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2021.12.21
アジア経済
アジア金融政策
トルコ経済
トルコ、リラ建預金の「実質的な米ドルペッグ」という奇策を発表
~リラの安定を目指すも持続性は不透明、「鉄火場」の様相を呈するリラ相場は今後も大揺れが続こう~
西濵 徹
- 要旨
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- トルコでは、インフレが昂進するなかでも中銀はエルドアン大統領の圧力に押されて連続利下げを実施し、リラ相場は調整する動きが続いてきた。こうしたなか、エルドアン大統領は20日にリラ安に苦しむ家計部門の支援に向けて、リラ建預金に対して為替変動による損失を政府が補填するという「奇策」を発表した。政府はリラ相場の防衛に向けた奇策に動いたが、具体策に加えて持続性も不透明な上、利払い負担の軽減に向けて中銀に利下げ実施を求めれば、リラ相場が調整して反って財政負担が増大するリスクもくすぶる。足下のリラ相場は「鉄火場」の様相を呈するなか、今後も「心理戦」によって弄ばれる展開が続くことが予想される。
トルコを巡っては、インフレが昂進する展開が続いているにも拘らず、中銀は『金利の敵』を自任するエルドアン大統領の『圧力』に押される形で独立性を失い、9月以降連続で利下げを実施するなど経済学の定石では考えられない政策運営に動いていることを受け、通貨リラ相場は調整を続ける展開が続いてきた。中銀は、今月16日に開催した定例会合において4会合連続の利下げ実施を決定するとともに、過去4回の利下げ実施の効果を再評価する姿勢をみせたものの(注1)、金融市場においては年明け以降も同行は追加利下げを余儀なくされるとの見方がくすぶり、リラ相場は最安値を更新した。急激なリラ安の進展は、輸出競争力の向上や外国人観光客にとって『割安感』に繋がる一方、家計部門にとっては輸入物価の上昇が食料品やエネルギーなど生活必需品のみならず、日用品などの物価上昇を招くほか、企業部門にとっては対外債務の負担増に繋がるなど、幅広い経済活動の足かせとなることが懸念された。こうした状況を受けて、エルドアン大統領は20日、リラ安に苦しむ家計部門の負担軽減に向けてリラ建預金の資産価値を政府が保護するという『奇策』を発表した。具体的な方法などは明らかにされていないものの、リラ建預金を奨励する観点から、リラ建預金者に対してハードカレンシーに対するリラ相場の調整が想定利回りを上回る場合に当該損失をすべて政府が補償するとしており、リラ建預金が実質的に米ドルにペッグされることとなる。これ以外にも、企業部門の負担軽減に向けて法人税を1%引き下げるほか、このところの急激なリラ安の影響が直撃している貿易業者に対する金融支援策、リラ建国債に対する免税措置、年金生活者などに対する経済支援を行う方針を明らかにしている。エルドアン大統領は一連の施策の発表に合わせて「今後は為替レートに対する懸念を理由に預金をリラから外貨に替える必要はなくなる」と述べるなど、足下で預金に占める外貨比率が6割を上回るなど経済の『ドル化』の進展を食い止める考えを改めて示した。なお、今回トルコ政府はリラ相場の安定に向けて、リラ建預金に対して為替変動による損失補填を行うという『奇策』に動く方針を示したものの、その持続性については不透明である上、利払い負担の軽減に向けて中銀に対して一段の利下げを要求すれば、今回の決定を受けて一転上昇したリラ相場に再び調整圧力が強まり、結果的に財政負担の増大を招く可能性もくすぶる。足下のリラ相場を巡っては完全に『鉄火場』の様相を呈しており、今後も金融市場とエルドアン大統領との心理戦によって大きく揺さぶられる展開が続くと予想される。

注1 12月17日付レポート「トルコ中銀の「逆走」はまだまだ続きそうだ...」
西濵 徹


- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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