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2021.11.09
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フィリピン景気に予想外の力強さも、その内容は「本調子」にほど遠い
~7-9月は前期比年率+16.03%に加速も家計消費の「一本足打法」、先行きには不透明要因が山積~
西濵 徹
- 要旨
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- 年明け以降のASEANは変異株による新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となり、フィリピンでは感染対策を理由に行動制限が再強化された。ドゥテルテ大統領はワクチン接種の加速化に向けて「超法規的措置」の発動も辞さない考えを示したが、足下の接種率は低水準に留まる。しかし、9月半ばにかけて急拡大した新規陽性者数はその後一転して鈍化するなど感染動向は改善している。感染動向の改善を理由に政府は行動制限の緩和に動いている一方、ワクチン接種率の低さは再拡大のリスクを孕んでいると捉えられる。
- フィリピン経済は内需依存度が高く、外国人観光客を中心とする観光産業の比率の高さも影響して昨年は深刻な景気減速に見舞われた。感染拡大の「第3波」直撃の影響が懸念されたが、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+16.03%と2四半期ぶりのプラス成長に転じるなど予想外に力強い動きをみせた。家計消費が大きく上振れしたほか、世界経済の回復により財輸出も拡大する一方、設備投資は大きく弱含むなど対照的な動きがみられる。先行きは行動制限の一段の緩和による景気回復が期待される一方、それに伴う輸入増は景気の重石となり得るほか、当期の家計消費の上振れによる反動も予想されるなど不安要因は残る。
- 足下の景気は予想外の力強さが確認されたが、実質GDPの規模は依然新型コロナ禍前を大きく下回る水準に留まる。インフレ率は中銀目標を上回る水準で推移するも、中銀は緩和姿勢を維持すると見込まれるなか、通貨ペソ相場は上値が重く輸入物価を通じてインフレ圧力を招く懸念もくすぶる。来年5月の次期大統領選に向けた動きも、先行きのペソ相場を左右する可能性にも引き続き注意が必要になると捉えられる。
年明け以降のASEAN(東南アジア諸国連合)は、感染力の強い変異株の流入を受けて新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が再拡大するとともに、ワクチン接種が比較的遅れていることも相俟って世界的な感染拡大の中心地となるなど、深刻な感染動向に見舞われた。なかでもフィリピンでは、昨年8月にかけての感染拡大の『第1波』に際して政府は感染抑制を目的にルソン島全土に移動制限を課す厳格な都市封鎖(ロックダウン)に動いた(注1)。その後は新規感染者数が一旦鈍化したものの、年明け以降は変異株により感染が再拡大する『第2波』が顕在化したため、感染拡大の中心地となった首都マニラ周辺を対象に行動制限の再強化を迫られた(注2)。他方、欧米や中国など主要国においてはワクチン接種の進展が感染一服や経済活動の再開を後押しする動きがみられたため、政府は国際的なワクチン供給スキーム(COVAX)に加え、中国によるいわゆる『ワクチン外交』を通じた寄付などを通じて調達を活発化させたものの、他のASEAN諸国と比較してもワクチン接種が遅れてきた。こうしたことから、ドゥテルテ大統領は接種拒否を理由とする投獄も辞さない『超法規的措置』の発動を示唆するなどの動きをみせるなど苛立ちを隠さなかったものの(注3)、その後もワクチン接種は遅れ、7月以降は新規陽性者数が再び拡大する『第3波』が顕在化したため、首都マニラなどを対象とする外出制限が強化される事態となった。このように、同国では感染が再拡大する度に行動制限が再強化されたが、経済構造面ではASEAN内でも家計消費など内需への依存度が比較的高い一方、外国人観光客を中心とする観光関連産業の比率も比較的高い特徴を有するため(注4)、幅広く経済活動に悪影響が出ることが懸念される。