インドネシア中銀、現時点では引き続き緩和維持による景気下支えを重視

~国際商品市況や国際金融市場の動向如何では、早期に政策の見直しを余儀なくされる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は欧米など主要国を中心に緩やかな拡大が続く一方、ウクライナ情勢の悪化を理由に国際商品市況は上振れしている。また、米FRBなど主要国中銀はタカ派傾斜を強めるなど、国際金融市場を取り巻く状況は変化しており、新興国のマネーフローの変化が懸念される。インドネシアは過去に資金流出圧力が強まるなど悪影響が懸念されたが、国際商品市況の上振れは対外収支を下支えしており、通貨ルピア相場も堅調に推移するなどマネーフローは安定しているとみられる。ただし、同国は原油の純輸入国であるほか、石炭輸出の余力も限られるなかで対外収支の改善余地も限界に近付いていると捉えることが出来る。
  • 同国では一昨年来のコロナ禍対応を理由に中銀は財政ファイナンスに動くなど異例の金融緩和に動いてきた。他方、米FRBなど主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなか、同行は3月から預金準備率を段階的に引き上げる正常化を見据える対応を進めた。こうしたなか、中銀は19日の定例会合で14会合連続となる政策金利の据え置きを決定し、現行の緩和維持による景気下支えに注力する考えを示した。なお、不透明感の高まりなどを理由に成長率見通しを下方修正しており、景気回復ペースの鈍化は必至である。国際商品市況や国際金融市場の状況如何により、同行は早期に政策の見直しを余儀なくされる可能性も考えられる。

足下の世界経済を巡っては、ここ数年けん引役になるとともに、一昨年来のコロナ禍からの回復を主導した中国経済が当局の『ゼロ・コロナ』戦略により足を引っ張られている一方、欧米を中心とする主要国は『ウィズ・コロナ』戦略を背景に底入れの動きが続いており、全体として緩やかな拡大が続いている。他方、昨年来の世界経済の回復を追い風に原油をはじめとする国際商品市況は底入れするなど、全世界的なインフレ圧力に繋がる動きがみられたなか、足下ではウクライナ情勢の悪化を受けて原油などエネルギー資源のみならず、ロシアやウクライナが世界有数の穀物輸出国であることを理由に幅広く国際商品市況は上振れしている。結果、全世界的にインフレが一段と昂進する懸念が高まり、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀を中心にタカ派姿勢への傾斜を強めており、コロナ禍を経た全世界的な金融緩和による『カネ余り』の様相を強めた国際金融市場を取り巻く状況は変化している。こうした環境変化は、全世界的な金融緩和によるカネ余りや主要国の金利低下を理由により高い収益を求めるマネーが新興国に流入してきた流れを変えることが予想されるなど、新興国経済にとって逆風となることが懸念される。なかでも鉱物資源や穀物を輸入に依存する新興国にとっては、輸入増による対外収支の悪化に加えて市況上昇によるインフレ昂進が重なるなど、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが高まることは避けられない。昨年以降の国際商品市況の上昇にも拘らず、アジア新興国を巡っては他の地域と比べて物価は落ち着いた推移が続いてきたものの、足下では食料品やエネルギーなど生活必需品を中心に幅広く物価上昇圧力が高まる動きが確認されている。インドネシアでは、一昨年来のコロナ禍による景気下振れも影響してインフレ率は中銀の定める目標を下回る推移が続くなど、インフレ懸念にはほど遠い状況が続いてきたものの、足下では目標域に収まるも徐々に加速感を強める動きが確認されている。他方、過去には米FRBのバーナンキ元議長の量的緩和縮小を示唆する発言を機にした国際金融市場の動揺(テーパー・タントラム)に際して、資金流出圧力が強まった5ヶ国の新興国(フラジャイル・ファイブ)の一角に数えられたにも拘らず、足下の通貨ルピア相場は比較的堅調な動きが続くなどマネーフローは落ち着いているとみられる。この背景には、インドネシアは原油の純輸入国となっている上、昨年以降の景気底入れによる電力需要の拡大に伴う石炭需給のひっ迫を理由に政府は今年1月に石炭の禁輸措置に動くなど輸出の下振れが懸念されたものの(注1)、上述のように足下の国際商品市況が幅広く上振れしていることを受けて輸出額は押し上げられるなど、対外収支を下支えしていることがある。事実、3月の輸出額は国際商品市況の上振れを反映して過去最高を更新しているほか、こうした動きを反映して貿易収支も黒字基調を維持するなど対外収支の改善を促しているとみられる。なお、政府は石炭の禁輸措置を撤回したものの(注2)、同国の石炭生産は能力の上限に達するなど増産余力は乏しく、国内における需給ひっ迫状態が続くなかで輸出の拡大余地も限られるなか、対外収支の改善の動きも限界が近付いていると考えられる。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ルピア相場(対ドル)の推移
図 2 ルピア相場(対ドル)の推移

