トルコ中銀の「暴走特急」は再出発!

~中銀の根拠は完全に破たん、ポリシーミックスの事実上の撤回も予想され、リラ相場は正念場に~

西濵 徹

要旨
  • 18日、トルコ中銀は政策金利を100bp引き下げて1週間物レポ金利を13.00%とする決定を行った。同行は昨年末にかけて4会合連続の利下げに動くも、年明け以降は金利を据え置く対応を維持してきた。これは、商品高による世界的なインフレを受け、米FRBなど主要国中銀がタカ派傾斜を強めたことが影響している。しかし、同国の仲介によるウクライナ産穀物の輸出再開などに伴い商品市況は頭打ちしており、先行きの物価安定を期待して一転利下げに動いたとみられる。次期大統領選・総選挙まで残り1年を切るなかで家計及び企業ともにマインドが下振れするなど景気減速懸念が高まっており、「金利の敵」を自認するエルドアン大統領の圧力も影響したと考えられる。ただし、昨年末の利下げ局面ではコアインフレの鈍化をその根拠にしたが、足下では加速感を強めていることを勘案すれば根拠は完全に破たんしている。現行のポリシーミックスも事実上撤回を余儀なくされると予想されるなど、先行きのリラ相場は正念場を迎えることになろう。

欧米など主要国を中心に世界経済はコロナ禍からの回復が続いたことに加え、ウクライナ情勢の悪化による供給懸念も重なり、国際商品市況は幅広く上振れしており、世界的にインフレ圧力が強まる展開が続いている。こうした動きは米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を招き、国際金融市場においてはコロナ禍対策を目的とする全世界的な金融緩和に伴う『カネ余り』の手仕舞いが進んでおり、世界的なマネーフローに変化を与えている。こうした市場環境の変化は、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出が強まる事態を招いており、商品高に加えて通貨安に伴う輸入物価の押し上げがインフレのさらなる昂進を招く懸念が高まっている。トルコは経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』に加え、インフレも常態化している上、外貨準備高も国際金融市場の動揺への耐性が極めて乏しいなど経済のファンダメンタルズは極めて脆弱であり、過去の金融市場の動揺に際しては資金流出が集中する傾向がみられる。さらに、このところの商品高は輸入増を通じて経常赤字の拡大を招いている上、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とする物価上昇に加え、通貨リラ安によるインフレのさらなる昂進が懸念される難しい状況に直面している。なお、ウクライナ問題を巡っては、同国と国連が仲介する形でウクライナ国内に滞留する穀物の輸出再開の動きが前進しており、上振れした穀物価格は一転頭打ちしている。さらに、米FRBなどのタカ派傾斜による金利高と物価高の共存は景気に冷や水を浴びせる懸念が高まるなか、世界経済を巡る不透明感の高まりも影響して国際原油価格は頭打ちするなど、商品市況を取り巻く状況に変化の兆しがうかがえる。国際金融市場においては先月半ば以降に米ドル高圧力が一服する動きがみられたものの、トルコでは中銀がインフレ昂進にも拘らず昨年末にかけて4会合連続の利下げ実施に踏み切ったほか(注1)、年明け以降もインフレの一段の昂進に加え、主要国中銀のタカ派傾斜にも拘らず緩和姿勢を維持するなど『逆行』の動きを強めており(注2)、結果的にリラ相場はじり安が進んで昨年末に記録した最安値を再びうかがう展開をみせている。よって、上述のように足下の国際商品市況は頭打ちする動きがみられるものの、直近7月のインフレ率は前年比+79.6%と高止まりして中銀の定めるインフレ目標(5%)から大きく乖離する推移が続いている。こうしたなか、中銀は18日に開催した定例会合において政策金利(1週間物レポ金利)を100bp引き下げて13.00%とする決定を行った。同国による利下げ実施は昨年12月以来8会合ぶりとなるが、インフレの昂進が続くなかでの利下げ実施を巡っては、予てより『金利の敵』を自認するエルドアン大統領の意向が強く影響したと考えられる。なお、会合後に公表された声明文では、世界経済について「地政学リスクが経済活動の足かせになっている」、「食糧面の制約要因は同国の介入で緩和しているが、世界的な物価上昇は続いている」ほか、「主要国中銀の政策運営を巡って金融市場で認識の乖離が続いている」との見方を示している。一方、同国経済については「外需をけん引役に回復が続き、観光関連を中心に雇用拡大や対外収支の改善が続く」一方で「エネルギー価格の高止まりと海外経済の減速は対外収支を巡るリスクを招く」とし、「資金動向を注視しつつマクロプルーデンス政策を強化する」としたものの、前回会合まで示された「必要に応じて追加対策を講じる」との文言は外されるなど、金融引き締めを放棄したと捉えられる。また、足下の物価上昇は「地政学リスクによるエネルギー価格の上昇、経済のファンダメンタルズに基づかない価格形成、世界的な供給制約に拠るもの」とした上で、先行きは「紛争解決プロセスや持続可能な物価及び金融安定化策の強化も追い風にディスインフレプロセスが始まる」との従来の見方を維持した。その上で「先行きの景気下振れが意識される上に不透明感が高まるなか、成長のモメンタムと雇用拡大を維持すべく金融環境を緩和状態に維持することが重要」として100bpの利下げ実施を正当化するとともに、金利水準について「現在の見通しの下で適切」との見方を示した。先行きについては「インフレの恒久的な低下と中期目標の実現を示唆する指標が確認されるまで、リラ化戦略の枠組のなかで利用可能な手段をすべて行使する」とこれまでの考えを維持したものの、利下げ実施により現行のポリシーミックスは事実上撤回を余儀なくされると予想される。なお、昨年末の利下げ局面において中銀はコアインフレ率の鈍化を利下げ実施の根拠としたものの(注3)、足下のコアインフレ率は加速の度合いを強めている上、前月比の上昇ペースはヘッドラインを上回っていることを勘案すれば、これまでの根拠は完全に破たんしている。足下では家計、企業ともにマインドが一段と下振れするなど景気を取り巻く状況は厳しさを増しており、来年6月の次期大統領選(第1回投票)及び総選挙まで残り1年を切るなど『政治の季節』が近付くなか、中銀の政策運営はこれまで以上にリスクに晒されることが予想され、リラ相場にとっても正念場となることは避けられないであろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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