よって、政府は感染悪化が続いているにも拘らず8月後半以降に首都マニラなどに課した行動制限を一転緩和する姿勢に転じるなど、景気動向に配慮せざるを得ない難しい対応を迫られた。なお、新規陽性者数は9月半ばにかけて拡大の動きを強めるとともに、新規陽性者数の急拡大による医療インフラのひっ迫を受けて死亡者数も拡大傾向を強めるなど感染動向は急速に悪化したものの、その後は一転して新規陽性者数は頭打ちしており、死亡者数の拡大ペースも緩やかに鈍化している。足下における人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は21人と直近のピーク(9月15日時点の196人)の10分の1近くに低下しており、ASEAN主要6ヶ国のなかでもインドネシアに次ぐ低水準となるなど感染動向は大きく改善している。一方、上述のようにドゥテルテ大統領はワクチン接種の加速に向けて超法規的措置も辞さない姿勢をみせたほか、その後は米国や日本からのワクチン供与に加え、8月にはロシア製ワクチンの緊急使用が承認されるなどの動きがみられたものの、今月7日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は31.68%に留まり、ASEAN主要6ヶ国のなかではインドネシア、ベトナムに次ぐ低水準に留まるなど地域内でもワクチン接種が遅れている状況は変わっていない。他方、感染動向が改善していることを理由に、政府は先月以降も行動制限を一段と緩和するなど経済活動の正常化に向けた取り組みが前進しており、こうした動きを反映して人の移動は底入れするなど景気の底入れにつながる動きがみられる。ただし、上述のように依然としてワクチン接種が遅れるなど集団免疫獲得のハードルは高い状況は変わっておらず、感染が再拡大するリスクを孕んでいると捉えることが出来よう。
なお、上述のように同国政府は感染が再拡大する度に外出制限をはじめとする行動制限を強化する対応をみせてきたほか、新型コロナ禍対応を理由に観光目的での外国人の入国を原則禁止とする事実上の国境封鎖に動いた結果、2020年の経済成長率は▲9.6%(▲9.5%から下方修正されている)と過去最大のマイナス成長となる事態に陥った(注5)。また、年明け以降の感染動向は一進一退の動きが続くとともに、行動制限の再強化による幅広い経済活動への悪影響が懸念されたほか、昨年後半以降の世界経済の回復を追い風にした国際原油価格の上昇を反映してインフレ率は中銀の定める目標を上回る推移が続くなど家計消費など内需への悪影響が懸念される展開が続いてきた。こうしたことから、4-6月の実質GDP成長率は前年同期比+12.0%(同+11.8%から上方修正)と6四半期ぶりのプラス成長に転じたものの、これは前年に新型コロナ禍の影響で景気が大きく下振れした反動が影響しており、前期比年率ベースの成長率は▲5.45%(同▲5.13%から下方修正)と4四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど景気は踊り場状態にあることが確認された(注6)。その後の感染動向は上述の通り一段と悪化しているものの、政府は実体経済への悪影響を懸念して行動制限の段階的緩和に動いたほか、世界経済の回復による移民送金の堅調さに加え、国際金融市場における通貨ペソ安の進展を反映してペソ建で換算した移民送金が押し上げられていることも重なり、家計消費は大きく押し上げられている。結果、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率+16.03%と2四半期ぶりのプラス成長に転じるとともに、3四半期ぶりの二桁成長と高い伸びとなるなど予想外に景気は堅調な動きをみせていることが示された。さらに、景気下支えに向けた財政出動や進捗促進の動きを反映して政府消費も大きく押し上げられているほか、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復の動きを受けて財輸出も拡大の動きを強めるなど、内・外需双方で景気に押し上げ圧力が掛かっている。