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2026.03.10
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メキシコ・ペソ相場に変化の兆し、先行きの方向性は?
~「麻薬王」殺害による治安懸念、USMCA再協議の行方、「有事のドル買い」も重しとなる可能性~
西濵 徹
- 要旨
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- メキシコ政府は、2月22日に麻薬カルテルCJNGのリーダー「エル・メンチョ」を軍事作戦で殺害した。トランプ米政権のフェンタニル対策強化の動きや圧力が後押しとなった。しかし、麻薬カルテルは政治や経済に深く浸透しており、今後は殺害に対する報復や後継者争いによる治安悪化が懸念される。メキシコでは今年、サッカーW杯の開催が予定されており、治安維持はシェインバウム政権の急務となっている。
- メキシコは輸出の8割以上を米国に依存し、トランプ政権の関税政策に大きく左右されてきた。2025年の経済成長率は+0.6%にとどまるなど低迷した。USMCAに準拠する財は追加関税の対象外となっているものの、関税を巡る不透明感が外需や直接投資の重しとなっている。移民送金は底堅い動きが続いているものの、金融市場でのペソ高進行に伴いペソ建て換算額が目減りしており、個人消費など内需を圧迫している。
- 中銀は2024年3月以降、累計425bpの利下げを実施してきたが、2月の定例会合で13会合ぶりに金利を据え置いた。2月のインフレ率は前年比+4.02%と中銀目標の上限(4%)を再び上回り、食料品を中心に物価上昇圧力が強まっている。先行きは中東情勢の悪化による原油価格の高止まりなどを理由に、エネルギー価格が上昇するリスクも高まっており、中銀は当面は様子見姿勢を維持すると見込まれる。
- 米最高裁が先月に相互関税を違憲と判断したため、トランプ米政権は相互関税を廃止し、通商法122条に基づく追加関税を課している。ただし、USMCAに準拠した財は対象外となり、メキシコの輸出環境は維持されている。他方、USMCAの見直し協議が今月から開始される。ペソ相場は投資妙味につながった実質金利の低下に加え、「有事のドル買い」の動きも重なり、上値が抑えられる局面が続く可能性が高まっている。
メキシコ政府は2月22日、同国西部ハリスコ州に拠点を置く麻薬組織、ハリスコ新世代カルテル(CJNG)のリーダーであるネメシオ・オセゲラ容疑者(通称、エル・メンチョ)を軍主導による麻薬撲滅作戦で殺害したことを明らかにした。メキシコでは、2006年に政府が軍を投入して以降、軍と麻薬カルテルとの武力闘争が激化して「麻薬戦争」と称されてきた。しかし、ここ数年は麻薬カルテルの構造そのものが変化するとともに、合成麻薬であるフェンタニルが中心となるなど変質する動きがみられた。一方、トランプ米政権がフェンタニル対策を強化し、メキシコ政府に麻薬カルテルの取り締まり強化に向けて圧力をかけるとともに情報提供を行い、今回の作戦を後押ししたとされる。背景には、近年の麻薬カルテルが準軍事組織化しているうえ、政治、経済両面に浸透して地域を事実上支配しており、麻薬戦争が内戦に近い状況に発展してきたことがある。こうしたなかで、トランプ氏は昨年末にフェンタニルを「大量破壊兵器」に指定する大統領令に署名し、メキシコやコロンビアなどへの武力行使を検討する考えを示した。米国は年明け直後に麻薬密輸などへの関与を理由に、ベネズエラへの軍事行動を展開し、マドゥロ大統領夫妻を拘束のうえで米国に移送して起訴した。その後の両首脳による電話会談でメキシコのシェインバウム大統領は米軍の派遣を拒否したものの、両国の外相会合では協力深化で合意し、メキシコ政府が麻薬カルテルに関連する多数の容疑者を米国に移送した。今回の作戦は、両国が進める麻薬対策の大きな一歩となることは間違いない。CJNGは元々、現在米国で服役中のホアキン・グスマン受刑者(通称、エル・チャポ)が率いた麻薬カルテル(シナロア・カルテル)を母体に短期間で国際犯罪組織に勢力を拡大し、シナロア・カルテルと双璧をなす麻薬カルテルに成長した。