スリランカ、ウィクラマシンハ新大統領誕生も、先行きは見通せず

~IMFは早期の協議再開を目指すも中国の対応は不透明、国民の政治不信も足かせとなる懸念~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは、コロナ禍による観光業への打撃に加え、前政権が実施した肥料及び農薬禁止策で農業が壊滅状態に陥るなど外貨不足に陥った。さらに、ここ数年は「債務の罠」が顕在化し、ウクライナ問題の悪化による商品高、米FRBのタカ派傾斜なども重なりインフレが昂進するなど国民生活に深刻な悪影響が出ている。反政府デモが激化した結果、ラジャパクサ前大統領は国外逃亡の後辞任する事態に追い込まれた。議会での大統領選を経てウィクラマシンハ前首相が新大統領となる。IMFは新政権との支援協議の早期再開を目指す一方、中国が債務再編に動く可能性は低く事態打開が進むかは不透明である。国民の間にはウィクラマシンハ氏をはじめ既存政治家への不信も根強いなか、現状は先行きがまったく見通せない状況にある。

スリランカでは、一昨年来のコロナ禍による観光業の停滞に加え、外貨の節約を目的にラジャパクサ前政権が『有機農業革命』と称した化学肥料と農薬の使用禁止策に動いたことで農業生産も壊滅状態に陥り、主要な外貨獲得手段を失ったことで外貨不足に陥った。他方、2000年代半ば以降の同国では中国の支援を通じたインフラ投資の拡大が景気を押し上げる動きがみられるも、収益性の低いインフラ建設が進む一方で債務を巡る元利払いが滞り、権益が中国企業に接収される『債務の罠』に陥るなど財政問題に発展してきた。こうした経済危機状態に直面するなか、ウクライナ問題の激化を受けた幅広い商品市況の上振れは輸入増を通じて外貨不足を加速させており、食料品とエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招いている。さらに、世界的なインフレによる米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜の動きは、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出を加速させており、スリランカにおいては通貨ルピー安が進んで輸入物価を押し上げるなどインフレを一段と昂進させている。また、同国は多くの財を海外からの輸入に依存するなかで外貨不足を理由に輸入が困難になり、物資不足が深刻化するとともに、エネルギー不足が経済活動の足かせとなるなど国民生活に深刻な悪影響が出ている。こうした事態を受けて、3月以降は最大都市のコロンボを中心に全土でゴタバヤ・ラジャパクサ前大統領の退陣を求めるデモが活発化し(注1)、2000年代半ば以降に政界を牛耳るとともに足下の経済危機の『元凶』を招いたラジャパクサ一族に対する批判に発展したため、5月にはマヒンダ・ラジャパクサ前首相(元大統領)の辞任による幕引きを狙う動きをみせた(注2)。後任首相には野党のラニル・ウィクラマシンハ氏が就任し、『反ゴタバヤ』姿勢を鮮明にしつつ挙国一致内閣の樹立を図る動きをみせたものの(注3)、IMF(国際通貨基金)からの支援受け入れに向けた協議は難航が避けられない状況が続いた(注4)。しかし、3月後半以降断続的に続いた反政府デモの動きは、今月9日に大統領公邸の占拠やウィクラマシンハ首相の私邸放火という形で激化したため、ウィクラマシンハ氏とラジャパクサ氏はともに首相、大統領職を辞任する事態に発展した(注5)。なお、ラジャパクサ氏はモルディブを経由してシンガポールに逃亡した後、議会のアベイワルデナ議長に対して辞表を提出して正式に辞任する一方、ウィクラマシンハ氏が大統領代理となる形で議会において新大統領選出に向けた手続きが進められた。20日に議会が実施した大統領選には、ウィクラマシンハ氏のほか、与党・スリランカ人民戦線(SLPP)出身でラジャパクサ政権下において複数の閣僚経験(青年スポーツ相、電力エネルギー相、マスメディア相)があるアラハペルマ氏、野党・人民解放戦線(JVP)党首のディサナヤカ氏の3人が出馬した。2019年の前回大統領選でラジャパクサ氏に惜敗した最大野党・統一人民戦線(SJP)党首のプレマダサ氏の去就に注目が集まったが、同氏は最終的にアラハペルマ氏を支援するなど与野党が入り乱れる事態となった。選挙結果はウィクラマシンハ氏が134票と半数を上回る票を獲得する一方、アラハペルマ氏が82票、ディサナヤカ氏は3票に留まり、ウィクラマシンハ氏が勝利した。なお、ウィクラマシンハ氏は与党SLPPの支援を得る形で勝利を収めたものの、同党はラジャパクサ一族の影響力が強い上、上述のように首相就任に際して反ゴタバヤ(ラジャパクサ)色を打ち出すも実態としてラジャパクサ政権の延命に繋がった経緯もあり、議会では野党をはじめとする反ラジャパクサ陣営との対立は必至とみられる。また、国民の間では若年層を中心に、6度の首相経験にも拘らず政治状況の悪化に歯止めが掛けられなかったことでウィクラマシンハ氏に対する批判が強いほか、そうした動きは既存の政治勢力全体に向けられる傾向もみられる。IMFは新政権との間で支援協議を早期に再開する考えを示しているものの、表面化しているものだけで対外債務の1割程度を占める中国は債務再編協議に後ろ向きである上、その契約の不透明さや実施主体の経験の浅さのほか、『隠れ債務』の存在も懸念されるなど実態が明らかになるなかで事態打開の道筋がみえなくなることも懸念される。ウィクラマシンハ氏は議会での選出を経て「我々は現在極めて難しい状況に直面しているが、先には大きな挑戦が待ち構えている」とともに、野党に対して「これで分断は終わり、ともにこの国が危機から抜け出せるよう力を合わせよう」と述べたものの、果たしてそうした思惑は現実化するか、現時点においては先行きがまったく見通せない状況にあると判断出来る。

図 1 インフレ率(コロンボ)とルピー相場(対ドル)の推移
図 1 インフレ率(コロンボ)とルピー相場(対ドル)の推移

図 2 外貨準備高と対外債務残高の推移
図 2 外貨準備高と対外債務残高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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