フィリピン・ドゥテルテ大統領、一転して任期満了後の政界引退を表明

~サラ氏はダバオ市長選に届け出済も、与党が土壇場での「ウルトラC」を狙う可能性は残る~

西濵 徹

要旨
  • フィリピンでは来年5月に次期大統領選が予定され、現憲法では現職のドゥテルテ氏が出馬できないなかで副大統領選に出馬することで事実上の権力維持を図る「奇策」を狙った。しかし、国民の反発が予想外に大きいことを受けて、ドゥテルテ氏は一転して任期満了後に政界を引退することを発表した。ドゥテルテ氏の支持者の間で待望論が大きい長女のサラ氏は南部ダバオ市長選への届け出を行ったが、最終版でどんでん返しの可能性はある。事実、大統領選を巡っては「反ドゥテルテ色」を鮮明にした候補が出馬する見通しであり、ドゥテルテ氏及び与党は土壇場での「ウルトラC」を狙う可能性には引き続き注意が必要と考えられる。

フィリピンでは来年5月に次期大統領選及び副大統領選の実施が予定されているが、現行憲法では現職のドゥテルテ氏が大統領選に出馬することが出来ないなか、同氏が率いる与党PDPラバン(民衆の力によるフィリピン民主党)は8月に副大統領選の公認候補にドゥテルテ氏を推すことを決定するなど、事実上の権力維持に向けた『奇策』を発表した(注1)。なお、同党は大統領候補にドゥテルテ氏の腹心であるボン・ゴー上院議員(元大統領特別補佐官)を推すことで、ゴー氏の下で『院政』を敷くことが可能となるほか、仮に大統領が辞任ないし死亡して失職した場合に副大統領が大統領に昇格出来るという法律の『抜け穴』を通じ、事実上のドゥテルテ氏の『再選』を目論む動きとみられた。しかし、ゴー氏自身は党による決定前後から大統領選への出馬辞退を表明するなど、後ろ向きの姿勢をみせていた。また、一部の国民の間に期待があるドゥテルテ氏の長女サラ(・ドゥテルテ)氏の大統領選への出馬については、サラ氏とドゥテルテ氏の関係が必ずしも良好でないことなどを理由にドゥテルテ氏自身が難色を示していたことに加え、サラ氏自身も出馬に否定する発言を繰り返してきたため、その行方に注目が集まってきた。他方、ドゥテルテ氏の副大統領選への出馬を巡っては、発表以降に学者や議員のなかから大統領職に関する憲法規定(大統領任期のうち4年以上を務めたものは再び立候補及び就任することは出来ない)に抵触するとの指摘が相次ぐなど、反発が強まる動きがみられた。結果、先月末に実施された最新の世論調査において、副大統領候補に関する調査でドゥテルテ氏が2位に転落するとともに、同時に実施された調査で6割が出馬そのものを憲法違反と回答するなど暗雲が立ち込める動きがみられた(注2)。こうしたなか、今月1日から大統領選及び副大統領選の立候補受付が始まったが、ドゥテルテ氏は2日に記者会見を行い、副大統領選への出馬を撤回するとともに、任期満了を以て政界を引退する考えを示した。記者会見で同氏は「私を大統領に選んだ国民の意思に従い政治から身を引く」とした上で、「大多数の国民の意見に拠れば私には資格がなく、法律の回避は憲法の精神に反する」と説明するなど、上述のように国民の間に反発が広がっていることを配慮したとの考えを示した。なお、同氏については在任中に行ってきた『超法規的措置』も辞さない麻薬捜査を巡って退任後に国内、ないし国際刑事裁判所(ICC)で訴追される可能性があり、訴追回避を目的に権力維持を図るとの見方もみられていた。今回、ドゥテルテ氏が突如副大統領選への出馬辞退及び政界引退を発表した背景には、与党内の候補者調整のなかで自身の退任後も訴追を免れるとの確証が得られたとの見方もある。事実、副大統領選にはゴー氏がPDPラバンの公認候補として出馬の届け出を行っているほか、ドゥテルテ氏は大統領選に関する質問に対してサラ氏を推す考えを示していることにも現れている。ただし、サラ氏自身は再選を目指して同国南部のダバオ市長選への届け出を行っており、現時点においてドゥテルテ氏の思惑がすんなりと前進するかは見通しが立たない。他方、大統領選への出馬期間は今月8日までとなっているものの、現実には締め切り後も来月15日までは差し替えが可能であるため、与党PDPラバンが仮の候補者を立てた後に土壇場で交代させる可能性はある。なお、大統領選には与党PDPラバン内の『反ドゥテルテ派』が後押しする形で元ボクシングチャンピオンのマニー・パッキャオ上院議員が届け出を行っているほか、マニラ市長のイスコ・モレノ氏(民主行動党)、元国家警察長官のラクソン上院議員(民主党)が出馬を表明している上、野党候補としてロブレド副大統領(自由党)も出馬を予定しているが、いずれの候補も『反ドゥテルテ色』を鮮明にしており、ドゥテルテ氏にとっては分が悪い状況にある。その意味では、ドゥテルテ氏及び与党PDPラバン内の『ドゥテルテ派』にとっては大統領候補を巡って最後の最後に『ウルトラC』を狙う可能性はくすぶっていると考えられる。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