他方、感染動向の急激な悪化を受けて企業部門の設備投資意欲に大きく下押し圧力が掛かり、固定資産投資は大幅に減少するなど景気の足を引っ張っているものの、こうした動きは輸入の重石となることで純輸出の成長率寄与度がプラスに転じる一因となっている。分野別では、天候不順やアフリカ豚コレラ(ASF)の流行など悪材料が重なったことが影響して農林漁業関連の生産は減少するとともに、行動制限の再強化の動きが重石となる形で製造業や鉱業部門の生産も低迷する動きが続く一方、家計消費など内需の活発化を反映してサービス業の生産は大きく上振れして成長率の押し上げに繋がった。なお、7-9月の景気は想定外に力強い数字となったものの、在庫投資の成長率寄与度は前年同期比ベースで+0.84ptと前期(+4.14pt)からプラス幅が縮小しているほか、前期比年率ベースでも2四半期ぶりのマイナスになったと試算されるなど在庫調整が進んでいる様子がうかがえる。他方、行動制限の一段の緩和の動きは景気の底入れが一段と進むことが期待される一方、企業部門による設備投資の回復の動きは輸入を押し上げると見込まれるほか、当期の家計消費の大幅な上振れは需要の先喰いによって生じている可能性にも注意が必要である。
足下の景気は予想外の堅調さが確認されたものの、実質GDPの規模は新型コロナ禍の影響が及ぶ直前である一昨年末時点と比較して▲5.9%程度下回る水準に留まっており、依然として新型コロナ禍による深刻な悪影響を脱し切れていない様子がうかがえる。なお、政府は今年の経済成長率目標を+4~5%としているなか、9月までの累計ベースで+4.87%となるなど目標をクリアすることは容易になっていると見込まれるほか、政府は7-9月のGDP統計公表に併せてこの達成は可能な上、上回る可能性に言及している。その一方、新型コロナ禍の影響に伴う昨年前半の景気減速の影響で、今年は+3.4ptもの大幅な『ゲタ』が生じていることを勘案すれば、ハードル設定そのものが極めて低いと捉えられるほか、足下の景気も依然として本調子にほど遠いと考えられる。足下のインフレ率は引き続き中銀の定める目標を上回る推移が続いているものの、中銀は直近の金融政策委員会においても緩和姿勢の継続を決定するとともに、今月初めにも同行のジョクノ総裁は足下の物価上昇について「一過性のものと見做されるなかで緩和余地は充分にある」との認識を示した上で、「景気回復に向けて必要な限り緩和的な政策を維持することが優先事項になる」との考えを示している。足下の国際金融市場においては、米FRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の縮小などに伴い新興国へのマネーフローへの悪影響が懸念される状況にあるなか、通貨ペソ相場はこれまでの調整圧力の反動や感染動向の改善による景気回復期待も重なり底堅い動きをみせているものの、ペソ安による輸入物価への悪影響が懸念される状況は変わっていない。他方、来年5月に迫る次期大統領選に向けては、先月初めに現職のドゥテルテ氏が任期満了による政界引退を発表したが(注7)、制度上は今月15日までは『どんでん返し』に動く可能性がくすぶるほか、与野党内で『反ドゥテルテ派』が攻勢を強める動きもみられるなど、その行方はペソ相場を左右する可能性にも注意が必要である。
注1 2020年8月4日付レポート「フィリピン、新型肺炎感染拡大を受けてロックダウンを再強化」
注2 3月29日付レポート「フィリピン、感染再拡大で行動制限再強化、景気への不透明感が再燃」
注3 6月22日付レポート「ドゥテルテ大統領、新型コロナ禍対応も「強権」で乗り切る構え」
注4 6月15日付レポート「感染拡大の中心地となりつつあるASEAN情勢を考察する」
注5 1月28日付レポート「フィリピン、2020年の経済成長率は▲9.5%と過去最大のマイナス成長」
注6 8月13日付レポート「感染再拡大でフィリピン景気は「踊り場」、中銀は緩和維持を強調」
注7 10月4日付レポート「フィリピン・ドゥテルテ大統領、一転して任期満了後の政界引退を表明」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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西濵 徹