「左派ドミノ」はコロンビアに到達、決選投票を経て同国初の左派政権誕生へ

~原油・天然ガス産業政策、対米関係の行方は金融市場の見方に影響を与える可能性に注意~

西濵 徹

要旨
  • 地理的にも米国の裏庭と称される中南米ではここ数年「左派ドミノ」と呼ばれる動きがみられる。伝統的に地域随一の親米国とされてきたコロンビアだが、先月実施された大統領選(第1回投票)では左派とポピュリストが決選投票に残る異例の結果となった。決選投票の結果は左派のペトロ氏が勝利し、同国初の左派政権が誕生する。ペトロ氏は社会経済格差の縮小を訴えるほか、主力産業である原油・天然ガスの新規開発停止を謳うなど同国経済を取り巻く環境は一変するほか、FTAの見直しやベネズエラとの関係改善は米国の中南米戦略にも影響を与え得る。他方、足下の同国ではインフレ昂進により中銀は断続的な利上げを余儀なくされる難しい対応が続いており、投資家からの信認を失えばインフレが一段と昂進するリスクもくすぶる。

地理的な影響から伝統的に『米国の裏庭』と称されることの多い中南米諸国においては、ここ数年に亘って反米色の強い左派政権がドミノ的に誕生する『左派ドミノ』とも呼べる動きが広がりをみせている。こうした動きが加速している背景には、近年の高成長を追い風に中国が存在感を高める動きをみせる一方、米国において『米国第一主義』を標榜するトランプ前政権が誕生して中南米諸国に対する圧力を強めたことも影響したと考えられる。なお、米国はバイデン現政権に交代した後も外交面で明確なスタンスを示すことが出来ず、経済関係の深化を進める中国に水をあけられる展開が続いている。こうした状況は今月6~10日に開催された米州首脳会議において、ホスト国である米国が反米左派のキューバ、ベネズエラ、ニカラグアの3ヶ国を排除したことに対して、これに反発したメキシコ、ボリビアなど6ヶ国のほか、米国が制裁を科しているエルサルバドル、グアテマラの計8ヶ国の首脳は不参加となる異例の事態となったことに現れている。また、同会議においても参加国のなかから米国が上述の3ヶ国の排除に対する反発の声が示されるなど、米国が中南米においてリーダーシップを発揮することが難しくなっていることが改めて露呈した。こうしたなか、先月末に大統領選挙(第1回投票)が実施されたコロンビアでは、半数を上回る票を得る候補は現れず、上位の2名による決選投票に持ち越された。ただし、その2名を巡っては波乱含みの動きがみられた。首位には事前の世論調査で一貫して支持を集めたゲリラ出身で左派連合が推す元ボゴタ市長のグスタポ・ペトロ氏(上院議員)が付ける一方、2位には独立系政党が推す実業家でポピュリズム的な政策を標ぼうする前ブカラマンガ市長のロドルフォ・エルナンデス氏が付け、決選投票は『左派』対『ポピュリスト』という顔ぶれで展開された(注1)。なお、決選投票に向けた世論調査においては、ドゥケ現政権の路線を継ぐ中道右派連合がエルナンデス氏支持に傾いたことで両者の支持率は拮抗するなど激戦が予想された。19日に実施された決選投票の結果、ペトロ氏の得票率は50.44%、エルナンデス氏の得票率は47.30%と72万票余りと予想外の得票差が生まれる形でペトロ氏が勝利した。ペトロ氏による大統領選への挑戦は2010年、2018年に続いて3度目であり、『三度目の正直』と捉えられる一方、同国において史上初となる左派政権が誕生する。ペトロ氏は政権公約に年金の再分配による年金改革、公立大学の無償化、失業者に対する国の直接雇用、富裕層に対する増税、国内産業の育成を目的とする自由貿易協定の見直しなど社会経済格差の縮小のほか、同国最大の武装組織であるELN(民族解放軍)との和平交渉を進める考えをみせてきた。一方、ペトロ氏が主張した原油及び天然ガスの新規開発停止については投資家から懸念が示されたこともあり、その後は既存契約を尊重するなど軟化する姿勢もみせるが、副大統領に環境活動家であるフランシア・マルケス氏が就任することを勘案すれば、原油及び天然ガス関連で環境配慮型の厳しい政策に舵が切られる可能性は充分にある。よって、ペトロ次期政権が目指す急進的な左派姿勢の強い政策運営に舵が切られることにより同国経済を取り巻く状況は一変することが予想される。ただし、共和国議会は上院(元老院)及び下院(代議院)ともに多数の政党が乱立している上、どちらも右派が辛うじて多数派を形成するなど政権との間で『ねじれ状態』となっており、仮にペトロ次期政権が急進的な政策運営を志向した場合においても議会との間で対立が生じることは避けられないとみられる。また、同国は地域でも随一の『親米国』として知られてきたものの、ペトロ氏はベネズエラのマドゥロ政権との外交関係の回復に向けた対話再開を公約に掲げているほか、政権公約に掲げるFTAの見直しも米国向けがその中心にあることを勘案すれば、外交政策の転換も予想されるなど、米国の対中南米政策はこれまで以上に見直しを余儀なくされる可能性が高い。なお、足下においてはウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い国際商品市況の上振れが全世界的なインフレを招くなか、同国においても大幅にインフレが加速しており、中銀は昨年後半以降断続的な利上げ実施を迫られるなど難しい対応を迫られている。足下の通貨ペソ相場は主力の輸出財である原油及び天然ガス価格の上振れが下支えする展開が続いているものの、ペトロ次期政権が急進的な政策運営に舵を切ることでペソ安が進めば輸入物価を通じたインフレ昂進も予想されるなど、国民からの支持が急変するリスクにも注意が必要と捉えられる。

図 インフレ率とペソ相場(対ドル)の推移
図 インフレ率とペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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