スリランカ、「破たん」処理に微かな光も、道筋は極めて険しいものに

~中国の対応、対ロ制裁の抜け穴となる動き、国民生活を巡る状況は見通せない展開が続くであろう~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは、親中派政権の下で中国の融資による「債務の罠」に嵌るとともに、コロナ禍や政策の失敗が重なり、経済及び財政は深刻な状況に陥っている。外貨不足を理由に輸入が滞り、インフレや計画停電など国民生活に深刻な悪影響が出て反政府デモが活発化し、ラジャパクサ一族の政治支配への批判も強まった。これを受けて5月にマヒンダ氏が首相を辞任し、後任にウィクラマシンハ氏が就任するとともに、財務相を兼務してIMFとの協議を主導している。協議は前進する一方、ウィクラマシンハ氏は議会に現状を「破たん国家」と説明するなど厳しい状況にあるとの認識を示した。他方、ゴタバヤ大統領はロシアに燃料輸入で支援を求めるなど、ウクライナ問題を受けた欧米などの対ロ制裁の「抜け穴」となる動きもみられる。中銀はIMFとの協議を後押しすべく7日に追加利上げを決定したが、実体経済を巡る状況は極めて不透明である。IMFとの協議前進は明るい材料だが、その後は同国民にとって険しく、難しい道のりとなることは避けられない。

インド洋のスリランカは地理的にアジアと中東を結ぶ海上交通の要衝であり、中国が習近平指導部の主導する外交戦略(一帯一路)を通じて接近を強める一方、こうした動きに同国と伝統的に関係が深いインドは警戒感を強めるとともに、米国や日本が主導する地域戦略(自由で開かれたインド太平洋構想)と協調して重要拠点に据えるなど、両陣営による『パワーゲーム』の舞台となってきた。なお、同国は親中派のラジャパクサ(マヒンダ及びゴタバヤ)政権下で中国の支援による巨額のインフラ投資を受け入れた結果、いわゆる『債務の罠』に陥るなど深刻な財政危機に陥った。また、ここ数年はコロナ禍に伴い主力産業である観光業が深刻な打撃を受けるとともに、ゴタバヤ政権が主導した化学肥料と農薬の使用禁止という場当たり的な政策運営に伴い農業も壊滅状態に陥るなど、実体経済も大きく疲弊している。結果、財政状況や対外収支の悪化を受けて外貨準備高も減少するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は脆弱さを増す事態に見舞われた。こうしたなか、同国は原油や石炭、肥料、穀物、医薬品など多くの財を海外からの輸入に依存しており、世界経済のコロナ禍からの回復に加え、ウクライナ情勢の悪化に伴う幅広い商品高を受けて外貨準備不足を理由に輸入が困難になる事態に発展した。これを受けて、需給ひっ迫によりインフレが加速するとともに、エネルギー不足を理由に計画停電が実施されるなど国民生活に悪影響が出る事態に発展した。さらに、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を受けて世界的なマネーフローが変化し、経済のファンダメンタルズの脆弱な新興国を中心に資金流出の動きが集中するなか、同国では通貨ルピー相場の調整が進んで輸入物価が押し上げられており、需給ひっ迫も重なりインフレ昂進を招いている。同国では3月以降、最大都市コロンボを中心にゴタバヤ大統領の辞任を求めるデモが激化したことを機に全土での非常事態宣言の発令に追い込まれたほか(注1)、経済の混乱に対する政府への反発がラジャパクサ一族による政治支配に対する批判に発展したため、5月にマヒンダ前首相が辞任を発表して『幕引き』を図る動きをみせた(注2)。その後、ゴタバヤ大統領は過去に4度首相に就いたラニル・ウィクラマシンハ氏を新首相に指名して局面打開を図るとともに、ウィクラマシンハ氏が財務相を兼任してIMF(国際通貨基金)との支援協議を主導するなど経済の立て直しを進める姿勢を示した(注3)。同国政府が要請したRFI(ラピッド・ファイナンシング・インストルメント)については、IMFが支援条件として「国際収支上の問題解決努力」を目的に金融引き締めや財政健全化策を求めるなか、同国政府は燃料価格の大幅引き上げやそれに伴う輸送価格の改定を承認するなど財政収支の改善に向けた取り組みを公表している。また、その後のIMFとの協議も着実に前進する動きがみられるなか、ウィクラマシンハ首相は今月5日に議会に現状について「IMFと『破たん国家(bankrupt country)』として協議しており、交渉はより困難で複雑になる」との認識を示す一方、8月末を目途に債務再編計画を提出する計画を明らかにした。その上で、IMFによる支援合意を得た後にインドや中国、日本、その他の支援国との協議を進める考えを示した。ただし、中国の債務再編を巡っては、融資自体が極めて不透明な条件の下で行われている上、債務再編の経験が乏しいことを理由に後ろ向きの姿勢をみせることが少なくないほか、新たな融資で事態を一段と悪化させる懸念もあるなどその行方は依然不透明である。また、ゴタバヤ大統領は自身のSNSにロシアのプーチン大統領に燃料輸入に向けた支援を要請したことを明らかにしており、ウクライナ問題を受けて欧米などが対ロ制裁を強化する背後で同国はロシアからの原油輸入を増やしているものの、今後もそうした動きが続く可能性が高まっている。他方、中銀は4月に物価及び為替安定を図るべく700bpの大幅利上げを実施するも(注4)、その後の経済及び政治の混乱を受けて5月は静観する姿勢をみせたが、7日の定例会合で100bpの追加利上げを決定するなどIMFとの協議前進に向けて側面支援する姿勢を示した(SDFRは14.50%、SLFRは15.50%)。ただし、足下ではガソリンや軽油などの在庫の枯渇を理由に、政府は先月末に販売を2週間停止する方針を明らかにしたほか、通勤通学の抑制を目的に全土で学校を休校としたほか、公務員に対して自宅での勤務を求めるなどの動きをみせるが事態打開が進むかは見通せない。IMFとの協議が前進していることはその後の債務再編協議を後押しすると期待されるものの、スリランカ国民にとっては険しく、難しい道となることは避けて通れないであろう。

図 1 インフレ率(コロンボ)とルピー相場(対ドル)の推移
図 1 インフレ率(コロンボ)とルピー相場(対ドル)の推移

図 2 外貨準備高の推移
図 2 外貨準備高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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