豪中銀は量的緩和の終了決定も、先行きも「忍耐強い緩和維持」を強調

~豪ドル相場を巡っては米FRBの「タカ派」傾斜やオミクロン株の動向が重石となる展開が続いている~

西濵 徹

要旨
  • 年明け以降の豪州ではオミクロン株の感染が急拡大するなど、景気回復期待の急変が懸念された。なお、先月半ばを境に一旦は新規陽性者数が頭打ちするなど感染動向の改善が期待されたが、依然予断を許さない状況が続く。政府はワクチンの追加接種の加速化による対応を強化させているが、足下においては人の移動に下押し圧力が掛かる展開が続いており、底入れが期待された景気の雲行きに怪しさが増している。
  • 新型コロナ禍対応を目的に政府及び中銀は政策の総動員を図ってきたが、異例の金融緩和による副作用が顕在化するなか、中銀は昨年後半以降段階的に正常化を進めてきた。オミクロン株の行方が懸念される一方、中銀は1日の定例会合で量的緩和政策を今月10日付で終了する一段の正常化を決定した。足下のインフレ率は上振れしているものの、中銀は先行きの政策運営を巡って引き続き忍耐強く緩和姿勢を維持する考えを改めて強調した。金融市場では米FRBの「タカ派」傾斜による米ドル高に加え、オミクロン株による感染拡大が豪ドル相場の重石となっているが、当面は引き続き感染動向に左右される展開が続くであろう。

年明け以降のオーストラリアでは、昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)により新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が再拡大するとともに、過去の波と比較にならないペースで感染が拡大するなど事態が急変した。さらに、感染動向がかつてないペースで急激に悪化したことを受けて、感染予防に向けた行動規制の動きが広がりをみせた結果、底入れが進んできた人の移動に一転して下押し圧力が掛かり、労働者不足やサプライチェーンの混乱などに伴い経済活動に悪影響が出るなど、景気を取り巻く状況の悪化が懸念された(注1)。なお、オミクロン株を巡ってはワクチン接種済の人で感染が確認されるなど感染力が他の変異株に比べて極めて高いとされる一方、陽性者の大宗は無症状であるほか、感染者の多くも軽症者が占めるなど重症化率は低いとされる。また、オミクロン株が最初に確認された南アフリカでは約1ヶ月程度で感染動向はピークアウトするなど、比較的早期に事態収拾が進むとの期待も高まっている(注2)。事実、豪州においても年明け以降に新規陽性者数が急拡大したものの、先月半ばには一旦新規陽性者数が鈍化するなどピークアウトする兆候がうかがわれた。しかし、先月末に過去に遡る形で新規陽性者数が計上されたことで7日間移動平均ベースの新規陽性者数は高止まりしている上、新規陽性者数の急拡大による医療インフラに対する圧力が強まり、死亡者数の拡大ペースは加速するなど感染動向は厳しさを増すなど予断を許さない状況にある。同国は世界的にワクチン接種が比較的進んでいる国のひとつである上、欧米など主要国を中心に早期にワクチン接種を終えた人を対象に追加接種(ブースター接種)の動きが進んでいることを受けて政府はブースター接種の促進を図っており、先月29日時点における追加接種率は29.85%に達している。ただし、足下で感染動向が急激に悪化していることを受けて、政府は追加接種の対象を広げるなど感染対策を強化する動きをみせている。他方、上述のように先月半ばを境に一旦は感染動向のピークアウトが期待される兆しがみられたものの、その後も人の移動には下押し圧力が掛かる動きが確認されるなど、底入れが期待された景気を取り巻く状況は雲行きが怪しくなりつつある。