米国務省はエル・メンチョにつながる情報に最大1,500万ドルの懸賞金をかけていた。ただし、前述したように、近年の麻薬カルテルは政治、経済の両面で浸透を図るなど幅広い分野に深く関与しており、報復や後継者争いの激化も相俟って、多数の治安当局者が死亡して治安情勢が悪化するなど混乱している。なお、麻薬カルテルは混乱を煽るべく、インターネット上に多数の偽情報を拡散するなど「情報戦」を展開する動きもみられる。今年はメキシコ、米国、カナダの共催によるサッカーW杯の開催が予定されており、メキシコでも3都市で試合が行われる。そのうちグアダラハラは、CJNGが本拠とするハリスコ州の州都であり、W杯が安全に開催されるか否かはメキシコの国際的評価を大きく左右する。このため、シェインバウム政権にとって当面の課題となることは避けられない。
2025年以降のメキシコ経済はトランプ米政権の一挙一動に左右される状況が続いている。メキシコは米国と陸続きの隣国であるうえ、メキシコの輸出に占める対米比率は8割を上回るとともに、名目GDP比で約3割に達するなど経済的な結びつきが極めて強い特徴を有する。米国にとってメキシコは中国に次ぐ貿易赤字を計上しているため、トランプ米政権は貿易赤字の解消を目的に関税政策を駆使した。米国は自動車・自動車部品や鉄鋼製品、アルミ製品など個別財に対する追加関税に加え、メキシコからのすべての輸入品に25%の追加関税を課したものの、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に準拠する財を対象外とすることで合意した。また、米国は第3国を経由する形で米国に輸出される「迂回輸出」の動きを警戒するなか、メキシコ政府は今年1月から同国と貿易協定を締結していない国からの輸入品に最大50%の追加関税を課している。この措置は、メキシコと貿易協定を締結していない中国を念頭に置いているとみられ、このようにメキシコが米国の意向に沿った動きをみせてきたことは、トランプ氏がメキシコに比較的融和姿勢を示す一因になっている。とはいえ、2025年のメキシコの経済成長率は+0.6%と前年(+1.4%)から鈍化してコロナ禍の影響が色濃く出た2020年以来の低成長にとどまり、実体経済は勢いを欠いている。米国の関税政策を巡る不透明感が外需の足かせとなるとともに、輸出環境の悪化を懸念する形で対内直接投資も下振れしている。トランプ米政権による不法移民対策強化の取り組みのほか、米国の雇用環境に陰りが出ていることの影響が懸念されたものの、GDP比4%弱に及ぶ移民送金の流入は底堅く推移している。しかし、金融市場においては、FRB(米連邦準備制度理事会)による利下げ実施などを追い風に米ドル安が進むなか、メキシコ中銀も断続的な利下げを実施したものの、実質金利のプラス幅という投資妙味の大きさを理由に通貨ペソ相場は堅調な動きをみせた。その結果、移民送金の大部分が米国から流入しているために米ドルで送金されるなか、ペソ高により、ペソ建て換算値に下押し圧力がかかっており、個人消費など内需の重しとなっている。

メキシコではここ数年、インフレ率が中銀目標(3±1%)の上限を大きく上回る推移が続いてきた。しかし、インフレ率が2023年以降に鈍化したことを受けて、中銀は2024年3月にコロナ禍一巡後初の利下げに踏み切った。その後、中銀はインフレが再加速に転じたことを理由に利下げをいったん休止したものの、インフレが再び鈍化に転じたことを受けて、2024年8月に利下げを再開し、2025年12月まで利下げ幅を調節しつつ12会合連続の利下げを実施した。2024年3月以降の利下げ局面における利下げ幅は累計425bpに達するなど、着実に金融緩和を進めてきた。こうしたなか、中銀は2月の定例会合において13会合ぶりに政策金利を据え置き、以前にフォワードガイダンスを修正してインフレ見通しを上方修正するなど、利下げ局面の休止を示唆した流れに沿う動きをみせた(注1)。中銀は利下げ局面の休止を決定した理由について、たばこや清涼飲料水を対象とする増税実施の影響、前述した中国を念頭に同国と貿易協定を締結していない国からの輸入品に対する最大50%の追加関税の発動などを理由にインフレ見通しが上方修正されているうえ、景気動向を巡る不透明感などを勘案したとしている。