トルコ、外需と家計支援策が景気けん引も、物価抑制の兆しはみえず

~商品高や景気対策に加え、定石では考えられない政策によるリラ安も先行きの不透明要因に~

西濵 徹

要旨
  • トルコではコロナ禍に際して度々感染拡大に直面するも、実体経済の悪化を警戒して政府は行動制限に及び腰の対応を続けてきた。年明け以降も感染が再拡大したが、ワクチン接種を受けて「ウィズ・コロナ」戦略を維持した上でエンデミックに移行させている。結果、リラ安も追い風に外国人観光客は急拡大している。他方、インフレ加速にも拘らず中銀は利下げに動くなど経済学の定石で考えられない政策運営を行っており、リラ安の進展も追い風に、先行きもインフレの高止まりが家計部門の実質購買力の重石になると懸念される。
  • 足下の景気はリラ安を追い風とする外需の堅調さが期待される一方、内需を取り巻く状況は厳しさが懸念されるものの、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+8.54%と8四半期連続のプラス成長となり、成長率も加速するなど景気の底入れが続いている。リラ安を追い風に財及びサービス輸出は堅調な推移が続き、最低賃金の大幅引き上げやサービス部門を中心とする雇用改善は家計消費を下支えしている上、ロシア人富裕層による資金逃避は住宅投資を押し上げている。その一方、政府の支援策にも拘らず企業部門の設備投資意欲は弱含んでおり、こうした状況を反映して分野ごとの景気の跛行色も一段と鮮明になっている。
  • 先行きは輸出の4割を占めるEU景気の不透明感が外需の足かせとなり得る上、商品市況の上振れやリラ安、景気対策が物価高を招く懸念がくすぶるなど内需を取り巻く状況も厳しさを増す懸念が高い。外交問題などによるリラ安懸念は後退するも、経済のファンダメンタルズは極めて脆弱であり、金融市場の動揺による影響が懸念される。政治の季節が近付くなかでトルコ経済を巡る状況は急速に厳しくなる懸念はくすぶる。

一昨年来のコロナ禍に際して、トルコでは度々感染拡大が確認されたものの、エルドアン政権は実体経済への悪影響を最小化すべく行動制限の対象を限定する対応が採られ続けた結果、コロナ禍の影響が最も色濃く現われた2020年も経済成長率は+1.8%とプラスを維持した。しかし、これは前年の経済成長率が2018年のいわゆる『トルコ・ショック』の余波を受ける形で下振れししており、その反動により押し上げられたことを考慮する必要がある。他方、その後は中国による『ワクチン外交』も追い風にワクチン接種が大きく前進したことも追い風に、経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略への転換が進むとともに、国際金融市場でのリラ安を受けた価格競争力の向上を追い風に財輸出に加え、外国人観光客の受け入れ拡大も進むなど、外需をけん引役に景気の底入れが進んでいる。なお、昨年末以降は感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが広がったものの、政府は感染力が強い一方で重症化率が低いことを理由に強力な行動制限に対して及び腰の対応を採るなど、引き続き実体経済への悪影響を抑える姿勢を維持した。さらに、6月以降は新規陽性者数の公表を1週間ごとに行うべく変更するなど、事実上のエンデミック(一定期間で繰り返される流行)への移行を図るとともに、行動制限を緩和するなど経済活動の正常化に向けた動きを前進させている。こうしたことも追い風に、足下の外国人観光客数はコロナ禍前を上回る水準に回復しており、EU(欧州連合)諸国やロシアからの拡大が全体を押し上げるなど、景気回復をけん引することが期待される。他方、昨年来の世界経済の回復を追い風とするエネルギー資源価格の底入れに加え、年明け以降はウクライナ情勢の悪化による供給懸念も重なり幅広く商品市況は上振れするなど、世界的なインフレが懸念されるなか、同国はエネルギー資源の大宗を輸入に依存するなど価格動向が貿易赤字や物価動向を大きく左右しており、昨年後半以降のインフレ率は加速してきた。こうした状況にも拘らず、中銀は昨年末にかけて4会合連続の利下げに動いたことでリラ相場は大きく混乱したことを受け、政府はリラ相場の安定を目的にトルコに在住する国民のリラ建定期預金を対象にハードカレンシーに対する価値を政府が保障する『奇策』に追い込まれた(注1)。その後のリラ相場は一旦落ち着きを取り戻すも、幅広い商品高を受けたインフレ昂進に加え、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を理由にリラ相場は再び調整の動きを強めており、輸入物価を通じてインフレが一段と昂進する事態に直面している。直近7月のインフレ率は前年比+79.6%、コアインフレ率も同+61.7%と中銀の定めるインフレ目標(5%)を大きく上回る水準に加速しているにも拘らず、中銀は先月の定例会合で8会合ぶりの利下げに動くなど経済学の定石では全く考えられない対応をみせている(注2)。足下のリラ相場は米FRB昨年末のリラ相場の混乱に際して記録した最安値を再びうかがう動きをみせるなど、輸入物価を通じたインフレ圧力がくすぶるなど家計部門は厳しい状況に直面していると考えられる。

