北部を中心に12州において最多得票となるも総得票数は698万票(同29.07%)、オビ氏も12州において最多得票となるも総得票数は610万票(同25.40%)に留まり、これまでの大統領選に比べて票が大きく割れた。また、ティヌブ氏の地元である最大都市(ラゴス)を擁するラゴス州ではオビ氏が僅差で最多得票となったほか、首都アブジャについてもオビ氏が最多得票となるなど、大都市部を中心に既存政治に対する反発が強まっていることが改めて明らかになった格好である。さらに、この選挙結果に対してアブバカル氏、及びオビ氏の陣営は選挙管理委員会による集計に問題があったことを理由に受け入れない考えを示しており、5月末の次期大統領就任まではまだまだ紆余曲折も予想される。事実、選挙管理委員会による開票作業を巡っては、責任者に殺害予告のメッセージが送られたことを理由に結果公表を一時的に中止する事態に追い込まれるといった混乱もみられた。過去には敗北した陣営の支持者などが激しい抗議活動を展開するとともに、暴動に発展した例が散見されることを勘案すれば、今回についても同様の事態となる可能性に加え、ボコ・ハラムをはじめとする武装組織がその期に乗じて活動を活発化させることも考えられる。他方、ティヌブ氏は勝利宣言のなかで「私たちの国はここにしかなく、ひとつの国ゆえに一緒に作り上げなければならない」と訴えるなど野党に和解を呼び掛ける動きをみせる一方、選挙結果について「不備は比較的小さく、結果に影響を与えるほどに重要なものではない」との考えを示すなど、野党による反発に自制を求める考えを示した。なお、ティヌブ氏は元々会計士ながら1990年代に政界入りを果たし、民政移管後は1999年から2007年にかけてラゴス州知事を務めて同州の成長をけん引したことで評価を得る一方、州知事時代には資金洗浄や票の買収などに関与した疑惑が指摘された経緯がある。よって、ティヌブ氏の大統領就任後にはこうした問題が政権運営に悪影響を与える懸念がある上、APCの大統領候補を選ぶ際の予備選に際して懸念された派閥争いが再燃する可能性もくすぶる。その意味では、ティヌブ次期政権を巡っては、経済や治安情勢を巡って課題が山積している上、政権運営そのものにも不透明感がくすぶるなど難題が待ち構えていると捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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