OPECプラス、2022年8月は計画通り(日量64.8万バレルの協調減産縮小)

~9月以降の生産計画は米バイデン大統領のサウジ訪問の結果次第も、慎重姿勢が続く可能性大~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済は欧米などを中心にコロナ禍からの回復が続くなか、ウクライナ情勢の悪化を受けた商品高は世界的なインフレを招き、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜は景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。OPECプラスは昨年来協調減産の段階的縮小を進める一方、原油高を受けて米国など消費国は増産を要求したが、増産投資の無駄撃ちを警戒するサウジなどは慎重姿勢を崩さない。7月の生産枠を巡っては、9月の縮小枠を7月及び8月に均等で上乗せして枠組の維持と短期的な増産を図るなど、米ロ双方の顔を立てる決定を行った。この決定に沿う形で8月は日量64.8万バレルの協調減産縮小を維持する一方、9月以降の生産方針の協議は先送りされた。今後は米バイデン大統領のサウジ訪問の結果次第とみられるが、OPECプラスの枠組維持に向けた慎重姿勢が続く可能性が高く、増産要請に応じるかは不透明と言える。

世界経済を巡っては、欧米など先進国を中心にコロナ禍からの回復が続く一方、中国の『ゼロ・コロナ』戦略は中国のみならず、中国経済との連動性が高い新興国や資源国の景気の足かせとなる対照的な動きがみられたものの、足下では中国景気の底入れが確認されるなど、全体として緩やかな拡大が続いている。他方、昨年以降は世界経済のコロナ禍からの回復を追い風に原油など国際商品市況は底入れしてきたほか、足下ではウクライナ情勢の悪化やそれを受けた欧米などの対ロ制裁強化を反映して幅広く商品市況は上振れしており、全世界的にインフレ圧力が強まっている。結果、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めており、景気に冷や水を浴びせる懸念が高まる一方、中国では依然として当局の『ゼロ・コロナ』戦略を巡る不透明感はくすぶるも経済活動の正常化が進むなど当面の最悪期を過ぎつつある。このように、足下の世界経済は好悪双方の材料が混在する極めて不透明な状況に直面している。こうしたなか、コロナ禍による世界経済の減速を受けてロシアを含む主要産油国(OPECプラス)は過去最大規模の協調減産を実施したが、昨年以降は世界経済の底入れが進むなかで減産幅を段階的に縮小させてきた。また、上述のように国際原油価格が上振れしていることを受けて、年明け以降は米国をはじめとする原油の主要消費国は戦略原油備蓄の放出のほか、米国はOPECプラスの一員であるサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)に増産を求める『圧力』を掛ける動きをみせた。しかし、OPECプラスは全会一致を原則としている上、ここ数年に亘って両国はロシアとの関係強化に腐心してきたことに加え、中東諸国の間に米国への不信感がくすぶる上、増産投資の無駄撃ちリスクを警戒して明確なスタンスを示さない対応をみせてきた(注1)。他方、EU(欧州連合)諸国はロシア産原油の輸入を巡って、海上輸送分の即時停止に加え、ドルジバパイプラインを通じた輸入も年内いっぱいで停止することで合意するなど、輸入全体の9割を取り止める方針を示している。世界的な原油の需給を巡っては、ロシア産原油の供給縮小に対して米国などの戦略備蓄放出、米国内でのシェールオイルの増産などで対応する動きがみられるものの、それらだけでは十分に補うことが出来ない状況が続いている。さらに、OPECプラス内でもリビアやナイジェリア、アンゴラなどアフリカ諸国における生産低迷を理由に、枠内全体としても生産目標を下回る推移が続いている上、ロシア産原油の供給減も重なるなかで生産目標からの乖離が広がる事態を招いている。このように需給双方に不安材料が山積するなか、足下の国際原油価格は一進一退の動きをみせつつ高止まりしており、上述のように米FRBなどはタカ派傾斜を強めて景気に冷や水を浴びせる懸念が高まるなか、米国では11月に中間選挙を控えるなかでバイデン政権及び与党・民主党には逆風となっており、米国はサウジ及びUAEに対して増産を求める動きを強めた。こうしたなか、OPECプラスは今月(7月)の生産枠を巡る協議において、今年9月末の協調減産終了を前提にしつつ、足下の生産下振れ懸念に対応する形で9月の協調減産縮小分(日量43.2万バレル)を7月及び8月に均等に上乗せする(各々日量21.6万バレル)形で実質的な増産(日量64.8万バレル)とすることにより、OPECプラスの枠組を重視するロシア、増産を求める米国ともに顔を立てる対応をみせた(注2)。8月の生産枠については、上述のように9月の協調減産分が均等に上乗せすることで合意されたことに加え、閣僚級会合前に開催されたJTC(合同専門委員会)及びJMMC(合同閣僚監視委員会)では今年の供給過多予想が日量100万バレルと従来見通し(同140万バレル)から引き下げられるなど、供給減を意識する動きがみられた。他方、先月末に開催された主要7ヶ国首脳会議(G7サミット)では、ロシアから輸入する原油の取引価格への上限設定を検討するとともに、産油国に増産を促すことで合意したものの、上述したようにサウジ及びUAEなどは増産投資の無駄撃ちを警戒する姿勢を崩さない。こうした事情も影響して、30日に開催されたOPECプラスの閣僚級会合では8月の生産枠(日量64.8万バレルの協調減産縮小)を確認する一方、9月以降の方針に関する協議は先送りされた。なお、こうした背景には今月中旬に米バイデン大統領のサウジ訪問が予定されており、バイデン氏はサウジに増産求める一方、サウジは米国に対してイラン核合意を巡って何らかの『譲歩』を求めるなど、原油が駆け引きの材料となる可能性を示唆している。サウジを巡っては、2018年にトルコで発生したサウジ人記者の殺害事件をきっかけに悪化したトルコとの関係が改善しているほか、同事件は米国との関係にすきま風が生じる一因になったこともあり、関係修復が増産の追い風になるとの見方もある。しかし、OPECプラスが依然枠組の維持を重視する姿勢をみせていることは、仮に増産余力があるサウジとUAEが増産に動けばロシアの顔に泥を塗るとともにOPECプラスの瓦解を招くほか、価格下落は財政状況の悪化を通じた実体経済に悪影響を与える『ブーメラン』となることを勘案すれば、引き続き慎重姿勢を維持する可能性は高いと見込まれる。その意味では、依然としてサウジが米国などの増産要請に応じるかは極めて不透明な状況にあると判断出来る。

図 国際原油価格(WTI)の推移
図 国際原油価格(WTI)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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