図表1
図表1

図表2
図表2

このように足下のトルコ経済を巡っては、外需と内需を取り巻く環境に大きな違いが生じているとみられるものの、4-6月の実質GDP成長率は前年同期比+7.6%と前期(同+7.5%)からわずかに伸びが加速するなど堅調な推移が続いている。前期比年率ベースでは+8.54%と8四半期連続のプラス成長となるなどコロナ禍からの景気底入れの動きが続いている上、前期(同+2.72%)から拡大ペースが加速しているほか、実質GDPの水準はコロナ禍の影響が及ぶ直前の2019年10-12月と比較して+18.6%上回ると試算されるなどコロナ禍の影響を完全に克服していると捉えられる。輸出全体の約4割を占めるEU景気に不透明感が高まる動きがみられるものの、リラ安による価格競争力の向上を追い風に財輸出は底堅い動きをみせているほか、商品市況の上振れも追い風に輸出全体の2割を占める中東向け輸出も堅調に推移している。また、リラ安や行動制限の緩和も追い風に上述の通り足下の外国人観光客数は底入れの動きを強めており、この動きを反映してサービス輸出も大きく押し上げられるなど外需が景気を押し上げる動きが続いている。また、上述のように足下のインフレ率は大きく加速するなど家計部門の実質購買力の重石になることが懸念されるものの、政府は今年からインフレ対応を目的に最低賃金を50%と大幅に引き上げるなどの対応をみせているほか、外需の回復を追い風とする雇用改善の動きが下支え役となる形で家計消費は引き続き堅調な動きをみせている。さらに、足下においてもウクライナ情勢は先行きのみえない状況が続くなかで同国はロシア人富裕層による資金逃避先のひとつとなる展開が続いており(注3)、不動産投資は引き続き活発化するなど引き続き住宅投資を大きく押し上げている。一方、政府は輸出企業を対象とする優遇与信制度を無制限とするなどの企業支援を強化しているものの、リラ安に歯止めが掛からない状況が続くなかで企業部門の設備投資意欲は弱含むなど固定資本投資は低迷している。こうした状況を反映して、分野別の生産動向も観光関連や金融関連などサービス業の生産は大幅に拡大している一方、製造業や鉱業部門の生産は拡大が続くも力強さに欠ける展開が続いており、景気を巡る跛行色がこれまで以上に拡大している様子がうかがえる。

図表3
図表3

図表4
図表4

図表5
図表5

なお、先行きの同国経済を巡っては、米FRBなど主要国中銀がタカ派傾斜を強める姿勢をみせていることを勘案すれば(注4)、リラ安圧力が掛かりやすい状況が続くことで価格競争力の押し上げが外需の下支えに繋がるとの期待はある。しかし、エネルギーや食料品など生活必需品を中心とする世界的なインフレが続いている上、ECB(欧州中央銀行)によるタカ派傾斜を受けた物価高と金利高の共存が財輸出の約4割を占めるEU景気の足かせとなることが懸念されるなど、先行きの外需は不透明感が高まりやすい状況にある。また、国内経済についてもインフレが続いているにも拘らず中銀は利下げに動くなど定石では考えられない政策運営を行っている上、商品高によるインフレ圧力に加え、最低賃金の大幅引き上げをはじめとするなど政府の対応も物価上昇に繋がりやすいなか、先行きもリラ安が続くことで輸入物価を通じてインフレ圧力が掛かりやすいなど高止まりが続く可能性は高く、家計部門を取り巻く状況は一段と厳しさを増すことも考えられる。ウクライナ問題を巡っては、同国と国連が仲介する形でウクライナ国内に滞留する穀物の輸出再開の動きは前進しており、上振れした穀物価格は一転頭打ちしているほか、こうした動きに対して欧米などもエルドアン政権を評価する動きをみせるなど、外交関係の悪化などを理由にリラ安圧力が強まる事態は見通しにくくなっている。しかし、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は極めて脆弱な上、外貨準備高も国際金融市場の動揺に対する耐性が極めて乏しいと見做されるなか、国際金融市場に何らかのショックが生じた場合はそのことをきっかけにリラ安圧力が強まる懸念はくすぶる。同国では来年6月に次期大統領選(第1回投票)と総選挙が実施されるなど『政治の季節』が近付いているものの、経済の先行きのみならず、政策運営についてもリスクが山積するなど、トルコ経済を取り巻く状況は急速に厳しいものとなる可能性に留意する必要があろう。

図表6
図表6

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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