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2022.04.04
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スリランカ、経済危機を巡る暴動を受けて全土に非常事態宣言を発令
~地理的・地政学的な重要性に鑑みれば、その行方は国際社会に少なからず影響を与えよう~
西濵 徹
- 要旨
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- スリランカではここ数年その地理的な重要性を理由にパワーゲームの舞台となってきた。中国との接近により「債務の罠」の懸念が高まるなか、コロナ禍を経て財政状況や対外収支の悪化に加え、インフレの顕在化など経済のファンダメンタルズは急速に悪化している。中銀は利上げ実施による通貨ルピー相場及び物価安定に動いたが、国際商品市況の上昇で物価は一段と上振れしている。さらに、外貨準備の減少で輸入決済が滞る懸念が高まり、足下では計画停電の実施や供給不足に伴う生活必需品の物価高騰など国民生活に悪影響が出ている。先月末には反政府デモの一部が暴徒化し、政府は全土に対する非常事態宣言の発令を決定した。政府は内閣の大幅刷新による事態打開を目指すが、状況好転に繋がるかは見通しが立たない。同国が仮にデフォルトに陥った場合でも国際金融市場への影響は限定的だが、地理的及び地政学的な重要性を勘案すれば、ウクライナ情勢の行方を含めて国際社会に与える影響は小さくないと判断出来よう。
スリランカは『インド洋の真珠』との異名を持つとともに、地理的にアジアと中東を結ぶ海上交通の要衝であることから、中国は習近平指導部が主導する外交戦略である「一帯一路」の下で接近を強める一方、米国や日本、インドなどが加わる「自由で開かれたインド太平洋構想」が重要拠点とするなど、両陣営によるパワーゲームの舞台となってきた。しかし、そうした背後で同国では中国による支援の下で巨額のインフラ投資が実施される一方、稼働率の低さを理由に債務返済の見通しが立たなくなり、結果的に中国が長期に亘る租借権を得るなど、国際場裏において中国に拠る『債務の罠』として問題提起される動きがみられた。こうした状況にも拘らず、2019年の大統領選でのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の勝利(注1)、翌20年の総選挙で政権を支える最大与党SLPP(スリランカ人民戦線)を含む与党連合の勝利を受けて(注2)、その後も対中接近を強める動きをみせてきた。他方、一昨年来のコロナ禍は、世界的な人の移動の低迷を受けて同国経済の主力産業である観光関連が大打撃を受けるなど、景気に深刻な悪影響を与えている。さらに、同国の輸出財は衣類をはじめとする繊維製品のほか、農産品が大宗を占めており、世界経済の回復の動きが追い風になりにくい一方、昨年以降は世界経済の回復を受けた原油をはじめとする国際商品市況の上昇は輸入を押し上げるなど、対外収支も悪化している。また、国際商品市況の上昇に伴い昨年半ば以降のインフレ率は加速の動きを強めており、中銀は昨年8月にコロナ禍後のアジア新興国の間で最初の利上げ実施に動く事態に追い込まれている(注3)。この背景には、ラジャパクサ政権が公約に掲げた減税実施により財政状況が悪化するなか、対外収支の悪化やインフレ昂進など経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は脆弱さを増していることがある。国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜の動きを強めるなど、新興国を取り巻く環境が厳しさを増しており、それに伴い同国通貨ルピー相場の調整圧力が強まっている。なお、その後もルピー相場は調整の動きを強めるなど輸入物価を通じたインフレ昂進が懸念されるなかで中銀は今年1月、3月と追加利上げを実施しているものの、国際商品市況の上昇を理由にインフレ率は一段と加速するなど収束の目途が立たない状況が続いている。なお、報道では今年1月にスリランカ政府は中国に対して債務返済に関する条件緩和を要請した模様であるものの(注4)、現実には中国が同国に対して与信枠及び融資を行う方針を示すなど、債務が一段と膨張する可能性が懸念される。他方、一昨年以降における対外収支の悪化や通貨ルピー安の進展などを理由に外貨準備は大幅に減少しており、対外債務の返済に加えて輸入決済も滞る懸念が高まるなか、同国政府は先月初めには通貨ルピー相場の大幅切り下げに動くなどIMF(国際通貨基金)からの支援を受け入れる準備を進めてきた。しかし、足下ではウクライナ情勢の悪化も理由に国際商品市況が上振れする一方で外貨不足を理由に燃料輸入が滞るなか、1日に最大13時間の計画停電が実施されるなど国民生活に深刻な悪影響が出ているほか、生活必需品の供給不足を受けて物価は高騰しており、大統領の辞任などを求める抗議活動が活発化してきた。こうしたなか、先月末に最大都市コロンボで暴動が発生し、政府は今月1日に全土を対象に非常事態宣言を発令したほか、2日には夜間外出禁止令を発令するなどの対応を余儀なくされている。なお、今月3日に政府は抗議活動に対抗して主要SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)へのアクセスを規制する動きをみせたものの、批判が高まったことを受けて撤回を余儀なくされるなど対応に苦慮する動きをみせている。また、政府はゴタバヤ・ラジャパクサ大統領と兄のマヒンダ首相を除くすべての閣僚の辞任を決定するなど、内閣の大幅刷新により事態打開を図る姿勢をみせているものの、事態打開が進むかは見通しが立たない。国際金融市場での存在感の小ささを勘案すれば、同国が仮にデフォルト(債務不履行)に陥った場合も市場に与えるインパクトは限定的と見込まれるが、上述のように地理的及び地政学的な重要さを勘案すれば、ウクライナ情勢の動向も相俟ってその行方は国際社会に少なからず影響を与える可能性が考えられる。



注1 2019年11月18日付レポート「スリランカ大統領選、インド洋のパワーバランスを大きく左右」
注2 2020年8月11日付レポート「スリランカ総選挙、大統領は勝利で対中接近が進むか」
注3 2021年8月20日付レポート「スリランカ中銀、新型コロナ禍後のアジアで最初の利上げ実施を決定」
注4 1月11日付レポート「スリランカ、「債務の罠」の苦境に堪らず中国へ債務緩和を要請」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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