ロシア経済の立て直しには「ペレストロイカ」だけで充分か?

~肝心の「グラスノスチ」は置き去り、「内向き姿勢」を強めて耐え忍ぶ従来型の対応が行く先とは~

西濵 徹

要旨
  • ロシアでは今月15~18日の日程で「ロシア版ダボス会議」と称されるサンクトペテルブルク国際経済フォーラムが開催された。欧米などの制裁の影響で参加国は例年を大きく下回るも、国内外から参加者をかき集める形で表面上は盛況が演出された。欧米などの制裁が漸進的に進められるなかで、ロシアはその影響を受けていないようにみえるなか、プーチン大統領は対抗を強調しつつ、内向き姿勢による持久戦に持ち込む考えを強調した。他方、技術へのアクセス悪化やサプライチェーンの寸断は生産活動に悪影響を与えるなか、中銀のナビウリナ総裁は経済的な「ペレストロイカ」によるソ連化回避の必要性を訴えた。民間主導による内需喚起を目指す考えを強調したが、人口減少局面に突入している上、ペレストロイカの前提となるグラスノスチ(情報公開)にほど遠い状況にあるなか、中長期的な観点でもロシア経済は厳しい状況は避けられない。

ロシアでは、今月15~18日の日程で第2の都市サンクトペテルブルクにおいて国際経済会議(サンクトペテルブルク国際経済フォーラム)が開催された。同会議はエリツィン前政権下の1997年に初めて開催され、当初は海外からの対ロシアビジネス及び投資誘致を目的に開催されてきたほか、2005年にはプーチン大統領が初めて出席するとともに、それ以降はロシア政府が全面的に支援するなど『ロシア版ダボス会議』の様相を呈してきた経緯がある。しかし、今年はロシアによるウクライナ侵攻を受けて欧米などがロシアに対する経済制裁を強化するなか、毎年同フォーラムに出席してきた欧米企業は出席を見合わせているほか、制裁強化を受けてロシアが『非友好国』と見做した国々の企業及び代表団も軒並み欠席するなど、例年と様相は大きく異なっている。一方、ウクライナ問題を巡って欧米などと一線を画す対応をみせている中国やインドなどのアジアのほか、エジプトや中東、アフリカの国々から多数の参加者を集める動きがみられた。その結果、会議への参加国は昨年と比較して1割程度減少したものの、出席者そのものはロシア国内の関係者をはじめ多数集ったことで表面的には「ロシアは孤立していない」との状況を演出することに成功したと捉えられる。また、参加者のなかにはウクライナの親ロ派の代表団が含まれているほか、ウクライナ問題でロシアの国境防衛が手一杯となるなかで長年対立してきたアフガニスタンのタリバン政府関係者が含まれるなど、その『お家事情』も見え隠れしている。なお、欧米などの経済制裁強化にも拘らず、足下の通貨ルーブル相場はウクライナ侵攻前の水準を回復しているほか、これを受けて中銀は一旦大幅利上げを余儀なくされたものの、段階的利下げにより『侵攻前』の水準に戻るなど一見すればその影響を克服していると捉えられる(注1)。ただし、こうした状況に至る背後でロシア政府及び中銀は、外国人投資家によるロシア資産の売却の事実上の禁止をはじめとする資本規制に加え、ロシア企業に対して外貨の事実上の強制的な売却を迫るなど、極めて特殊な環境の下で成立していることを考慮する必要がある。さらに、欧米などは制裁強化を通じてロシアによる対ウクライナ姿勢の軟化など譲歩を目指したとみられるものの、現実的にはウクライナ問題は一段と激化するとともに、さらなる長期化も懸念されるなど一向に事態打開の兆しがみえない状況が続いている。この背景には、欧米などの制裁強化のスピードが『漸進的』なものに留まったことで現時点において充分な効果を上げる内容となっておらず、一方で制裁強化を受けて原油や天然ガスなどロシアにとっての主力輸出財の価格が上振れして結果的に関連収入が増大して軍事費の増大をカバーし得る状況が続いていることが影響している。事実、17日に同会議に登壇したプーチン大統領はウクライナに対する『特別軍事作戦』を継続する決意とその正当性を改めて主張するとともに、欧米などの経済制裁を非難して対抗姿勢を強調する動きをみせた。