トルコはプラス成長を維持も、この内容をどう評価したものだろう?

~内・外需が下振れする一方、ロシア人富裕層の逃避資金が不動産投資を押し上げる奇妙な展開~

西濵 徹

要旨
  • コロナ禍のトルコを巡っては、度々感染拡大に直面するも、実体経済の悪化を警戒するエルドアン政権は行動制限を限定するとともに、利下げ実施による景気下支えを図ってきた。景気はコロナ禍からの回復を実現する一方で金融市場からの評価は低下が続く。年明け以降も感染再拡大が直撃するも、行動制限は緩和が続いた。ただ、足下では感染動向は改善しており、人の移動も底入れするなど景気回復を促すとみられる。
  • 感染再拡大の悪影響が懸念されたが、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+4.89%と7四半期連続のプラス成長を維持した。リラ安により外国人観光客は底入れする一方、EU景気の減速が財輸出の重石となり、雇用回復の一服やインフレに伴う実質購買力の下押しは家計消費の足かせとなっている。ただ、ウクライナ問題を受けたロシア人富裕層の資金逃避に伴う住宅投資の活発化が景気を押し上げている。また、内・外需が弱含むなかで在庫の積み上がりも確認されるなど、プラス成長を維持するも内容は極めて厳しい。
  • 先行きは感染動向の改善が期待される一方、金融市場では経済政策に加え、外交政策を巡る不透明感もリラ安圧力となるなか、商品市況の上振れも重なりインフレの高止まりを招くなど、家計、企業ともにマインドは下振れしている。経常収支も悪化するなど経済のファンダメンタルズは悪化しており、トルコ経済は表面的には回復が続くが、その背後では国際金融市場の動揺に対する耐性は着実に低下していると判断出来る。

コロナ禍のトルコを巡っては、度々感染拡大に見舞われたものの、エルドアン政権は実体経済への悪影響を最小化する観点から行動制限の対象を限定する対応が続けられたため、コロナ禍の影響が最も色濃く現われた一昨年の経済成長率は+1.8%とプラスを維持するなどコロナ禍対応に成功したかにみえた。ただし、これは前年の経済成長率がいわゆる『トルコ・ショック』の余波を受ける形で下振れしたことの反動が影響していることに留意する必要がある(注1)。なお、その後の同国は中国の支援を追い風にワクチン接種が進展したことを受けて経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略が採られたほか、通貨リラ安による価格競争力の向上を背景に財輸出のみならず、外国人観光客の受け入れも進むなど外需をけん引役に景気の底入れが促された。結果、昨年の経済成長率は+11.0%と10年ぶりの二桁成長となるなど久々の高成長を実現するとともに、統計のゲタを考慮しても堅調な景気回復が確認されるほか、マクロ面でもコロナ禍の克服が着実に進んでいる様子がうかがわれる(注2)。ただし、景気回復を目指す背後でインフレが昂進しているにも拘らず、中銀は『金利の敵』を自認するエルドアン大統領の圧力に屈する形で利下げを余儀なくされるなど、経済学の『定石』では考えられない政策運営に舵を切る動きがみられた。これを受けて昨年末にかけて通貨リラ相場の調整圧力が強まり、政府はトルコ在住の国民によるリラ建定期預金についてハードカレンシーに対する価値を補償する実質的な米ドルペッグという『奇策』に動いた(注3)。奇策によりリラ相場は一旦落ち着きを取り戻すも、年明け以降はオミクロン株による感染再拡大の動きが広がるとともに、新規陽性者数も過去の『波』を大きく上回る水準となるなど感染動向は急激に悪化した。さらに、上述のようにエルドアン政権は実体経済への悪影響を最小化すべく、検査対象を有症状者のみに限定するとともに、隔離義務の緩和など行動制限を緩和する動きを進めたため、人の移動の底堅さが感染動向の悪化を招く悪循環に繋がったとみられる。ただし、新規陽性者数は2月初旬を境に頭打ちに転じるとともに、先月以降は人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)も10人台で推移するなど感染収束に向けた動きが大きく前進している。そして、感染動向の改善に歩を併せる形で人の移動は底入れの動きを強めており、景気回復を促すと期待される。

