インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

イラン戦争長期化によるアジア太平洋地域への影響を考える

~アジア太平洋地域の軍事バランスに影響すれば、日本にとってあらゆる面でリスクが増大する懸念も~

西濵 徹

要旨
  • イスラエルと米国は2月末にイランへの軍事行動を開始し、最高指導者のハメネイ師ら多数の政府要人を殺害した。これを受けてイラン革命防衛隊は湾岸諸国の米軍基地や親米諸国への報復攻撃に踏み切り、ホルムズ海峡の事実上の封鎖にも動くなど、中東情勢は急速に悪化している。後継の最高指導者にはハメネイ師の次男モジタバ師が選出されたが、現時点においてはその手腕に不透明な部分が多い。

  • トランプ米政権は、イスラエルのネタニヤフ首相の意向に沿う形で軍事行動に出たものとみられる。しかし、希望的観測に基づく場当たり的な対応が続くなど出口戦略を欠いている。原油価格の急騰を受け、トランプ氏は口先介入に動いたほか、IEAやG7も戦略備蓄放出を提案するが、根本的な解決には至らない。ネタニヤフ氏がイランへの壊滅的打撃を追求する限り、戦争の長期化は避けられない可能性がある。

  • イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖は中東産油国の輸出を直撃し、原油輸入の大部分を中東に依存する中国経済にも深刻な悪影響を与える。中国はイランと経済・外交両面で緊密な関係にあるものの、トランプ氏の訪中を控え表立った介入を避けている。その一方、中国とイランはともに事態の拡大を望まない姿勢がうかがえるなか、同海峡を通過する船の間で中国との関係を偽装する動きも出ているとされる。

  • イラン戦争を受けた米軍の兵力再配分により、在韓米軍の主要戦力が中東に移動している。こうした動きは、北朝鮮の挑発や中国のグレーゾーン活動の活発化を招くと懸念される。イラン戦争が長期化・複雑化すればアジア太平洋地域で中国の軍事的優位性が高まる。そうなれば、日本は軍事、経済、エネルギーのあらゆる面で危機的状況に直面するリスクが増大するため、対応力を向上させることが必要になっている。

イスラエルと米国が2月末にイランへの軍事行動に出たことをきっかけに、中東情勢を巡る状況は緊迫の度合いを増している。イスラエルと米国は、イランの最高指導者のハメネイ師のほか、多数の政府要人を殺害するなど、当初の目的を達成したと捉えられる(注1)。これを受けて、イラン革命防衛隊はイスラエルのほか、米軍基地や関連施設があるクウェートやUAE(アラブ首長国連邦)、カタール、バーレーン、米国と関係が深いサウジアラビアにも報復攻撃に動いた。そのうえ、革命防衛隊は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ要衝であり、世界の原油消費量の約2割が通過するホルムズ海峡の事実上の封鎖に動くなど、対抗措置を強化している。さらに、ハメネイ師の死亡を受けて開催された最高指導者を選出する専門家会議は、ハメネイ師の次男であるモジタバ・ハメネイ師を新たな最高指導者に選出した(注2)。モジタバ師を巡っては、これまで公職に就いたことがないうえ、聖職者としても元々高位ではなく、最高指導者に選出された後も依然として本人の発言が伝えられておらず、その動向や手腕には不透明なところが多い。また、イラン革命では、世襲制を取るパーレビ王朝を打倒したため、その後に最高指導者となったホメイニ師、ハメネイ師はともに世襲に反対する考えを持っていたとされる。しかし、モジタバ師は革命防衛隊と関係が深く、宗教指導者層との人脈が広いほか、体制との結びつきも強く、最高指導者の最有力候補と目されてきたとされる。ハメネイ師がイスラエルと米国の爆撃で殺害されるなど「殉教」したと見なせるうえ、体制としては、父母に加え、妻も殉教により失ったモジタバ師を最高指導者に担ぐことが、求心力を高めるうえでの「最適の選択」と考えた可能性がある。

こうした動きは、大規模な軍事作戦を展開してもイランの軍部と聖職者を軸とする権力構造を崩壊させることは困難という、米国の国家情報長官室(DNI)傘下の国家情報会議(NIC)が報告したとされるシナリオに沿っている。にもかかわらず、トランプ米政権がイランに対する軍事行動に出た背景には、イランへの壊滅的な打撃を目指すイスラエルのネタニヤフ首相の意向に沿った可能性がある。なお、金融市場では供給懸念を理由に原油価格が急騰したため、トランプ氏は早期終結を示唆するなど「口先介入」を行い、IEA(国際エネルギー機関)とG7(主要7ヵ国)による戦略備蓄放出を提案するなど、事態の沈静化を目指す動きがみられる。一連の動きを受けて、急騰した原油価格は下落したものの、その水準は依然として戦争開始前を大きく上回っている。また、トランプ氏はホルムズ海峡を航行する船舶の護衛に言及したものの、イランが同海峡に機雷を敷設しているとの報道も出ており、口先介入はただの「気休め」に過ぎない可能性は残る。前述のようにネタニヤフ氏はイランに対して壊滅的な打撃を与えることを目指しており、最高指導者にモジタバ師が就いたことにより、イランがイスラエルにとっての脅威である状況は変わらない。このため、トランプ氏はイラン戦争の早期終結を目指しているとみられるものの、ネタニヤフ氏の意向に引っ張られる形で事態が長期化する可能性は否定できない。戦争を巡っては「戦争は始めるより終わらせる方が難しい」などと言われるが、希望的観測に沿った場当たり的な対応に終始するなど出口戦略が元々欠如しているとみられ、結果的に事態が長期化していくことも考えられる。