その上で、欧米などの制裁について「ロシア経済を崩壊させる試みは成功しなかった」、「米国を中心とする一極支配の世界秩序は終わった」としたで、「我々の前には大きな可能性が広がっており、国民の意思と決意を示す時」と述べるなど、ロシアが常に頼みとする『困った時の内向き』を地で行く動きをみせている。他方、今月初めには4月に償還期間を迎えたドル建国債に対する超過利息の支払いを巡ってクレジットイベントと判断されるなど、事実上のデフォルト(債務不履行)に陥るなどロシアは国際金融市場における資金調達が困難になることは避けられない。よって、仮にウクライナ問題が収束した後も以前のような国際金融市場へのアクセスの確保は難しいと見込まれるほか、欧米などの企業によるロシアビジネス及びロシア向け投資も回復は期待しにくい状況が続くであろう。さらに、欧米などの制裁強化に伴いロシア国内外を結ぶサプライチェーンはすでに寸断して壊滅状態が近付いており、様々な技術へのアクセスが困難になるなど製造業を中心に生産活動が困難になる動きもみられる。直近5月の製造業PMI(購買担当者景況感)は50.8と4ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準を上回るなど表面的にみればマインドが改善しているものの、足下の生産動向は引き続き50を下回る推移が続くなど生産活動の回復は遅れている。こうしたなか、16日に同会議に登壇した中銀のナビウリナ総裁は足下の同国経済について「外部環境は著しく変化するなど輸出を再考する必要があり、生産の大半を内需向けに振り向けるべき」と資源輸出への依存低下を目指す一方、「技術へのアクセスが困難になるなかで『ソ連化』を避けるには経済の『ペレストロイカ(改革)』が必要」との認識を示した。その上で、ソ連化を避ける観点から「外部環境の悪化は長期に亘り続く可能性があるなかで近代化が必要であり、民間のイニシアティブによる投資家からの信認向上が不可欠」との考えを示し、「資本規制の大宗を撤廃して外貨へのアクセスを向上させつつ、ロシア国内での外貨の役割縮小に取り組むべき」と述べた。なお、ペレストロイカとは旧ソ連時代の1980年代後半に当時のゴルバチョフ共産党中央委員会書記長が打ち出した政策の柱のひとつであり、ほかに『グラスノスチ(情報公開)』と『ウスカレーニエ(加速化)』を併せた三本柱から成り立った経緯がある。ただし、その後はソ連崩壊に繋がるなどロシア国民にとっては苦々しい記憶を想起させ得る言葉のひとつであり、同氏がそうした言葉を用いて苦境打開の必要性を訴えた背景には、現下の同国経済を取り巻く状況の厳しさを物語っている。他方、上述のようにペレストロイカを実現する前提にグラスノスチがあることを勘案すれば、ウクライナ問題を巡ってロシア当局が国営放送などを通じて『フェイクニュース』同然の情報を流布して世論を抑えつけている状況は、その精神とは真逆と捉えられる。なお、同氏は今後の同国経済の行くべき道として内需喚起を挙げているが、ロシアはすでに人口減少局面に突入している上、一昨年来のコロナ禍を経てその度合いの加速が見込まれるなか、ウクライナ情勢の悪化もそうした流れを強める可能性が高い。また、ウクライナ情勢の悪化の背後では上述のように言論弾圧の動きが広がるなかで、富裕層や高学歴層を中心に海外に逃避する動きもみられるなど、『ウクライナ後』のロシア経済は様々な面で悪影響が長引く可能性も考えられる。その意味では、改革の実現のみならず情報開示を通じた『正しい』現状認識が不可欠と考えられるものの、今のロシアにそれを望むことは極めて難しいと見込まれるなか、中長期的にみてロシア経済を取り巻く状況は厳しい展開が続くと考えられる。

図 1 製造業 PMI の推移
図 1 製造業 PMI の推移

図 2 ロシアの人口ピラミッド(2022 年時点推計)
図 2 ロシアの人口ピラミッド(2022 年時点推計)

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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