図 1 豪州国内における感染動向の推移
図 1 豪州国内における感染動向の推移

図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

上述のように足下の感染動向は急速に厳しさを増している一方、新型コロナ禍対策を目的とする政府及び中銀(豪州準備銀行)による財政及び金融政策の総動員による景気下支え策は様々な『副作用』を生じさせている。このところの世界経済の回復を追い風とする国際原油価格の上昇は全世界的なインフレを招いており、豪州においてもエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが昂進している上、足下では政府による『ウィズ・コロナ』戦略への転換も追い風とする雇用環境の改善も重なり幅広くインフレ圧力が強まっており、インフレ率は3四半期連続で中銀が定めるインフレ目標を上回る水準で推移している(注3)。さらに、中銀による利下げ実施やイールド・カーブ・コントロール(YCC)導入、量的緩和政策の実施という異例の金融緩和を受けて金融市場は『カネ余り』の様相を強める一方、新型コロナ禍を経た生活様式の変化を反映して住宅需要は活発化しており、大都市部を中心に不動産価格は上昇傾向を強めている。事実、先月の住宅価格は前年同月比+22.4%と1989年6月以来の高い伸びとなっており、足下ではブリスベンやアデレード、キャンベラなどを中心に上昇傾向を強める展開が続くなど、住宅価格の上昇のすそ野は広がりをみせている。なお、中銀は昨年9月に量的緩和政策を縮小する一方で実施時期を延長したほか(注4)、11月にはYCCの中止を決定するなど着実に金融政策の『正常化』を模索する動きを前進させてきた(注5)。他方、中銀は先行きの政策運営について忍耐強く緩和姿勢を維持する考えをみせたものの(注6)、一連の政策変更に加え、異例の金融緩和による副作用が確認されていることを受けて金融市場においては金利が上昇するなど、金融引き締めを迫られるとの見方が強まっている模様である。他方、上述のように足下の感染動向は急速に悪化する一方、昨年9月に買入期間を3ヶ月延長した量的緩和政策は今月中に期末を迎えるなか、中銀は1日に開催した定例の金融政策委員会において政策金利を0.10%、為替決済残高に対する金利をゼロに据え置く一方、量的緩和政策は今月10日の買入を最後とするなど終了を決定した。会合後に公表された声明文では、足下の経済について「オミクロン株の発生は経済に悪影響を与えているが、景気回復を頓挫させるには至っていない」とし、経済成長率について「今年の中心的見通しは+4.25%、来年は+2%」になるとの見通しを示した。また、労働市場について「年明け以降はオミクロン株の感染拡大により大幅な下押しは避けられないが、向こう数ヶ月は雇用拡大が期待される」とし、失業率は「年内に4%以下に低下し、来年末には3.4%程度になる」との見通しを示した上で、賃金動向について「持ち直しの動きがみられるも低い伸びに留まるなか、先行きは労働需給のひっ迫を受けて一段の上昇が見込まれる」としている。物価動向については「足下では想定を上回る上昇が続いているが他の国々に比べれば低水準である」とした上で、先行きの物価について「向こう数四半期でコアインフレ率は3.25%に加速するが、供給制約の解消や正常化が進み、来年には2.75%に低下する」との見通しを示す一方、「供給制約の解消が進んだ場合でもインフレ圧力がどの程度持続するかは不透明」との認識を示した。金融市場環境についても「依然非常に緩和的である」とした上で、豪ドル相場について「過去1年ほどの最安値圏で推移している」ほか、住宅価格について「一部の都市で上昇ペースは鈍化しているが、全体としては力強い上昇が続いている」との認識を示した。なお、今回の量的緩和政策の終了決定については「他の中銀の動きや債券市場の機能、雇用及び物価目標を勘案したもの」とした上で、「量的緩和政策を通じて買入を行った満期債券の再投資に関しては5月の定例会合で検討する」との考えを示した。そして、先行きの政策運営について「量的緩和政策の終了が金利上昇を意味する訳ではない」とした上で、「インフレ率が持続的に目標域に収まるまでは政策金利を引き上げない」、「足下のインフレ率が持続的に目標域に収まったと結論付けるのは時期尚早」、「賃金の伸びが物価と整合的となるには時間を要する公算が高い」として「物価に与える様々な要因を監視しつつ忍耐強く対応する用意がある」とするなど、引き続き緩和政策を維持する姿勢を強調している。国際金融市場においては、米FRB(連邦準備制度理事会)の『タカ派』傾斜による米ドル高に加え、同国のオミクロン株による感染再拡大など不透明感が高まっていることを受けて、通貨豪ドル相場に下押し圧力が掛かる動きがみられるなか、当面は引き続きオミクロン株の動向に左右される展開が続くと予想される。

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

図 4 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図 4 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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