ただし、金融市場におけるペソ高の進行は輸入物価を下押しするなど、インフレ抑制に資することが期待された。こうした状況にもかかわらず、2月のインフレ率は前年同月比+4.02%と前月(同+3.79%)から2ヵ月連続で加速しており、8ヵ月ぶりに中銀目標の上限を上回る伸びとなっている。穀物や生鮮品など幅広く食料品価格が上昇しており、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっていることが影響している。一方、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+4.50%と前月(同+4.52%)からわずかに伸びが鈍化しているものの、10ヵ月連続で中銀目標の上限を上回る水準で高止まりしている。ただし、先月末以降の中東情勢の不透明感の高まりを受けて原油価格は上昇した後に高止まりしており、事態の鎮静化に時間を要した場合、先行きのエネルギー価格にも上昇圧力が強まることが懸念される。したがって、中銀は当面インフレを意識せざるを得ない展開が続くと見込まれ、様子見姿勢を維持する可能性は高まっている。

このところの金融市場では、前述したように米ドル安が意識される局面が続くなかでペソ相場は堅調な推移をみせてきた。米連邦最高裁判所は先月、トランプ氏が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に連邦議会の承認を経ず関税措置を発動したことに対して、大統領権限を逸脱しているとした下級審の判断を支持する違憲判決を下した。これを受けて、米国はIEEPAを根拠にした相互関税を終了させる一方、通商法122条を根拠にすべての国からの輸入品に150日間限定で10%の関税を課す大統領令に署名した。また、大統領令ではUSMCAに適合するメキシコからの輸入品を適用除外としており、メキシコから米国への輸出を取り巻く状況は維持されている。なお、USMCAは今年に見直し協議が予定されており、仮に3ヶ国が延長で合意すればさらに16年間継続される一方、合意に至らなければ毎年見直しが行われるなど、事実上の「終焉」に至ることが懸念される。こうしたなか、USTR(米通商代表部)は、見直しの一環としてメキシコ政府(経済省)担当者との協議を今月16日から開始することを明らかにしている。メキシコ経済省が今月発表したUSMCAに関する報告書では、投資の確実性とサプライチェーン保護の観点から、多くの企業が現行の協定の強化を望んでいることが示された。しかし、トランプ氏は公然と協定の必要性に疑問を呈するとともに、完全離脱をほのめかす動きをみせていることを勘案すれば、現行の協定が維持される可能性は低いと見込まれる。こうした状況に加え、足元の金融市場では中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた「有事のドル買い」の動きも追い風に米ドル安の流れが変わるとともに、強含みの推移が続いたペソ相場を取り巻く状況も変化している。中銀は2月の定例会合で利下げ局面を休止させるとともに、先行きも様子見姿勢を維持する可能性が高まるなか、昨年末にかけての断続的な利下げ実施によりペソ相場を下支えしてきた実質金利は低下しており、インフレが再加速に転じていることも重なりそのペースは加速している。先行きも中東情勢を巡る不透明感が意識されやすい展開が見込まれるうえ、インフレが加速の動きを強めれば投資妙味の低下も重なりペソ相場を取り巻く環境が大きく変化することも考えられる。USMCAに関する協議の行方も見通せないなか、当面のペソ相場は上値が抑えられる局面が続く可能性に注意が必要とみられる。


注1 2月6日付レポート「メキシコ中銀は13会合ぶりの利下げ局面休止、一進一退が続くか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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