図表
図表

イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖については、ペルシャ湾岸の産油国からの原油や天然ガス輸出に悪影響を与えるうえ、イランがアラブ諸国に対する攻撃に動いていることもあり、アラブ諸国の間ではイランに対する反発が強まっている。一方、ホルムズ海峡の事実上の封鎖は、イラン産の原油輸出にも悪影響を与えるため、イランをはじめとするペルシャ湾岸産油国から大量の原油を輸入する中国にも悪影響を与えることが懸念される。イランと中国の関係を巡っては、イランと米国をはじめとする西側諸国との関係が悪化するなか、イランの原油輸出の約9割、産油量の半分を中国向け輸出に充てるとともに、輸入の4分の1程度を中国からの輸入が占めるなど経済的な結びつきを強めている。さらに、2023年には中国の仲介によりサウジアラビアとの国交正常化が図られたほか、これをきっかけにUAEとの関係も格上げされるなど、外交面でも重要なカギを握る。イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖は、イランをはじめとする中東からの原油輸入に依存する中国経済にも悪影響を与える。こうした状況にもかかわらず、中国がイラン情勢を巡って表立って介入する姿勢を示していないのは、今月末に予定されるトランプ氏の訪中に伴う米中首脳会談を前に、事を荒立てることを回避するためとみられる。一方、中国とイランはホルムズ海峡の安全航行を巡って協議を行うなど、イランも中国と事を構える事態を回避したいとの思惑がうかがえる。トランプ氏は、イランによる機雷敷設に対して「20倍の報復」に言及するとともに、米軍がイランの機雷敷設艦を破壊したとの報道も出ているものの、イラン革命防衛隊も報復攻撃に出ており、事態の鎮静化にはほど遠い状況が続いている。

他方、イラン戦争の発生を受けて、全世界に展開している米軍の兵力の再配分が行われており、在韓米軍の地対空ミサイル(MIM-104パトリオット)など主要戦力が韓国から米国や中東に移動していることが明らかになっている。さらに、韓国に配備された迎撃システムである終末高高度防衛ミサイル(THAAD)が中東に転用される可能性も出ている模様である。米国の朝鮮半島への関心が相対的に低下するなか、北朝鮮がミサイルの発射をはじめとする軍事的な挑発を「交渉カード」とする誘因が増すことが考えられる。一方、中国は今月末のトランプ氏の訪中を控えるなかで、直ちに軍事行動に出る可能性は低いと見込まれる。他方、中長期的な観点での影響力拡大を目的に、軍事演習の拡大、中国海警局や海上民兵、サイバー空間など「グレーゾーン活動」の活発化、経済的威圧をはじめ外交面での圧力を強めることが予想される。なお、朝鮮戦争は引き続き休戦状態にあり、北朝鮮の動きも見通せない状況が続いている。米国にとって中国に対する抑止力は長期的な軍事戦略の核心であり、韓国や日本にある米軍基地はインド太平洋戦略を巡る「ハブ」であることは間違いない。その意味では、在韓米軍や在日米軍を巡る兵力の再配分の動きは、一時的なものと捉えることができる。とはいえ、イラン戦争が長期化すれば、アジア太平洋地域における軍事的なバランスの不均衡な状態が継続されることを意味する。冷戦期の米国は2つの大規模戦争を同時に戦える戦力を保持する観点で軍事計画を作ってきたものの、近年は予算面での制約に加え、人員不足の問題も重なる形で「二正面作戦」を展開することは困難になっている。現状、米国防総省や米国インド太平洋軍は、その戦略文書のなかでインド太平洋地域を最重要地域に位置付けており、なかでも、台湾有事が米軍にとって最大規模の戦争に発展するとの認識を有している。しかし、イラン戦争が長期化、かつ複雑化すれば、中東地域とインド太平洋地域の間で戦力の取り合いが発生し、中国にとっては自国に対する米国による軍事力の集中が困難になり、軍事面で中国の優位性が高まることにつながる。その場合、日本にとっては在日米軍が前線になるとともに、シーレーン確保が困難になるなど、軍事、経済、エネルギーなどあらゆる面で危機的状況に直面する可能性が高まることになる。そうした事態に至らないことを願う一方、あらゆる状況を想定しつつ対応力を向上させる取り組みが必要になっていることは間違いない。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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