図 1 トルコ国内における感染動向の推移
図 1 トルコ国内における感染動向の推移

図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

上述のように感染再拡大による悪影響が懸念されたことを受けて、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+4.89%と7四半期連続のプラス成長になるも、前期(同+6.18%)から拡大ペースは鈍化しているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+7.3%と前期(同+9.1%)から鈍化するなど頭打ちの様相を強めている。プラス成長が続いている上、実質GDPの水準はコロナ禍の影響が及ぶ直前の2019年末時点と比較して+15.9%も上回るなど、一見すればマクロ経済面でコロナ禍の克服が一段と進んでいる様子がうかがえる。しかし、その内訳をみると非常に評価に迷うのが実情と捉えられる。過去数年に亘るリラ安も追い風に外国人観光客数は底入れの動きを強めており、サービス輸出は拡大の動きを強めているとみられるものの、財輸出の半分以上を占めるEU(欧州連合)景気が頭打ちの様相を強めていることを受けて総輸出は4四半期ぶりの減少に転じるなど、外需に下押し圧力が掛かる様子が確認されている。さらに、年明け以降は雇用回復の動きに一服感が出ている上、国際商品市況の上振れやここ数年のリラ安に伴う輸入物価の押し上げも重なりインフレが加速感を強めるなど家計部門の実質購買力に下押し圧力が掛かるなか、行動制限の緩和を受けた昨年末にかけてのペントアップ・ディマンドの発現が一巡したことも重なり、家計消費は7四半期ぶりの減少に転じている。他方、上述のように昨年末にかけて中銀は断続的な利下げ実施に動くなど景気下支えの動きを強める一方、年明け以降のインフレは一段と加速するなど実質金利が大幅マイナスとなるなか、住宅投資が活発化しており、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた欧米諸国などによる対ロ経済制裁の強化を受けて、ロシアの富裕層が資金逃避の動きを強めるなかで同国の不動産投資が活発化していることも住宅投資を促す一助になっている。ただし、このように家計消費をはじめとする内需が力強さを欠く動きをみせていることを反映して、輸入は輸出を上回るペースで減少するなど純輸出の成長率寄与度はプラスで推移している上、在庫投資の成長率寄与度も大幅なプラスに転じており、在庫の積み上がりがプラス成長を維持する大きな要因になっていると捉えられる。分野別の生産動向についても、内・外需の下振れに加え、ウクライナ問題の激化や中国の『ゼロ・コロナ』戦略に伴うサプライチェーンの混乱を受けて製造業の生産が下振れしているほか、金融関連や不動産関連を除くサービス業の生産も鈍化しており、自然災害の頻発も重なり農林漁業の生産も弱含んでいる。その一方、不動産需要の活況を反映して建設業の生産が大きく上振れして成長率の押し上げに寄与している。よって、足下のトルコ景気を巡っては内・外需ともに力強さを欠く動きをみせる一方、ウクライナ問題を受けたロシア人富裕層の逃避資金が景気を押し上げる奇妙な状況にあると捉えられる。

図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

図 4 外国人観光客数の推移
図 4 外国人観光客数の推移

図 5 建設動向の推移
図 5 建設動向の推移

先行きについては、上述のように感染動向は改善の動きを強めるなどコロナ禍の影響は大きく後退している一方、ウクライナ問題をきっかけとする幅広い国際商品市況の上振れを受けて家計及び企業部門問わずインフレ圧力に直面しており、ともに足下でマインドは下振れするなど景気を巡る状況は厳しさを増している。足下のインフレ率は一段と加速の度合いを強めているほか、上述の『奇策』を受けて一旦は落ち着きを取り戻したリラ相場は国際金融市場を取り巻く環境の変化も影響して再び調整の動きを強めているものの、中銀は引き続き金融緩和による景気下支えを重視する姿勢を維持しており、こうした政策が変更される可能性は極めて低い(注4)。他方、4月末にトルコの裁判所は国家転覆罪で逮捕、拘留中のトルコ人実業家に対する終身刑の判決を下すなど欧米諸国との関係悪化の火種が再燃する動きのほか(注5)、北欧のフィンランド及びスウェーデンによるNATO(北大西洋条約機構)加盟に対して反対を表明するなど揺さぶりを掛ける動きをみせている(注6)。こうした状況も通貨リラ相場の調整圧力が高まる一因になっているとみられ、国際商品市況の上振れも相俟って先行きもインフレがしばらく高止まりする可能性は高まっている。幅広い国際商品市況の上振れを受けて足下の経常収支は赤字幅が急拡大する動きが確認されており、トルコは只でさえ外貨準備高が過小状態にあるなど対外収支を巡るリスクが懸念されるなか、国際金融市場の動揺に対する耐性は着実に低下している。その意味では、表面上は景気の底入れが続くなどトルコ経済は堅調な様相を呈しているものの、その背後で経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は悪化の度合いを増すなど、その対応は急速に困難を増している。

図 6 消費者信頼感と製造業 PMI の推移
図 6 消費者信頼感と製造業 PMI の推移

図 7 経常収支の推移
図 7 経常収支の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