図 3 輸出額の推移
図 3 輸出額の推移

同国では、一昨年来のコロナ禍対応を目的に財政及び金融政策の総動員による景気下支えが図られており、なかでも金融政策は利下げや量的緩和政策に加え、事実上の財政ファイナンスに動くなど異例の金融緩和に動いてきた。こうした政策対応も追い風に同国経済は底入れの動きを強めたものの、年明け以降は感染力の強いオミクロン株による感染が再拡大するとともに、感染拡大ペースは過去の波を上回るなど経済活動に悪影響が出ることが懸念された(注3)。その一方、上述のように米FRBなど主要国中銀がタカ派姿勢への傾斜を強めるなど、新興国を取り巻くマネーフローへの悪影響が懸念される動きがみられたことを受けて、中銀は1月の定例会合において3月以降に預金準備率を段階的に引き上げる正常化を見据えた政策対応に舵を切る動きをみせた(注4)。なお、オミクロン株による感染再拡大を巡っては、比較的早期にピークアウトしたことを受けて中銀は2月の定例会合でその影響は限定的との見方を示した(注5)。さらに、3月の定例会合において同行は、世界経済及び国際金融市場を巡る不透明感の高まりに対して金融緩和の維持による景気下支えを優先する考えを示していた(注6)。こうしたなか、上述のように足下のインフレ率は加速感を強める動きが確認されているものの、中銀は19日の定例会合において政策金利である7日物リバースレポ金利を14会合連続で過去最低水準である3.50%に据え置く決定を行った。この決定に伴い、短期金利の上下限もそれぞれ4.25%、2.75%とする現行の緩和政策が維持された格好である。なお、会合後に公表された声明文では、世界経済について「これまでの見通しに比べて回復力は乏しく、不確実性も高い」とした上で「世界貿易も弱含む」とし、国際金融市場について「地政学の高まりや世界的な金融引き締めの動きを受けて不透明感が高まる」として「同国を含む新興国へのマネーフローに影響を与える」との見方を示した。一方、同国経済についても「1-3月は消費や輸出をけん引役に回復が続いたと見込まれる」としつつ、「先行きは世界貿易や地政学リスクの影響を受ける」として「今年通年の経済成長率は+4.5~5.3%になる」と従来見通し(+4.7~5.5%)から下方修正した。また、経常収支については「商品市況の上昇が輸出を押し上げる形で改善が進む」とした上で、「通年ではGDP比▲1.3~▲0.5%になる」と従来見通し(同▲1.9~▲1.1%)から上方修正した。そして、ルピア相場について「経常収支の改善を追い風に堅調な推移が続いている」とし、物価動向については「管理可能で景気の追い風になる」としつつ「通年でも目標域に収まる」との見通しを示した上で、「世界的な食料品及びエネルギー価格の上昇を含むインフレ見通しに対するリスクを注視する」との考えを示した。足下における国際商品市況の上振れの動きはマクロ面では同国経済にとって追い風になっているとみられる一方、物価上昇の動きが顕在化するなど景気回復の足かせとなる可能性が高まっており、上述のように輸出拡大余地の限界も懸念されるなどマイナス材料となることが懸念される。事実、足下においては中国経済の減速懸念も追い風に企業マインドは頭打ちの動きを強めているほか、家計部門のマインドもこうした動きに歩を併せる形で頭打ちしており、景気回復ペースの鈍化が避けられなくなっている。当面は先月からの預金準備率の引き上げに伴う金融市場への影響を注視しつつ、現行の緩和政策の維持による景気下支えを続けると見込まれるものの、国際商品市況の動向や国際金融市場を取り巻く状況如何では早期に政策変更を余儀なくされる可能性も考えられる。

図 4 金融政策の推移
図 4 金融政策の推移

図 5 製造業 PMI と消費者信頼感指数の推移
図 5 製造業 PMI と消費者信頼感指数の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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