感染拡大の中心地となりつつあるASEAN情勢を考察する

~感染収束の遅れによる悪影響は日本経済にとっても「対岸の火事」ではない~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、主要国で新型コロナウイルスの感染収束やワクチン接種を背景に景気回復が進む一方、新興国での変異株による感染再拡大を受けて行動制限が再強化されるなど、好悪双方の材料が混在する。ASEANは昨年のパンデミックを受け深刻な景気減速に見舞われたが、世界経済の回復も追い風に世界経済との連動性が高い製造業の企業マインドは改善が続くなど、景気は底入れの動きを強めている。
  • ただし、足下では感染対策の「優等生」の国でも変異株の影響が広がり、マレーシアは感染爆発が直撃したインドを上回る状況となるなど厳しい事態に見舞われている。行動制限の動きは人の移動の下振れを招くなど景気への悪影響は必至である。他方、多くのASEAN主要国はワクチン接種が遅れており、こうした状況にも拘らず「人流」が抑えられない状況は感染状況のさらなる悪化を招くリスクもあるなど難しい対応が続く。
  • 世界経済の回復が続くなか、経済に占める財輸出比率の高い国では景気回復が促される一方、感染抑制の遅れは観光関連などサービス輸出比率の高い国では景気回復の足を引っ張り、景気回復の跛行色が鮮明になると予想される。ASEANは日本経済と深い関係があるため、その影響を注視する必要は高まろう。

足下の世界経済を巡っては、欧米や中国など主要国を中心に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染収束やワクチン接種が進んでおり、経済活動の正常化が図られるなど景気回復が進む一方、新興国において感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが広がり、行動制限が再強化されるなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっており、好悪双方の材料が混在している。なお、ASEAN(東南アジア諸国連合)主要国を巡っては、中国との地理的及び経済的な関係性の深さもあり、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による影響を受けたものの、各国の経済構造や感染動向の違いなども影響してその後の景気の回復度合いに差が生じている。ただし、各国の景気動向は昨年半ばの『最悪期』を過ぎており、昨年後半以降については世界経済の回復による外需の改善、とりわけ財輸出の底入れの動きが景気を押し上げており、足下においては昨年の反動も重なり各国の財輸出の伸びは大幅に加速するなど一段の押し上げに繋がることが期待される。こうした状況を反映して、ASEAN主要国の企業マインドも外需を取り巻く環境による影響を受けやすい製造業を中心に好不況の分かれ目となる水準を上回る推移が続いており、外需がけん引役となる形で景気拡大が促される展開が続いていると見込まれる。

図1
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図2
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他方、足下では新興国で変異株による感染再拡大の動きが広がるなか、ASEANは感染拡大の中心地の一極となる事態となっており、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際して感染対策の『優等生』とされてきたベトナム 1やシンガポール 2においても感染が再拡大するなど、状況が徐々に悪化する動きがみられた。さらに、ASEANにおいて変異株による感染拡大の動きが広がる前にはインドが感染爆発状態に陥るなど厳しい状況に直面したものの、その後はASEAN内で感染拡大の動きが広がりをみせるなかで、人口当たりの感染者数についてはマレーシアがインドを上回る事態となるなど急速に環境が悪化している様子も確認されている 3。なお、マレーシアにおける新規陽性者数は先月末を境に頭打ちする動きをみせるものの、依然として人口に対する水準はアジア新興国内で突出している上、足下では新規陽性者数が頭打ちの動きを強めてきたフィリピン、インドネシア、タイなどで底打ちするなど気の抜けない動きもみられる。他方、感染対策の『優等生』ながら感染再拡大が確認されたことを受けて行動制限が再強化されたベトナムやシンガポールについては、人口対比でみた新規陽性者数の水準は極めて低いなど、感染対策に極めて敏感になっている様子もうかがえる。しかし、足下における人の移動の動向をみると、感染動向よりも各国政府による感染対策が大きく影響している様子がうかがえ、人口対比でみた感染者数が低いにも拘らず強力な感染対策が講じられたベトナムやシンガポールで鈍化する動きがみられるほか、感染急拡大を受けて行動制限が一段と強化されたマレーシアでも鈍化する動きが確認出来る。他方、感染拡大の動きが続くなかで行動制限が課されているフィリピンでは緩やかに底入れしているほか、タイやインドネシアでは底入れの動きを強めるなど対照的な状況がみられるものの、『人流』が感染拡大を招く一因となる可能性が指摘されていることを勘案すれば、これらの国々で感染が再び拡大傾向を強めるリスクはくすぶる。なお、欧米や中国など主要国においてはワクチン接種の拡大が経済活動の正常化に向けた『切り札』となっているが、ASEAN諸国のなかではシンガポールは都市国家という特殊性も影響して足下のワクチン接種率(完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)と部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)の和)は75%を上回るなど突出している一方、同国以外の国々についてはマレーシアやインドネシアで10%を上回る動きがみられるものの、タイやフィリピン、ベトナムは一桁台に留まるなどワクチン接種が大きく遅れている。こうした背景には、中国によるいわゆる『ワクチン外交』に対する反応(ベトナムは拒絶)に加え、国際的なワクチン供給スキーム(COVAX)で重要な役割を担ってきたインドが感染爆発を受けて事実上の禁輸に動くなど供給が滞っていることも影響している。ワクチン接種の遅れは経済活動の足かせになることが懸念される上、感染収束に向けた道筋を描くことが難しくなるとともに、国内のみならず海外との人の往来の阻害要因となることにも留意する必要がある。

図3
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図4
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図5
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上述のように、昨年後半以降のASEAN諸国は主要国を中心とする世界経済の回復による世界的な財貿易の活発化を追い風に底入れの動きを強めており、シンガポールについては都市国家であるという特殊性も影響して経済における財及びサービス輸出比率が他の国々と比較して突出していることを考慮する必要があるものの、シンガポール以外の国についても経済における財輸出比率の高い順に景気回復の勢いを強めている様子がうかがえる。今後についても欧米や中国など主要国における景気回復の動きは世界的な財貿易の底入れを一段と促すと見込まれ、GDPに占める財輸出比率の高い国々を中心に景気回復が促される展開が続くと期待される。一方、上述のようにASEAN諸国ではワクチン接種が遅れる展開が続いており、世界的な人の移動が抑制される状況が続くと見込まれ、ASEAN内において旅行関連をはじめとするサービス輸出のGDP比が高い国々を中心に関連輸出の低迷の長期化は避けられないほか、財輸出との方向性の違いは景気回復の跛行色を一段と強めることが懸念される。ただし、仮に今後の感染再拡大の動きが一段と強まることで行動制限が一段と強化されるとともに、製造業や農業関連をはじめとする輸出関連産業の生産活動に悪影響が出る事態となれば、財輸出をてこにした景気回復への期待が後退するとともに、それに伴う雇用環境の悪化は家計消費など内需の重石となることも懸念されるなど、景気回復のシナリオに暗雲が立ち込めることも考えられる。ここ数年のASEANは、わが国にとっても『チャイナ・リスク』が意識されるなかで生産拠点として注目を集めるとともに、近年の中間層の増大を背景とする旺盛な消費意欲を追い風に消費市場としても関心を集めるなど、日本経済にとっても切っても切れない関係にあるなか、同地における新型コロナウイルスの感染動向は様々な経路を通じて日本経済に影響を与え得ることに留意する必要性がある。

図6
図6

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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