スリランカ、大統領と首相の辞任で経済再建の行方は「ふりだし」に

~暫定政権樹立と支援協議の行方に注目も、さらなる「痛み」への反発は必至で行方は極めて不透明~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは、中国の「債務の罠」による財政危機、コロナ禍による観光業の低迷、農業も壊滅状態に陥るなか、外貨不足が物資不足を招いてきた。商品高に加え、ルピー安もインフレを昂進させて国民生活に悪影響が広がるなか、反政府デモが活発化するとともにラジャパクサ一族への批判も強まった。政府はマヒンダ前首相の辞任による幕引きを狙い、ウィクラマシンハ首相はIMFなどとの支援協議を前進させてきた。しかし、9日に反政府デモは大統領公邸を占拠するなど混乱が激化したため、ウィクラマシンハ首相とラジャパクサ大統領はともに辞任する方針を明らかにした。今後は全政党による暫定政権樹立を目指すが、IMFとの協議の行方は不透明である。事態打開には相当の「痛み」が必要とみられるが、経済が疲弊するなかでのさらなる痛みには反発が強まるなど見通しが立たず、他の新興国には同国の状況が「他山の石」になるであろう。

ここ数年のスリランカは、中国による『債務の罠』に伴う財政危機のほか、コロナ禍による主力産業の観光業の低迷に加え、化学肥料と農薬の使用禁止という場当たり的な政策の影響で農業も壊滅状態に陥るなど実体経済も大きく疲弊するとともに、外貨獲得機会の喪失により外貨不足が顕在化する事態に直面してきた。こうしたなか、ウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い国際商品市況の上振れにより、原油や石炭、肥料、穀物、医薬品など多くの財を海外からの輸入に依存するなかで外貨不足を理由に輸入が困難になり、物資不足がインフレを招くとともに、エネルギー不足を理由に計画停電が実施されるなど国民生活に悪影響が出ている。さらに、物資不足に加え、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜で国際金融市場を取り巻く環境の変化を反映して、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な同国では資金流出圧力が強まり、ルピー相場の調整が輸入物価を押し上げてインフレ昂進を招いている。こうした事態を受けて、同国では3月以降に最大都市コロンボを中心にゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の辞任を求める反政府デモが激化したため、全土を対象とする非常事態宣言の発令に追い込まれた(注1)。さらに、反政府デモはここ数年に亘り政治支配を続けるとともに、足下の経済危機を引き起こす『元凶』となったラジャパクサ一族に対する批判に発展したため、5月にはマヒンダ・ラジャパクサ前首相(元大統領)が辞任することで『幕引き』を図ろうとする動きもみられた(注2)。その後、ラジャパクサ大統領は過去に4度首相を経験したラニル・ウィクラマシンハ氏を首相に指名して局面打開を目指すとともに、ウィクラマシンハ氏は財務相の兼任によりIMF(国際通貨基金)との支援協議を進めることで疲弊した経済の立て直しを主導する姿勢をみせた(注3)。また、IMFは支援条件として財政健全化や金融引き締めを求めるなか、政府は燃料価格の大幅引き上げやそれに伴う輸送価格の改定承認など財政収支の改善に向けた取り組みを進めるとともに、中銀も4月の大幅利上げに続いて7日の定例会合でも追加利上げを決定するなど、支援受け入れに向けた取り組みを着実に前進させてきた(注4)。しかし、9日に野党や労働組合、学生などの呼びかけによりコロンボで発生した大規模デモが大統領公邸を占拠するとともに、ウィクラマシンハ氏の私邸も放火されたことでウィクラマシンハ氏は首相を辞任する意向を表明したほか、事態収拾の見通しが立たない事態となったことを受けて、ラジャパクサ大統領も議会のアベイワルデナ議長に対して辞任の意向を伝えた模様である。現地報道によれば、ラジャパクサ氏は13日に大統領職を辞任する見通しであり、その後はアベイワルデナ議長が次期大統領の就任まで暫定的に大統領職を担うことになる。また、すべての政党が参加する形での暫定政府の樹立が図られる模様だが、今後はラジャパクサ氏が勝利した2019年の前回大統領選において惜敗した最大野党・統一人民戦線(SJP)党首のプレマダサ氏の去就に注目が集まっている。他方、3月末時点における対外債務残高は505億ドルに達するものの、6月末時点の外貨準備高は17.5億ドルに留まるなど外貨不足に直面するなか、同国政府及び中銀はハードデフォルトの回避を目的に対外債務の返済の『一時停止』を決定したほか、ウィクラマシンハ氏が主導する形でIMFのほか、債権国との協議を進めてきたものの、辞任により協議が停滞する可能性が高まっている。IMFが公表した声明では「財務省及び中銀の担当者との間で技術的な協議を継続している」とする一方、「協議の再開を可能にすべく現状打開が図られることを望む」など、協議の行方が不透明になる可能性を示唆している。そもそも足下の経済危機に陥る要因には、過去数年に亘って同国政府が問題を認識しながら適切な対処を怠ってきたことにあることを勘案すれば、事態打開にはそれ相当の『痛み』が生じることは避けられないが、経済が苦境に喘ぐなかでのさらなる痛みには反発が生じることも予想される。スリランカ経済を巡る動きは極めて不透明な状況にあり、他の新興国にとっても『他山の石』になると考えられる。

図 1 インフレ率(コロンボ)とルピー相場(対ドル)の推移
図 1 インフレ率(コロンボ)とルピー相場(対ドル)の推移

図 2 外貨準備高と対外債務残高の推移
図 2 外貨準備高と対外債務残高の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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